第四章 31 二体の恐魔獣
その待ち望んでいた合図に、その場にいた全員が湧きたった。今さっき吹っ飛ばされたばかりなのに、みんな元気なことだ。まあ、わたしも痛み忘れるくらい嬉しいんですけど!
「核は右後ろ脚の付け根。目印ならセイがインクで付けてくれたから、そこを狙え」
「全員聞こえたか!? 右後ろ脚だ! 動ける者から攻撃を仕掛けろー!!」
一番に立ち上がった班長が、杖を振り回しながら恐魔獣に向かっていく。わたしも立ち上がって、「治癒してほしい人はすぐに呼んでください!」と声を張り上げた。
怪我をしている人たちを治癒した後、わたしは立ち上がって恐魔獣を見た。みんなあちこちに散らばりながら、魔獣の核に向かって攻撃を続けている。わたしも棒立ちしちゃいられない。
わたしは手のひらを核に向けると、叫んだ。
「『風魔』!」
核を切り刻む勢いで放った風の刃は、見事に核に命中する。ちょうど足を振り上げて攻撃しようとしていた恐魔獣が、攻撃をやめ、そのまま足を下ろした。見るからに苦しそうで攻撃のペースも落ちている。核が弱点っていうのはやっぱり本当らしい。
「的が動くのが面倒だな。彩、動き封じてくれ」
「了解。手が空いてる人、水魔法使ってもらえますか!? もう一回足場凍らせて固定するので!」
ユーリの要請に、わたしは魔法使い組に向かって呼びかけた。何しろユーリもわたしも魔法は得意じゃないからなあ。
わかった、と快い返事の後、すぐに水魔法が放たれた。魔法で生み出された水が雨のように……いや、滝ぐらいの勢いで降り注ぐ。わたしはすぐに「『氷魔』!」と叫んだ。
辺りに一瞬の冷気が吹き抜けて、恐魔獣の足元が凍り付く。さっき水に濡れたから寒い。わたしは一つ大きなくしゃみをした。
「ふう、ちょっと楽になった。アンタの氷魔って結構便利ね」
「でしょ。これでわたしも完璧に水魔法が使えたらいいんだけど」
魔法を使うとなると無駄に体力を消耗するから、氷魔を使いこなすには魔法使いかデカい水タンクが必要になる。
わたしが息を吐きだしたところで、突然班長が「何だと!?」と叫んだ。その馬鹿でかい声に、周囲にいたわたし達は同時に耳を塞ぐ。
「うるさっ……。ちょっと班長、急に叫ばないでください。どうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない!」
班長は焦った様子でわたしを振り返った。不審な班長の様子に、わたし達は首を傾げながら班長を見た。
班長は額に冷や汗を浮かべ、声を張り上げる。
「全員よく聞け! 今3班が――」
班長の声を遮るように、ドゴォン、と地面が揺れた。短い悲鳴が交錯し、わたしはよろめきながらも振り返った。
「まさか、こんな短時間で!?」
まだ氷魔で動きを封じたばっかりで、さっきよりも強度はあるはずなのに!
そんな驚愕の思いで振り返ったわたしは、その先に待ち受けていたさらなる絶望の光景に、目を見開いた。
「嘘、でしょ……?」
隣のナオが微かに呟くのが聞こえる。きっとこの場にいる全員がその思いだろう。
わたし達がさっきまで相手をしていた、凍り付いた恐魔獣の背後。そこには、もう一体の別の恐魔獣がいた。
唖然とするわたし達に向かって、恐魔獣がその目を怪しく光らせる。「危ない!」とナオに抱えられ、そのまま民家のベランダに飛び移った。
「ナオ、これ何が起こってんの……?」
「私に聞かれても知らないわよ。班長は何か知ってるみたいだけど」
ナオは息を切らして、汗を手の甲で拭う。真下で起こる爆発を見つめながら、わたしが歯を食いしばったそのとき、
「6班の奴らだな!?」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。声のした方を見れば、恐魔獣が来た方向から、男女が四、五人走ってきている。
「すまない、このもう一体は俺たち3班が逃がした魔獣なんだ!」
「こっちの班は半分くらい戦闘不能になっているの。動けるのは私たちくらい!」
「そんな、この人数で二体を相手するのは無理ですよぉ!!」
3班の班員の報告に、一人が情けない声を上げた。でも、正直わたし達も同じ感想だ。一体だけでも大変なのに、これが二体に増えたら勝ち目なんてほぼない。
