第四章 24 打開策
「私、これからどうすべきだと思う?」
ローテーブルを挟んだ向こう側で、マリーが神妙な顔をしてそう聞いてきた。わたしは眉をひそめて、「どうすべきって言われても」と答える。
「マリーのことなんだから、マリーが決めるべきだと思うよ。所詮わたし達は余所者なわけだし。ほら、マリーの部屋に入れてもらうのも、みんな抵抗あったっぽいでしょ」
今、わたし達はマリーからの提案で、マリーの自室にいる。なるべく多く部屋を民衆のために開放したいというマリーの願いからだ。ありがたいけど、気が引けるのも確かだ。
「私はあなたたちを信用しているわ。それに、私の部屋は一人で使うには広いんだもの。これくらい人が居てくれた方が寂しくないわ」
「すっごく広いですよね。なんか、あたし落ち着かないですもん。そわそわしちゃいます」
「家具とかも下手に触れないわよね。いくらするのか、考えるだけで眩暈がしそう」
「気にしなくて良いのに……って、そうじゃないわ!」
マリーはぶんぶんっと大きく頭を振ると、こちらへ身を乗り出した。
「恐魔獣を打ち倒すために、私が出来ることを考えたいの! 私は、事の重大さを何もわかっていなかったわ。自分の力を過信して、その結果多くの人を悲しませ、迷惑をかけた……。だから、今度こそ私に出来ることを見つけたい。それを、一緒に考えてほしいの」
そう話すマリーの表情は、胸が痛くなるほど真剣だ。そんなことを言われたら、いや、こんなことを言われなくても、協力はしたいんだけど……。
「で、さっき大口を叩いた彩さんは、何か策を講じてるの?」
「それがまだなんですよねー、まだなーんにも……」
ナオに鋭く刺され、わたしは頭を掻いて情けなく笑った。
そう、自分自身の方針も決まっていないのに、お姫様に偉そうな口はきけるはずがない。
「じゃあ作戦を練ろうか。きっと、能力者であるボク達にしか出来ないことがあるはずだ」
「そうだね。ちょっと考えよう」
リンの提案に頷いて、わたしは腕を組んだ。
「ただ、そうは言っても恐魔獣に対する情報はほとんど手に入れたよね。その結果編み出したのがあの幻惑で誤魔化しながら進む方法なのであって。行き詰ってない?」
「そもそも魔獣が魔法界特攻すぎるのよね。魔力が使えないのなら、魔法使いたちにはどうしようもない」
ナオもわたしに同調する。魔獣について反撃策を考えようとすると、どうしてもこの「魔法が使えない」という点がネックになってくる。魔法界中の能力者に協力を仰いだとしても、一体何人来てくれるだろうか。そもそも能力者ということが周囲に知られるのは、ほとんどデメリットしかない。しかも、その集まった能力者の中で直接戦いに使える――言い換えれば、攻撃できる能力を持っている人は何人いるのだろうか。
「いや、ここに満ちた魔力が問題なんだろ?」
わたしの思考を遮ったのは、ユーリの声だった。ユーリはマリーを見る。
「それなら『恵みの魔法』でどうにかすればいい。魔法界のお姫様が無事に戻ってきたんだからさ」
リンが「魔法?」と首を傾げた。わたし達は、ユーリの言ったことが理解できずに取り残される。魔法界のお姫様であるマリーも取り残されていた。
「……え、あれ、どうしたその反応」
ユーリもマリーを見て、不安そうな表情になる。
「まさか、恵みの魔法を知らないとか言い出さないよな……?」
「ごめんなさい。あなたの言っていることがわからないわ」
「…………そっか。まあ、千年も経てば忘れるよな」
ユーリは諦めたらしい。ソファの背にもたれかかって、動かなくなってしまった。あんなに自信満々に言ったんだから、そんなにすぐ諦めないでほしい。
セイが、考え込んでいるリンに「何か知ってるんですか?」と聞く。
「知っているというか……。ボクの認識だと、魔法界の姫が持っていたのは『恵みをもたらす能力』なんだ」
「あ、それわたしも読んだ!」
そこまで聞いて、ようやく思い出した。いつだったか、大分前に読んだ本にそう書いてあった気がする。
