第四章 23 マリー姫の帰還
マリーが記憶を取り戻したことで、異空間のバランスが崩れてしまったらしい。リンの誘導に従ってついていくと、簡単に異空間から脱出することが出来た。
「…………」
変わり果てた城下町を見回して、マリーが唇を噛む。まるで目に焼き付けるように、城下町の惨状を見つめている。その横顔には、悔しさが滲んでいた。
やがてマリーがこちらを振り返り、「戻りましょう」と言った。
「マリー様!」
城に入った途端に、誰かが叫んだ。その声につられて、「マリー様……?」とざわめきが波のように広がっていく。
「マリー様、ご無事だったのか?」
「まさかこんなにひょっこり帰ってくるなんて」
「周りの子供らは誰だ? 見たことない顔だよな?」
ざわめきだす民衆たちを見回して、マリーは首を傾げた。
「こんなにたくさんの人が、城に?」
「城下町があんな状態じゃ、どうしようもないでしょう。王様が機転を利かせてくださったのよ」
「お父様が……」
ナオの返事に、マリーが少し嬉しそうな笑みをこぼした。それから、民衆に向かって恭しく礼をする。
「心配をかけてしまって、ごめんなさい。でも、私は大丈夫。この者たちのおかげで、御覧の通り傷一つないわ。もう皆に迷惑をかけるようなことはしない。ともに、この苦難を乗り越えましょう」
マリーは胸を張って呼びかけた。民衆たちから歓声や拍手が起こる。
「流石は魔法界の姫だね。民からの信頼も相当厚いみたいだ」
わたしの肩に乗ったリンが呟く。手を振りながら民衆の中を歩いていくマリー姫を見ると、やっぱり人を惹きつけるカリスマ性というのは、ある人にはあるんだなあと感じる。
「あなたたちも、早く! 玉座の間に行きましょう!」
こちらを振り返るマリーの笑顔が、こんな状況の中でも眩しかった。
玉座の間に入ると、その感動は城に入った時と比べ物にならないほど大きかった。
「マリー!」
王様は、マリーの姿を見るや否や玉座を立ち、入り口のマリーを抱きしめた。お付きの兵士が、「王妃様にお伝えしなければ!」と奥の階段を上っていく。
「お前がいなくなって、私たちがどれだけ心配したか、わかってないだろう……」
「ごめんなさい、お父様。苦しいわ」
「お母様も、今お前が心配で寝込んでいるんだ。あとで顔を見せに行きなさい」
「わかりました。苦しいわ」
びっくりするほど、普通の親子みたいだ。わたしはその様子を微笑ましく思いながら、脇に控えていたノーランさんに挨拶した。
「こんにちは」
「いや……驚きましたよ。本当にマリー様を連れて帰ってくるとは」
「見直してもらえましたか?」
「当然です。ありがとうございました」
ノーランさんが頭を下げる。わたしはリュックの中から髪飾りを取り出すと、ノーランさんに返した。
「こちらこそ、髪飾りをありがとうございました。マリー様を見つけられたのは、この髪飾りのおかげです」
「あれ、まだ返していなかったんですか?」
「返せるわけないじゃないですか。これはノーランさんが預かったものなんですから。マリー様だって、ノーランさんに返してもらいたいはずです。部外者のわたしが介入できるはずはありませんよ」
ノーランさんは髪飾りを受け取って、「そっか」と呟いた。ニヤニヤしそうになるのを堪えているような顔だ。
記憶喪失のマリー姫、あなたの名前だけは憶えていたんですよ。
そう言おうかとも思ったけど、そんなことを伝えなくても幸せそうだから黙っておく。
「君たち」
王様に呼ばれ、わたしはマリーの方を振り返った。ようやくマリーから離れたらしい王様が、玉座に座ってわたし達を見回している。
「マリーを連れ戻してくれて、本当にありがとう。目立った外傷もないようで安心したよ。君たちを助けた私の目に狂いはなかった」
