第四章 19 決死!魔獣おびき寄せ大作戦
わたしの投げた瓦礫が、放物線を描き、一番手前の恐魔獣の背中にぶつかった。それが開戦の合図になった。
瓦礫が当たった恐魔獣が、こちらを振り返る。
それに応戦するように、ユーリとわたしは辺りに散乱した瓦礫をいくつも空中に浮かべる。ナオとセイは呪文の詠唱を始めた。
魔力の流れを感じ取ったのだろうか。恐魔獣は次々とこちらを向き、近づいてくる。足取りがゆっくりなのは、わたし達がまだ幻惑で姿を隠していて視覚的な判断が出来ないからだろう。
「来た来た来たっ。ナオ、セイ、魔法の調子はどう?」
「何にも聞こえないです! でも、ちゃんと魔力は消費されてる感じしますよ」
「よし、じゃあ間違いなく来るね!!」
半分ヤケだ。とにかく魔獣たちをこっちに引き寄せて、リンが向こうに行けるようにしないといけない。
わたし達は固まって走り出した。魔獣たちを、もう少し離れたところまで誘導するためだ。リンがわたしの肩に掴まりながら、じっと魔獣の群れを見つめている。と、
「危ない!」
リンの声と同時に、わたしが走っていたすぐ隣が光った。ジュワッと焼ける音がして、煙が立つ。思わず「ひえ」と声が出た。
めっちゃギリギリのところだった。あと少し横にいたら、丸焦げになっていたことだろう。
わたしはその場からすぐに離れ、勢いよく後ろを振り返った。わたし達につられて、魔獣たちはかなりこっちの方まで迫ってきていた。おかげでお姫様がいると思われる方はがら空きだ。
「リン、今ならいける!」
「わかった」
リンはわたしの肩に両足を乗せると、思いっきり蹴って飛び出した。よく想像されるふわふわした飛び方じゃなくて、何というか、ロケットみたいに真っすぐ速く飛んでいく。
「リン、行った?」
「行った行った。だから、あとはこっちで注意を引くだけ!」
わたしは走りながら、後ろの恐魔獣たちを振り返る。リンに蹴られた肩が少し痛かった。
「みんな、わたしから離れないでよ。わたしの幻惑から外れたら、一気に標的になるからね」
「もうこの時点でだいぶ捕捉されていそうな感じはするけど」
「マジか。そしたら死ぬ気でわたしを守ってくれない? 今のわたし運動神経とか諸々ザコだから」
隣にやってきたナオに、わたしは顔を歪めて言う。身体強化の魔法がかけられない状態だから、今のわたしの身体能力は中3女子の平均にも少し届かないレベル。恐魔獣の攻撃なんて見切れるわけがない。
ユーリが適当な瓦礫を投げつけて、恐魔獣の注意を引き付ける。わたしも瓦礫の一つを手にしながら、一番先頭の恐魔獣の目を見つめた。
「あいつらは、わたし達がいることはわかっていても、どこにいるのかの確証が持てていないんだと思う。『幻惑』は能力で、魔獣が捕捉できる魔法じゃない。だから明確な場所の判断が出来ないんだよ。ってことは――」
そこまで話したところで、魔獣の目が光った。逃げなきゃ、と思ったのが先か、体が自分の意志に反して持ち上げられたのが先か。
いや、多分持ち上げられた方が先だ。わたしが危険を察知するより前に、ナオはわたしを抱えて走り出していたのだった。危機察知能力の精度が桁違いだ。
魔獣のビーム攻撃がさっきまでわたし達がいた場所を焼き払うのを、わたしはナオに抱えられたまま、半分くらい状況を理解できないまま見ていた。
「どう? 守ってあげたわよ」
「その調子でお願いします。マジで助かりました」
「彩は私の背中に乗ってて。私が動くから」
「ありがとうございます!」
わたしはナオの背中にしがみつきながら、さっきの解説を再開する。
「居場所が正確に把握できないのなら、疑わしいところを全部攻撃すればいい。多分今みたいな攻撃がめちゃくちゃ来るよ。気を付けて」
「は、早くいってくださいよっ。あたし心臓止まるかと思いました!!」
ギリギリ躱したらしいセイが、オーバーリアクションを取る。でもどちらかというと、より危なかったのは奥で青ざめているユーリなんじゃないかという気がした。
その間にも、魔獣たちの目が次々に光り始める。わたしはナオの肩を思いっきり叩いた。
「ナオ、走って走って!!」
「わかってるわよ!!」