「うろ覚えだけど、能力だったから嫌われて失われたんじゃなかったっけ? 恵みって言われるくらいだから、良い効果だったんだろうけど」
「能力? いや、あれは魔法だよ」
「ちょっと待って。私は初めて聞いたわ」
体を起こして反論したユーリに、マリーが困ったように待ったをかけた。
「私とセイも置いてけぼりよ。ちゃんとわかるように説明してくれないと困るわね」
「そうですそうです!」
「……まあ、確かに能力だと勘違いされてもおかしくないのかもしれない」
ユーリが、自分の腿の上に肘をついて考え込む。
「何せ特殊な魔法だ。あたしも詳しいことは理解できなかったけど、使用者が限定されるし、最大効果範囲は魔法界全域って広さ。得体が知れないって感じるのは、当然かもしれない。でも、拒まなくたっていいだろ」
悔しそうに呟いた。
マリーが眉をひそめてユーリを見る。多分第一印象が良くなかったのだろう。マリーはユーリに苦手意識を持っている気がする。
「なぜ、あなたがそんなことを知っているの? 王家の私も知らないのに……」
「ユーリは千年前の魔法界で生きてたんですよ」
「ええ?」
マリーが大きく目を見開く。より不信が強まりそうだけど、そう答えるよりほかに仕方がない。
「マリーの様子だと、ロクな文献も残っていなさそうね。妖精図書館に行けば何かあったかもしれないけど、今は行けないし。ユーリがマリーに教えられないの?」
「さっき、詳しいことは理解できなかったって言っただろ。あたしが知ってるのはこれくらいだよ」
ユーリが両手を上げて降参のポーズをする。すると、セイがきょとんとした顔で言った。
「千年前ってことは、ジェニは恵みの魔法が使えたんですか?」
「ああ。ちょうど、ジェニが使い始めた魔法だよ」
「じゃあ解決じゃないですか」
セイはにっこり笑って、手を叩いた。ユーリが「は?」と食いつくようにセイを見る。その肩をリンがちょんちょんと突いた。
「ねえユーリ君、ボクお手洗いに行きたくなったからついてきてよ」
「え、なんで今このタイミングであたしに?」
「だってボクお城の構造がわからないから。マリー様に案内させたら、申し訳ないじゃないか。ユーリ君は魔法界出身だから知ってるだろう?」
「はあ……? いや、知ってるけどさ」
「知ってるんだ」
なんでだ。魔法界の人は、そんなに頻繁に城に出入りするのか? 城の内部は一般常識なのか? だいぶフレンドリーな国家じゃん。
ユーリは面倒くさそうな顔をしながらも、立ち上がった。「後でちゃんと説明しろよ」とこっちを指さしてから、リンと部屋の外へ消えていく。
「ねえ、セイ。どうして解決なのかしら?」
部屋の扉が閉まるのと同時に、マリーがセイに尋ねた。セイは自信満々に「それはですねー」と解説を始める。
「実はあたしたち、ジェニ姫の居場所を知っているんです! ジェニ姫に直接会いに行って、話を聞けばバッチリですよ」
「え、え? 私さっきから驚いてばかりなんだけれど、ジェニ姫はもう亡くなっているはずよね? ……いえ、ユーリが千年前から生きているのなら、ジェニ様も……?」
「混乱しないで。アイツと魔女がおかしいだけで、ジェニ姫は亡くなられてるわよ。ただ、幽霊になって現世に留まっているだけで」
「…………」
マリーは微笑みをたたえたまま、しばらく動かなかった。それからスンと真顔に戻って、「私の理解が及ばない世界ね」と呟いた。
「わたしも日々驚きながら過ごしてるよ。刺激的ではあるよね」
「ひとまずこれからの目的は、ジェニに会いに行くこと。そうだ、マリーは外へ出られそう? 帰ってきて早々になるけど」
「どうかしら。許可が下りるかは難しいところかも……。でも、たとえ許可が下りなかったとしても、私が城を抜け出すことは出来るから安心して」
マリーはにっこりと純粋な笑顔を浮かべた。
いやいやいや、許可なしにお姫様連れ出したら今度はわたし達が追われる側になるんですけど!
慌ててマリーを止めるわたしとナオの隣で、セイが一人ふんぞり返っていた。
「あたしの大手柄ですねっ!」




