第四章 20 鮮やかな牢獄
緑色の光へ向かって、わたしとユーリは下降を始める。上に昇っていくのはまだ勢いでどうにかなるんだけど、下降となると少しでも間違えたら墜落だから、慎重に進めないといけない。
すると、セイが突然「あ!」と声を上げた。
「二人とも、急いでください! 魔獣たちがリンの方へ向かってます!」
「え!?」
慌てて下を覗き込めば、確かに魔獣たちが方向転換をしてリンの方へ向かっている。かなりのスピードだ。多分、わたし達と違って目に見えてるから迷いがない。
「彩、急ぐぞ。こっちでひたすら降下するから、方向の操作してくれ」
「わかった!」
わたし達は、魔獣たちに競り合うようにして急降下を始めた。ユーリがぎゅっと目を瞑ったまま、毛布を降下させている。そういえばこの人高所恐怖症だったっけ、と今更になって思い出した。高所恐怖症を三回も上空に連れ出すとか、ちょっとわたし酷い人間かもしれない。
「ナオ、リンに伝達魔法通じたりしない?」
「しないわね。私も、少しでも狙いを逸らせたらと思って伝達魔法を使い続けてるんだけど、全然見向きもしない」
「そっか。リン大丈夫かな……」
心配していても仕方がないことはわかっているけど、それでも心配だ。「振り落とされないでよ」と声をかけて、またスピードを上げる。
だんだん魔獣たちに近づいていく。リンの緑色の光が、どんどん強さを増していく。あと少し、というところで、すぐ隣で紫色の光がバチンと弾けた。
「攻撃……!」
魔獣の目が、紫色に光り始めている。もちろんその視線の先はリンだ。わたし達には反応していない。
「どうにかして攻撃を阻止しないと……」
「彩先輩っ」
わたしが魔獣を睨みつけていると、セイに何かを握らされた。手を開くと、その中にはさっき拾った鉱石がある。
「――ユーリ、一瞬操縦頼んでいい!?」
「急だな……いいよ」
「ありがとう! 『念動力』!」
わたしはポケットに滑り込ませていた鉱石を取り出すと、ぱっと空中に放り投げた。幻惑も解いて、完全に『念動力』のみに意識を集中させる。
魔獣の目が、紫色に光る。すぐにでもあのビーム攻撃が放たれるだろう。ぐんぐんと降下する毛布にしがみつきながら、わたしは魔獣の目に向かって鉱石を飛ばした。
鉱石は寸分違わず、恐魔獣の目に直撃する。魔獣がビームを放つのと、魔獣の目までやってきた鉱石がそのビームをせき止めるのがほとんど同時だった。
「さっすが、魔法界一の硬度! うわっ!?」
わたしが叫んだところで、毛布から転げ落ちた。転げ落ちたというか、落とされたというか。気が付けばいつの間にか、落ちても大丈夫な高度まで来ていたらしい。
「みんな、こっち!」
しりもちをついていたわたしは、リンの声にハッと顔を上げた。緑色の光の中で、リンがこちらへ向かって大きく手を振っている。
「長くは持たない! 魔獣たちも向かってきている! 早く!!」
わたしは地面についていた手に力を込めて立ち上がると、すぐに走り出した。みんなの背中を追いかけて、必死で足を動かす。
みんなが光の中に飛び込んでいく中、わたしはまだ走っていた。今までにこれほど自分の運動神経を恨んだことはない。いや、走るのは割と速い方ではあったんだけど、人外に比べたら全く敵わない!
わたしを待ってくれているリンが、「アヤ君!」と悲痛な顔をして叫ぶ。嫌な予感がして首だけで振り返ると、恐魔獣たちが四体まとめて、目を光らせてビーム攻撃を始めようとしていた。
「待って待って待って、待ってくだ……」
わたしはリンに向かって手を伸ばす。幸いなことに、わたしとリンの距離はあと数メートル。届く、届く、届く……!
