第四章 30 核を狙え!
現れた恐魔獣とわたし達は向かい合う。迫ってくる魔獣から目を離さずにわたしは叫ぶ。
「ほどほどの距離まで来たら、水魔法ぶちまけてもらえますか!? わたしが凍らせて動き封じるんで! あ、あんまり広範囲にやるとこっちにも影響が及ぶのでそこら辺は気をつかってもらって」
「わかった。『ウォータリウス、水出よ』!」
呪文詠唱の声が重なり、道に水たまりが出来る。当然だけど、わたしが使う水魔法よりよっぽど優秀だ。これなら広範囲で押さえつけられる。
恐魔獣が、使われた水魔法に反応した。図体がデカいから、足元の水たまりになんて気にも留めない。その隙をついて……!
「『氷魔』!」」
わたしは叫んだ。直後、恐魔獣の足元が凍り付いてその場に縫い付ける。獲物しか見えていなかった恐魔獣が、ようやく不思議そうに足元を見る。
「無駄な動きがないうちに、早く核を突き止めてくれ!!」
「わかってるよ。セイ」
「はいっ」
ユーリとセイが目くばせをして、恐魔獣を見つめる。とにかく核を見つけないことには何も始まらない。核が見つかるまでは防戦を強いられることになるけど、ここを耐え抜かないと。
「『幻惑』」
とりあえず幻惑を使ってユーリとセイを隠す。そこまで広い範囲は指定できないけど、二人分くらいならどうにかなるだろう。この二人さえ無事でいてくれたら、最悪他から援軍を呼べばいいわけだし。
と、それまで氷を不思議そうに見つめていた恐魔獣が、顔を上げた。天を仰いで口を開ける。
アレが来る、とわたしが身構えると、庇うようにナオがわたしの前に立った。辺りにあの忌まわしい咆哮が響き渡る。
「うっ……」
わたしは思わず耳を塞ぎ、歯を食いしばった。全然影響がないわけじゃないし普通に頭が割れそうに痛いけど、それでも前みたいに動けなくなることはない。周りの人たちはびくともしてないし、少し離れたところにいるユーリもセイも無事そうだ。
これが、マリーが魔法界の魔力の流れを整えてくれているおかげなんだろう。改めてすごい魔法だ。
「彩、無事!?」
「無事ー。やっぱ恵みの魔法って名前負けしてないね」
「アンタが大丈夫ならセイたちも大丈夫ね。気を抜かないでよ」
「わかってる」
大分頭痛も収まってきて、わたしは軽く頭を振りながら答えた。遠くからも戦っているらしい音が聞こえてくる。各班戦闘中ってことだ。
そんなことを考えていると、魔獣の目が紫色に光った。誰よりも早く班長が叫ぶ。
「全員、左右に散れぇー!」
その声に反応して、わたしはすぐに右へ飛びずさった。直後、それまでわたし達がいた場所が魔獣の閃光に焼かれて煙を上げる。
わたしは地面に手をついたまま、「あぶなー」と呟いた。
「あれホントに危ないな。班長が教えてくれなかったら間に合わなかったかも」
「そう言ってもらえると、俺もここにいて良かったと思えるよ」
わたしの隣にいた班長が、額に浮かんだ冷や汗を拭う。相変わらず足はガタガタだけど、こうして重要な時に指示を出せるから班長なんだよなって実感する。まだ知り合ってから三日くらいだけど、頼れる班長だ。
わたしはポケットに手を突っ込むと、その中身を取り出した。前に貴族の家の庭で拾った、魔法を通さない高級品の鉱石。またちょっと借りてきた。もちろん今度は許可を取ったよ。
手の中でそれを転がしながら、わたしは恐魔獣を睨んだ。タイミングが合えば、この鉱石でビームを止められる。今度は止められるように頑張ろう。
攻撃の手が休まったこの間に、他の班員の人たちが強化魔法や弱体化魔法をかけ続けている。アイツに弱体化が効くのかどうかはわからないけど、とりあえず魔力を消耗しておく作戦だ。その人たちに向かって声を張り上げる。
「今までの攻撃で怪我をした人が居たらすぐにわたしに言ってください! 効果はあまり期待できないけど、今の余裕あるうちに治して――」
話している途中にまた目が光った。違うことに気を取られていたから、すぐには体が動かない。
「アホ!!」
近くにいた班員がそんなわたしの首根っこを掴み、遠くへ放り投げた。受け身をとる余裕もなく、少し離れた地面に墜落する。頭は全力でカバーしたけど背中が痛い。向こうが強化魔法を何重にもかけてるとはいえ、こんなに投げ飛ばされるとは思ってなかった。
顔を歪めながら、わたしは「ありがとうございます!」と叫んだ。
「おかげで生き延びました!」
「俺たちのことはまだいいから、今は逃げることを考えろ! お前がこん中で一番死にやすいんだぞ!!」