「それは……良かった、です」
「うん。君たちは私が思っていた以上の活躍をしてくれたから、褒美を与えようと思っている。おい」
「ハッ!」
玉座の隣に控えていた兵士が、袋を抱えてわたし達の元へやってきた。一番前に立っていたナオに、その袋を渡す。
袋を受け取ったナオは、小さく「重っ」と呟いた。それから恐る恐る兵士を見上げる。
「……中を見ても?」
「どうぞ」
ナオは袋を開けた。中から零れ落ちたのは、大きな赤い宝石のネックレスだった。隣のセイが「わっ」と慌ててキャッチし、目をまん丸にする。
「こ、これ……」
「若い女の子たちばかりだったから、こういうものの方が嬉しいのかとも思ってね。もし要らないようだったら売ってくれればいいよ。大した量もないけど、人数分くらいはあるはずだ」
王様が袋を手で示す。人数分って、こういう高そうなアクセサリー×5ってこと? 財力が恐ろしすぎる。
袋を抱えたナオが、わたしへ視線を流した。自分がどういう表情をしていたのかはわからない。でも、ナオには伝わったようだった。
「セイ、それ袋に戻して」
「えっ? は、はい」
突然の姉の言葉に、セイがまた目を丸くした。あまり状況を把握できていない様子のまま、ネックレスを袋の中に戻す。
そして、ナオは袋を兵士に突き出した。
「これ、受け取れません」
「……は?」
袋を突き返された兵士が、反感剥きだしでそう呟いた。ナオがわたしを見て、小さく顎を前に動かす。
わたしはナオの隣に並ぶと、王様と向かい合った。
「これは受け取れません。非常に厚かましいことはわかっているんですが、わたし達には、王様にお願いしたいことがあるんです」
「私に?」
「はい。クロスってご存じですか」
わたしの問いに、王様が唸る。
「言い伝えでは聞いたことがあるよ。確か、空の守護者たちを滅ぼした竜だろう」
「はい。ただ、クロスは言い伝え上の存在ではありません。実際に、獣人界と人間界を自分の手中に収めようとしています。このままいくと、魔法界の時間の問題かもしれません」
王様が玉座に肘をついた。圧を感じる。この話をするのは何度目かだけど、何度話しても慣れるものじゃない。現に今も、握りしめた手のひらにじわりと汗をかいている。
「わたし達は、クロスを倒したい。獣人界の王にも協力していただけることになりました。どうか、王様にも協力していただきたいのです」
「ふむ、それは――」
「でも」
王様が話す前に、わたしは無理やり言葉をねじ込んだ。多分不敬極まりない行為だ。すぐ隣の兵士がわたしを睨んでいるのがわかる。やめて、睨まないで。
ごくりと唾をのんで、わたしは話し続ける。
「これは、あまりにも大きすぎる問題です。きっと王様も今のわたし達を、そこまで信じることは出来ないでしょう。こちらとしても、王様には信用していただきたい。そこで提案です」
わたしは窓の外を指さした。胸を張って、王様に向かって叫ぶ。
「魔法界から恐魔獣を消し去る。そこまで成功させてから、改めてそのお願いをさせてください」
「……つまり、それを褒美としてほしいと?」
「はい」
わたしは頷いた。王様はわたしの後ろを見て、「君たちも考えは同じなんだね?」と尋ねる。
「はい。彩の目的は私たちの目的ですから」
「重いよ」
「そうか。ふむ……」
王様は指で短い髭を揉んだ。それから、にやりと笑って顔を上げる。
「能力者。妖精。面白いね。そこまで言われてしまったら、私としても腹をくくるしかない。いいよ、やってみなさい」
「お父様!」
「ありがとうございます」
マリーが何かを言いかけたのを遮って、わたしは頭を下げた。王様は玉座からわたし達を見下ろし、悠然と笑った。
「期待しているよ」