「さいっ!!」
地面を思い切り蹴って、前方に飛び出す。わたしが緑の光の中に吸い込まれるのと、すぐ後ろで魔獣のビームが炸裂するのは、ほとんど同時だった。
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顔面から地面に落ちて、わたしは「ぐえっ」と呻いた。地面は少し柔らかくて、草の匂いがする。
「間に合ったみたいで、良かった」
「ナオたちが速すぎるんだって。これでもめちゃくちゃ頑張った方だから」
ナオに助けてもらって、わたしは立ち上がる。そして視界に映った光景に、わたしは思わず眉をひそめた。
「ここは……?」
異空間の中に広がっていたもの。それは、どこまでも続く青空と花畑だった。お姫様が拉致られているって話だったから、てっきり魔女が待ち構えてる地下牢獄とかだと思ってたんだけど。
「花畑って、え、どうして?」
「そんなことを私に聞かれても……。私達も困惑してるのよ。どうしてまた、こんな平和そうな場所に来ちゃったのかって」
ナオが肩をすくめる。もう一度見てみても、出てくるのは穏やかな花畑だなという感想だけで、どうにも囚われのお姫様とは結び付かない。
「ユーリ、ここに魔女とお姫様は居そう?」
「だから、魔女の魔力は覚えてないんだって。お姫様の方の魔力は、確かに感じるよ。さっきよりもはっきりと」
ユーリは頷く。「じゃあ」とセイが両手を広げた。
「とりあえず探検してみませんか? ユーリに先導してもらって」
「そうだね。ここで悩んでても仕方ない」
こんな入り口で悩んでいても、何も始まらない。わたし達は歩き出した。
少しだけ傾斜があり、緩やかな小さな丘を上り下りしながら進んでいく。カラフルな花が、地面にちりばめられるように咲いていて、なかなか写真映えしそうなスポットだ。
「なんか、平和ですね」
花畑の中を歩きながら、セイがぽつりと呟いた。セイの姿は、何となくメルヘンなこの花畑になじんでいる。
「そうね。暖かいし、過ごすには丁度いいところかも」
「わたしは外との温度差に風邪ひきそうだよ。外では恐魔獣があんなにうろついてたのにさ。何か、いきなり空から恐魔獣とか降ってきそうで油断できない」
ドッキリ系というか、何かそういうトラップを想定してしまいがちだ。わたしは忙しなく辺りを見回す。
「ボクは、この空間に良い印象は持てないけどね」
リンがそう呟いたところで、ユーリが足を止めた。どうしたの、と聞く前に、ユーリが前方を指さす。
「あそこ」
ユーリの指し示す方向を見ると、そこには一人の少女が佇んでいた。ここからでもわかる、ウェーブのかかった金色の髪。
まだ距離があるし、こちらに背を向けているから詳しい様子はわからないけど、危険な目には遭っていなさそうだ。
走り出そうとしたところで、ナオに肩を掴まれる。
「待って。今あんたがダッシュで駆け寄って行ったら警戒されるでしょ。もしかしたら逃げられるかも。ここは穏やかに、慎重に距離を詰めていかないと」
「う、確かに……」
まったくもってその通りだったので、わたしは踏み込んだ足を一歩引いた。そのままお姫様の方へ向かって、ゆっくりと歩いていく。
あと十メートルほどの距離まで来たところで、お姫様がふとこちらを向いた。
長い髪がふわりと揺れる。澄んだ青色の瞳がわたし達を捉え、一瞬見開かれた後に、柔らかく細められた。
「あら、すごく珍しいわ。ここに私以外の誰かがいらっしゃるなんて」
そう微笑んだお姫様は、とても綺麗だった。花畑の中に佇む人形のような少女の姿は、それはそれは、言葉では言い表せないほどの美しさで。
「ようこそ。私はノーランよ。よろしくね」
その一言に、わたし達は言葉を失った。