しかし3班の人は、何か策がある様子でわたし達を見回した。
「6班には怪我を治せる能力者がいるって聞いたが、そいつはいるか?」
「えっ? わたし、ですけど」
急な問いかけに、わたしは困惑しながらもベランダから身を乗り出す。男はわたしを見つけると、自分たちが来た方向を指さした。
「向こうで俺たち3班のエースが倒れてる。そいつが起きて詠唱を完了させれば、こいつら二体の動きを完全に封じる拘束魔法が使えるんだ! そのためにも、お前にはそいつの治癒に行ってもらいたい!!」
拘束魔法、と小さく呟いた。確かにこの状況を打開するのは、それしかないだろう。わたしはすぐにベランダから飛び降りる。
風魔を使って着地したわたしは、3班の人たちの元へ駆け寄った。
「わかりました。すぐに向かいます。その人の特徴とか教えてもらえますか?」
「緑のローブを着て、両手杖を持っている男だ。杖を持っているのは一人しかいないから、すぐにわかると思う」
「了解です。それまでここは頼みました」
緑のローブに両手杖。覚えた。
すぐに駆け出そうとしたわたしの耳に、ナオの声が飛び込んでくる。
「気をつけてね! 死んだら許さないから!」
ナオはベランダから身を乗り出している。それがちょっとナオらしくなくて、わたしは「言われなくても」と笑った。
「そっちこそ無理しないでよ!」
軽く返してから、わたしは3班の担当場所へ走り出した。
3班の担当場所は、ちょうど王都の中心付近。以前訪れた時は店や噴水で賑やかだったそこは、今は瓦礫の山になっていた。あちこちで人が倒れていて、わたしは思わず目を背けてしまう。
わたしにもっと治癒の才能があったならこの人たちも治せるんだけど、今のわたしの能力じゃ欲張れない。とにかく今は拘束魔法の人を探さないと……
「って、うわあ!」
そんなことを考えていたら、何かに躓いて盛大にこけた。足元に気をつけて歩いてたつもりなんだけどなあ。呻きながら足元を見る。
わたしのつま先には、瓦礫の山からはみ出した緑色の水晶があった。多分杖の先端だ。
「……杖!?」
わたしは慌てて飛びのいた。杖は、瓦礫の山から頭だけを出している。辺りに人は見当たらないし、まさかこの瓦礫の山に埋もれてる!?
「ね、『念動力』!」
能力を使って瓦礫の一つを持ち上げ、遠くへ放り投げる。それを何度か繰り返していると、やがて人の腕が見えた。
「大丈夫ですか!?」
一番上の瓦礫をどかすと、ようやく緑のローブを着た人の姿が現れた。幸運なことに、瓦礫に潰されているわけではなさそうだけど、怪我は酷い。わたしは膝をついて、手を当てる。
「『治癒』」
手で触れたところに、ゆっくりと光が集まっていく。ああ、スピードが遅い。リンだったらもっと早く治せるのに。
そうしてわたしが念じ続けていると、突然びくりと腕が動いた。杖を握りしめてから、薄く目を開ける。
「…………君は」
「6班の班員です。3班の人たちから助けに行くようにって言われて」
「……そう、だったか。ご苦労だったな」
男の人は杖を握る腕に力を込めて、立ち上がろうとする。わたしは慌てて制止した。
「うわっ、全然怪我治ってないんだから動かないでください。悪化しますよ」
「もうじき、詠唱の効果が切れてしまう。頭からやり直すことになれば、どれだけの時間がかかるかわからない。今やらねばならないのだ……」
そう呻くように言って、緑ローブの人は体を起こした。確かに、杖についている水晶の輝きがだんだん鈍くなっている気がする。
「君も向こうに向かってくれ。私のことはいいから、私が奴らを止めた隙を狙って、核を潰してほしい」
杖を支えに立ち上がった男の人は、わたしを見てそう言った。まだ酷い怪我だけど、本人がそう言うのならわたしも従うしかない。わたしは大きく頷いた。
「わかりました。核を壊したらまた戻ってきますから」
「ああ。……ありがとう」
男の人は両手杖を構える。見据えるのは向こうにいる恐魔獣だ。
「奴らのことは頼んだぞ」
「はい。任せといてください!」
わたしはにっと笑ってピースサインを突き出すと、すぐに背を向けて駆け出した。




