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空と妖精のコピオーネ (旧:妖精の戯曲、蒼穹の誓い)  作者: 天音色
第四章 過去を乗り越える物語
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第四章 33 先人は偉大

 ぐちゃり。


 その不快で不穏な音に、わたしは恐る恐る振り返った。


「何……?」


 音の正体は、見るまでもなく明白だった。核を壊された()()()()()()()()が、汚い音を立てて蠢いている。その気味の悪さに、ぞっと悪寒が走る。


 周りの人たちも異変に気付いたようで、ざわめきだした。ユーリが落ちていたガラスの破片を拾い上げ、塊に向かって飛ばす。


 しかし、バチンと紫色の光が弾けて、破片は刺さる前に弾かれてしまった。続けてセイの魔法銃での攻撃も弾かれる。


「どういうこと? 核を潰せば終わるんじゃなかったの……?」


 異様な光景に、ナオが呟いたその時、


 辺りが紫色の光に眩み、轟音が鳴り響いた。体ごとビリビリと震えるようなその音に、わたしは咄嗟に耳を塞ぐ。どうやら、すぐ近くに雷が落ちたみたいだ。


 わたしが目を開けた時、恐魔獣だった塊は忽然と姿を消していた。二つあったはずなのに、一つも残っていない。


「これ……」


 さっきまで塊があったところを見つめたまま、わたしは呆然と呟いた。


 これはまずい。絶対にヤバい。本能が警鐘を鳴らしている。恐魔獣が消えただけじゃない。何か、空気まで変だ。


「どうなってるんだ、これ!」


 班長が叫んだ。魔法使いたちがざわめきだしている。3班の班長がわたし達を見回した。


「魔力の流れがおかしい。今、他の班と繋いでいる伝達魔法まで途切れてしまった。これじゃ前と同じ状況だよ」

「それって、マリーの魔法が効いてないってことですか!?」

「恐らくは。原因は今の紫の雷だろうが……」


 誰一人状況が理解できていない。他の班との通信手段が断たれたなら、ここで話していてもわかることなんてないだろう。


「みんな、動ける?」


 わたしはナオとセイ、ユーリを見た。三人はそろって頷く。わたしは班長たちを見た。


「わたし達で他の班の様子を見てきます。皆さんはここにいてください」

「それなら僕たちも……」

「この状況じゃ魔法は使えません。ここからはわたし達能力者の出番ですよ」


 わたしは胸を叩いて笑ってみせる。班員たちは顔を見合わせた後、「じゃあ」と言った。


「頼んだよ。何かあったら、めちゃくちゃ大声で叫んでくれ。すぐに駆けつける」

「あはは、ありがとうございます。行こう!」


 わたしはみんなに声をかけると、城の方へ走り出した。


「まずは、出来るならリンと合流したいよね。やっぱりわたし達にはリンが必要だし」

「そうですね。それに、エドワルドさんたちなら何か気づいていることがあるかもしれません。目指すは城ですよ」


 セイが腕を伸ばし、びしっと前方を指さす。隣でナオが考え込むように俯いた。


「音もなく消えるなんてあり得ない。攻撃も弾かれたし、何か起こってるのよ」

「面倒なことになってなきゃいいけど、そんなわけないよな」

「1000%面倒なことにはなってるでしょ」


 あの雷が恐魔獣を退治した、なんて都合の良いことはあり得ないだろう。嫌な感じがする。少なくともマイナス方向にことが進んでいるのは間違いないと思う。初めて恐魔獣にボコボコにされたあの日に戻ったみたいで、どうしても恐怖がぬぐえない。


 そうこうしているうちに、城へ繋がる橋が見えてきた。橋の前には、エドワルドさんやリン――1班の人たちが集まって、どこか一点を見上げている。


「おーい、リン!」


 わたしが手を大きく振りながら声をかけると、リンがハッと振り返った。エメラルドの瞳を大きく見開いて、「アヤ君」と呟く。


「どうしてここに……」

「こっちで倒した恐魔獣がどこかへ消えたのよ。さっきの雷と同時に。そっちに来てない?」

「魔力の流れもまた狂ってきたので、マリーのことも心配で……」


 リンの無事を確認して、ほっとしたようにそう尋ねるナオとセイ。でもリンの表情は強張ったままにこりともしない。


「みんな、ここまで来る途中に何も見てこなかったのかい?」


 固い声でリンが尋ねて、1班の人たちの視線が一斉にわたし達に向けられた。みんな同じような――恐怖や諦めを綯い交ぜにした顔をしている。そこでようやく気付いた。すぐ近くから聞こえている、あの不快な音に。


 ぐちゃ、べちゃ、と何かが蠢く音は、さっきわたしが聞いたものよりも無数に重なって聞こえてくる。


 ここからじゃ見えない。でも、リンのところへ行けば見えるんだろう。今何が起こっているのかの全貌が。


 わたしは一歩踏み出した。一度気づいてしまえば、まるで耳に吸い付いてしまったかのように、あの不快な音しか聞こえない。リンの隣に立った時、わたしはようやく状況を理解することが出来た。


 数十メートル先で、怪物が蠢いていた。元は恐魔獣だった塊が寄せ集まった、歪な形をしている。引っ付いた塊一つ一つが、ぐちゃぐちゃと嫌悪感を催す音を立てている。


「はは……なるほど」


 気づけば、わたしの喉からは乾いた笑いが洩れていた。なるほど。ようやくわかった。



『まだ何となく信じられないよな。まさかこんなに決定的な弱点があったなんて』

『それがわかってなかったら今回勝てなかったもん。そういう記録はちゃんと残しておいてほしいよねー』



 ついさっき交わした会話を思い出す。違う。違ったんだ。「恐魔獣には核がある」というのは弱点じゃなかったし、「核を破壊すれば倒せる」のも間違いだった。あの資料は残っていなかったんじゃなくて、昔の人たちが意図的に残さなかったんだ。


 目の前で蠢いている怪物を見上げる。恐らく、王都にいた恐魔獣たちが全部集まって一つの体になろうとしている。体のあちこちが溶けてハッキリとした形をとどめていない、化け物だ。


「核を破壊すれば、恐魔獣はより凶悪な姿へと変貌する……」


 隣でリンが呟いた。その声が聞こえたのか、怪物がこちらを見る。


 無数の目が合って一つも焦点が定まっていないのに、確かに怪物はわたし達を見た。目が合った。


 そう思った次の瞬間には、視界が真っ暗になって意識が途切れた。




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