第四章 27 懐かしき図書館
「もちろん、我らが妖精図書館だよ」
自信満々にそう言ったリンに、セイがむっと口を尖らせた。
「何を言ってるんですか。妖精図書館に戻れないから、あたしたちは今こうしてマリーの部屋に居候させてもらってるんじゃないですか」
「まあまあ。マリー姫、恵みの魔法が使えるようになったんだよね?」
リンはセイを宥め、マリーに尋ねる。マリーは困ったように眉をハノ字にした。
「え、ええ。まだ身に着けたばかりだし、魔法界全域に行き渡らせるには大掛かりな手順が必要なんだけど……」
「まだそこまでしなくていいよ。この部屋の中だけでいいんだ」
そこで、ようやく理解した。
そうだ、もう状況が違う。マリーの「恵みの魔法」のおかげで、魔法を使うことが出来る。わたし達は妖精図書館に帰ることが出来るんだ。
そして、妖精図書館にはジェニの言っていた「資料」があるかもしれない。
マリーは「それくらいなら」と軽く頷いた。
「少し時間はかかるかもしれないけど、やってみせるわ」
そう頼もしく微笑んだマリーは、約一時間後に本当にやってみせた。範囲はマリーの部屋だけ、しかも有効なのは15分だけ、といろいろと制限はかかっていたけど、それでも今まで使えなかった魔法を使えるように出来るなんて、すごいことだ。
「じゃあ、これで妖精図書館に帰ろう。誰がついてくる?」
「わたし久しぶりに帰りたいな」
「あたしもついていきます! みんなの着替えとかも持ってきた方がいいですよね?」
「あ、そうしてもらえると助かるわね。よろしく、セイ」
「よろしくー」
ナオ、ユーリ、マリーの三人がここに残るらしい。リンの転移魔法で、わたし達三人は妖精図書館に転移した。
天窓から優しい光が差し込む、妖精図書館。しばらくぶりに帰ってきたわたしは、到着するなり深呼吸した。本の匂いを肺一杯に吸い込む。
「すー、はー…………天国」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。さて、ボクたちは魔獣の資料とやらを探そうか。セイ君は着替えをよろしくね」
「はいっ。任せてください!」
セイは敬礼をすると、個人の部屋がある方へ駆け出して行った。わたしはセイに背を向けて、リンの後についていく。
「やっぱりここは落ち着くね。城だと気が休まらないっていうか」
「あはは、わかるよ。どうしても気を張ってしまうよね」
「それ。わたしみたいな庶民に城暮らしはストレスだよ」
わたしは肩をぐるぐると回す。
「目的の資料がどこにあるのかは見当ついてるの?」
「大体……? 来る前に手帳に目を通しておいたし、多分間違っていないとは思うけど」
「手帳?」
「うん。図書館のどこにどんな本が置いてあるか、メモ程度だけど書いてあるんだ。引き継ぎの時に頑張って覚えたんだけど、どうしても覚えきれなくてね」
リンはジャケットの胸ポケットから小さな手帳を取り出すと、そう苦笑いした。リンはいつもピンポイントで本を持ってきてくれるから、妖精図書館の館長としての特殊能力なのかと思ってたけど、努力の賜物だったらしい。尊敬する。
わたしとリンは目当ての本棚に到着し、魔獣についての本を探し始める。探す範囲は四つの本棚だけだ。二人で分かれて、本を探す。
「あ、これじゃない?」
少し経って、わたしは一冊の本を取り出した。ちょうどリンがすぐ近くに居たので、飛んでくる。
「これ?」
「うん。調査資料って書いてある。ホント何でもあるんだな」
「……ああ、アヤ君は昔の文字まで読めるんだっけ」
しばらく表紙を見つめていたリンが、納得したように呟いた。わたしも「そういえばそうだっけ」と表紙に目を落とす。
「ボクが大体の言語を君の頭に詰め込んだからね。君の能力耐性が低くて良かった。並の人間だったら今までの記憶が全部吹っ飛んでいたかもしれない情報量だ」
「…………わたしの能力耐性が悲惨なこと、知ってたでしょ」
「さあ、どうかな」
リンは無茶をするような性格じゃないから、多分わたしにそれだけの情報を詰め込んでも大丈夫だとわかってやったんだろう。軽くはぐらかすリンを見ながら思う。
「さ、時間がもう残ってないよ。早くこの本棚を確認してしまおう」
「はーい」
わたしは返事をして、また本棚に並ぶ文字を眺め始めた。
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魔獣に関する本や資料を合計五冊持って、わたし達は城に戻った。そしてその本は城の学者たちへ。わたしとリンとユーリで解読しても良かったんだけど、本職の人の方が安心だろうなと思って託すことにした。王様への話も早いだろうし。
「あ、リンって解読で忙しいのよね?」
解読が始まる前に、ナオがそう尋ねた。部屋を出ようとしていたリンが、動きを止めて振り返る。
「多分。一週間後には空くと思うけど、一応妖精図書館の館長として、本を見ておいた方がいいような気がするからね。どうかしたのかい?」
「ちょっと空間魔法を使ってほしくて。っていうか、練習に付き合ってほしかったの。忙しいなら全然気にしなくていいんだけど」
「わたしじゃダメ?」
「あんた空間魔法使えないじゃない。話聞いてた?」
残念、断られた。代わりにセイがナオの肩をつつく。
「じゃあ、あたしが行こっか?」
「え? セイ、空間魔法使えたの?」
「この前教えてもらったばっかりだけど。あたし、空間魔法の才能があるみたいなんです! ね、リン」
「そうそう。セイ君も妖精だし、使えないことはないだろうと思ってね」
「へえ」
ナオは意外そうな顔をしていたけど、すぐに微笑んだ。
「じゃあ、手伝ってもらおうかしら。血がつながってる分、セイとはやりやすいかも」
「何するつもりなの?」
「新しい技を考えてみたのよ。私って攻撃を受けること前提の能力だから、どうにかならないかなって……なに、なんで笑ってるのよ」
考えるように視線を斜め上に留めて話していたナオが、急にわたしを睨んできた。わたしは上がっている口角をそのままに、「別に」と答える。
ナオが自分の身の安全を考えるようになったのは、いいことだ。今までは『反射』の能力を使うために自ら怪我をしにいこうとする場面もあったし。何を考えてるのかは知らないけど、確実に良い傾向だと思う。嬉しい。
「上手くいく見込みはあるのか?」
「ま、ほとんどないわね。恐魔獣との戦闘までにどうにかしたいけど、最悪クロスとの決戦までに完成させられればいいかなってレベル」
「めっちゃ長い目で見るじゃん」
クロスとの決戦までって、そんなに大掛かりなこと考えてるのか。
「じゃあ、持ち込んだ本の内容がわかるまで、各自好きなことをしていてもらって構わないからね」
リンは小さく手を振って、部屋を出ていった。セイがぴょんと飛ぶように席を立って、嬉しそうに笑う。
「お姉ちゃんと二人って久しぶりだなあ! よろしくお願いします、お姉ちゃんっ」
「こっちこそ。よろしくね、セイ」
こうして、リンと学者たちによる文献の解読が始まった。その裏でナオとセイが新技の練習。やることがなかったわたしとユーリは、マリーに駆り出されて城の雑用をすることになったのだった。