ナオが地面を蹴って走り出した。わたしは両腕でナオにしがみついたまま、後ろを振り返る。連続して起こる爆発の煙のせいで、煙の向こうに見えるのはぼんやりとした魔獣の影だけだ。視界が悪すぎて、瓦礫を飛ばすことも出来ない。
「きゃっ」と短いセイの悲鳴が聞こえた。このままじゃまずい。今のままだと、すぐに追いつかれて焼き払われる。今のリンの様子はどうなっているんだろう。ここからじゃ見えない。ここからじゃ……。
「ユーリ! どこにいる!?」
わたしは爆発にかき消されないように声を張り上げた。すぐに「生きてるよ」と返事が返ってくる。
「リュックこっちに投げてこっちに来て! セイも聞こえる!?」
「あたし今ユーリと一緒にいるので! ユーリ、あっち。あ、そっちじゃないですっ」
そこで、煙を突き破るようにしてパンパンに膨らんだリュックが飛んできた。かなりの重量があるリュックを能力で一旦止めて、そのあとキャッチする。片手でボタンをはずし、中から毛布を引っ張り出す。
「ちょっ、不安定! 何するつもりなの!?」
「ごめんナオ! あ、ちょうどいいところに来た! ユーリ、これを二人で一緒に飛ばすよ」
横から合流してきたユーリに声をかける。飛ばす、なんてぼんやりした言い方だったけど、ユーリはちゃんと意味を理解してくれたらしい。「正気か?」と聞いてくる。
「正気も正……痛っ!?」
そこで、いきなりわたしは吹き飛ばされた。肩から地面に落ちて、ぐっと変な音が喉から漏れる。爆風にでも吹き飛ばされたのだろうか。とにかく痛い。何か骨の辺りがおかしくなっているような気がする。
起き上がって「『治癒』」と唱える。良かった、毛布はどうにか手から離さなかったらしい。
わたしは毛布を広げると、その上に座った。すぐに「彩!」とナオの声が聞こえる。わたしは動く左手で大きく手を振った。
「こっちこっち! 早く!!」
「早くって……」
「この毛布の上に乗ってくれればいいから! ユーリも早くきて! ユーリいないと出来ないから!」
「あたしが居ても厳しいって。せーので同時に能力使うぞ」
駆けつけてきた三人を毛布の上に無理やり乗せる。毛布は少し大きめのものを支給してもらっていたから、四人が身を寄せ合えばどうにか座ることが出来た。
迫ってくる魔獣のビームから逃れるために、わたしとユーリは声を揃える。
「せーの!」
「『念動力』!」
毛布は一瞬ぶるりと波を打って、それから低スピードで浮かび上がり始めた。すれすれで魔獣のビームをよけながら、上昇していく。
「わ、すごい。すごいです二人とも!」
「この前も竜たちと空中戦やってたって聞いたけど、こんなにいい眺めを見てたのね」
姉妹が下を覗いて歓声を上げる。特にセイなんて、目をキラキラに輝かせている。そんな後輩のかわいい姿を見れたんだから、先輩として「いつでも連れてきてあげるよ」とでも言えたら良かったんだけど。
「ああああ、きつい! 頭おかしくなりそう! 肩が痛い!!」
「…………」
現実はそうは上手くいかない。ユーリと前に「魔法の絨毯」と称して祠に行った時も厳しかったものの、今回は四人も乗せているからかその比じゃない。少しでも気を抜いたらすぐに墜落しそうな不安定さを感じ取りながらの運転に、脳の神経が焼き切れそうな錯覚に陥る。
しんどさに耐えかねて叫ぶわたしと、叫ぶ気力もないのか微動だにしないユーリ。空中で繰り広げられるのは無情な格差。
「彩先輩、魔獣がこっち見てますよ!」
「わかってる!」
「彩」
「何!?」
立て続けに呼ばれ、わたしは半分キレながらナオを振り返った。片方が屍みたいになっているとはいえ、わたしばっかりに呼びかけてくるのはいかがなものだろうか。こっちは『幻惑』と『念動力』同時使用中なんですが。
まあ空に逃げようって提案したのわたしなんですけど!
風に髪をなびかせながら、ナオが「あれ」と下を指さす。その方向には、魔獣の物とは違う、綺麗な緑色の光が膨らんでいた。
「さっきまであんなものなかった。あれってきっと、リンのいる場所よね?」
「ああ、間違いない。リンが成功したんだ」
ユーリが顔を上げる。わたしは大きく頷いて、「しっかり掴まっててよ!」と叫んだ。