「仰る通りです!」
ナオは向こうの方で班員の一人と何やら話している。恐魔獣の方も、魔力の流れが正常に戻っているからか、攻撃を連発できないらしい。
ちょうどセイたちの方へ落下したので、二人の方へ駆け寄る。
「調子はどう?」
「彩先輩が動きを止めてくれてるのでだいぶ見やすいです。まだ見つかんないですけど……」
「まあまだ始まったばっかりだもんね。いいよ、出来る限り引き付けるから。二人はこのまま……」
そのとき、バキン! と音を立てて氷が砕けた。直後に地響きとともに地面が大きく揺れる。足元の石畳が歪んで崩れる音と、向こうからの悲鳴が重なる。
「彩!!」
ナオの声が聞こえた。わたしはすぐに頷いて走り出す。魔獣が少し動くだけでこんなことになるんだから、本当に動きを止めるに越したことはない。
建物の陰に隠れているナオのところへ行くと、そこには二人の班員がいた。
「この人たちが、吹き飛ばされて怪我をしてるの。すぐに治して」
そう言うナオの腕も、紫色に腫れあがっている。絶対に折れてると思うんだけど。
そんなわたしの視線を感じ取ったのか、ナオは笑う。
「私は治癒なんていらないわよ。能力的にも、少しは怪我してた方がやりやすいんだから」
「……あんまりそういう戦い方はしてほしくないんだけどなあ」
「あんたには言われたくないわよ」
ナオはすぐにわたしに背を向け、走り去ってしまう。とりあえずは二人の班員の治癒に専念することにして、わたしは「『治癒』」と唱えた。
治癒している間にも、わたし達が隠れている建物の向こうでは魔法が飛び交っている。炎、水、風、光。こっそり顔を出して様子を窺ってみるけど、それだけの魔法を受けても恐魔獣はびくともしない。やっぱり核を壊さないとだめってことか。
「……はい、治癒終わりです。わたしの今の能力だとここまでが限界なんですけど」
わたしはぱっと手を離した。もう一人は傷が浅かったから完治できたんだけど、この人は結構切り傷が深かったから完全には治せなかった。わたしが治癒を使う対象って大体自分かユーリとかだから、能力耐性が高い人に使うと不完全さを実感する。
でも、二人は顔を見合わせると、ふっと安心したような顔をわたしに向けた。
「ううん。あなたのおかげで痛みも引いて助かったわ。ありがとう」
「……いえ」
「彩、終わった!?」
そこで、ナオと班長が建物の角から顔を出した。わたし達はすぐに立ち上がる。
「終わったけど、どうかした?」
「奴の様子がおかしいんだ。だから、少し仕掛けてみようと思っている」
班長が指さす先には、頭を下げて微動だにしない恐魔獣の姿があった。まだ核は潰していないのに、確かに様子がおかしい。わたし達は班長の後についていく。
「各自、固まらずに離れろ! 位置についたら俺の声に合わせて水魔法を使え。彩は水を凍らせる係だ。俺と副班長で強化魔法を使う! わかったな!?」
返事が揃う。班長は満足げに頷くと、「せーのっ!!」と高らかに叫んだ。よく声が通る人だ。
班長の声に合わせて水魔法が一斉に放たれ、わたしはすぐに『氷魔』を使用する。等間隔に散らばって水魔法を使ったからか、氷は横に長い壁のような形になった。さらに、班長と副班長の強化魔法で、壁が分厚く高くグレードアップする。
「ここから――」
班長が続けて指示を出そうとしたとき、突然魔獣が動いた。勢いよく顔を上げた魔獣は、口を開け、紫色の禍々しい球を吐き出す。
逃げる間もなくその球は氷の壁にぶつかった。氷の壁は一瞬で溶け、その後ろにいたわたし達は爆風に吹き飛ばされる。
「『風魔』っ!!」
反射的に風魔を使って衝撃は和らげたものの、誰よりも遠くまで吹っ飛んだわたしは、壁に勢いよく激突した。痛みに悶えながらどうにか『治癒』を使う。
「いったぁ……」
ここに来て初めての技を出されても困るんだけど。しかもとてつもない威力だし。
痛みに顔を歪めながら恐魔獣を見ると、ちょうど前脚で踏みつけようとしているところだった。もしあの真下に誰かがいたら……!
「『風――」
わたしが咄嗟に風魔を使おうとしたとき、
黄色のインクとナイフが、恐魔獣の後ろ脚に命中した。不意を突かれた魔獣は、よろめいて少し後ずさる。
今までほとんどの攻撃が効かなかった魔獣が、初めて押された。
「まさか!」
わたしが期待を込めてセイとユーリの方を見ると、武器を構えた二人が恐魔獣を睨みつけていた。セイがわたしを見て、自信に満ちた、少し挑戦的な笑みを浮かべる。
「お待たせしました。核、見つけましたよ!」




