第四章 17 屋敷探索
一目散に逃げだしたわたし達は、西区画の貴族の屋敷の一つに逃げ込んでいた。かなり崩れかかっているけど、一応形は保っている。
何よりここを選んだのは、三階建てでかなり高さのある家だったからだ。
今、わたし達は玄関の床に座り込んで、ぜえぜえと肩で息をしている。
「はあ、はあ……っ。すみません、あたしが、転んだせいで……」
「これから先気をつければいいだけだよ。ボクたちも、一体恐魔獣をやり過ごしただけで気が抜けていた。ちょうどいい学びになったんじゃないかな」
「学びねえ……。ごめん、一回幻惑解いていいかな」
「いいわよ」
長時間使い続けるのも、なかなかしんどい。わたしは幻惑を解き、床に転がった。
「逃げきれたのは彩先輩のおかげですね。本当に助かりました」
「正直、彩の能力がここまで有能だとは思ってなかった」
「どーも。お役に立てたのなら何より」
よっと腹筋に力を入れて体を起こし、立ち上がった。ナオが座り込んだままわたしを見上げてきた。
「これからどうするの? せっかくここまで逃げ込んだわけだし、外は魔獣だらけだし、ここで休むのもいいと思うけど」
「疲れてるなら、休んできていいよ。わたしはちょっと行きたいところあるから」
「行きたいところ?」
セイが首を傾げる。わたしは頷いて、屋敷内を見回した。
「ここは三階建て。ついでに、三階の上にさらに屋上があった。あそこへ行って、辺りを見回してみようと思う」
「ボクもついていくよ。アヤ君の視力じゃ、そこまで遠くは見渡せないだろう?」
リンが得意げに眼鏡を光らせる。まったくもってその通りだ。妖精視力に現代日本でブルーライトを浴びまくっていたわたしの視力は敵わない。
結局全員で移動することになり、わたし達は屋敷の中を勝手に探検し始めた。
「さっすが貴族。家の中が広すぎる」
「これじゃあすぐに迷っちゃうんじゃないですかね」
玄関の正面の階段をのぼりながら、わたしとセイは屋敷を見上げる。なんだか最近は屋敷だの城だの立派なところに出向く機会がありすぎるから、感覚が麻痺しそうだ。庶民の感覚を取り戻せ、吉田彩。
二階へ着くと、目の前に壁があり、横に廊下が伸びていた。エスカレーターみたいに同じ場所から登れないらしい。面倒な造りだ。
わたしとセイとナオが左、リンとユーリが右といった風に、二手に分かれて廊下を歩く。
「二人は、やっぱりこういう豪邸とかに憧れるわけ? 将来お金持ちと結婚して贅沢に暮らしたい―とか」
廊下が意外と長いので、ふと思いついたそんな問いを投げかけてみる。
「あたしは豪邸はいらないですねー。でも美味しいものは食べたいです。ほら、今ってすごく美味しいもので溢れてるじゃないですか。あたし来てビックリしましたもん」
「あー、結構食べ物美味しいよね、こっち。わたしもそれは驚いたな」
海外旅行に行った先で料理を食べると、日本人の味覚と合わないとか聞いたことあったけど、そこまでのギャップは感じなかった。国どころか世界が違うのに、面白いことだ。
「ナオは?」と話を振ると、どこかぼんやりとした様子でナオが答えた。
「別に私は、このまま――」
はっ、とナオが目を見開く。何か重大なことに気づいたような、切羽詰まった表情だった。
どうしたのかと尋ねる前に、セイが「あー!」と叫んだ。
「階段! ふさがれてます!!」
「えっ?」
いつの間にか廊下の端まで来ていたらしい。セイは階段を指さしていて、それは外からの衝撃のせいだろうか、崩れた壁か天井の瓦礫が、階段を塞いでいた。
ナオはこれを見つけて驚いたのか。そう思ったけど、まだ何となく不満だった。あの表情は、そんな視覚的な発見に対するものじゃなかったような気がする。
「とりあえずリンたちのところへ行こう。あっちなら上れるかもしれない」
わたしはセイの背中をトンと叩いて、小走りで向こうの突き当りへと向かった。
リンたちがいた右側の方は、ちゃんと階段として機能していた。三階へ上ったわたし達は、すぐに天井にある小さな扉のようなものを見つけた。
「あの扉の上に、屋上があるんだろうね」
「でも梯子がないでしょ。全力で跳んだら届くかもしれないけど、そのまま天井にしがみつき続けるのは厳しいと思うわよ」
「素の身体能力で天井までジャンプできるのがおかしいんだよ」
それを最低基準にするのをやめてほしい。うげーと口元を引き攣らせていると、リンが急上昇した。いとも簡単にその扉を開けて、上に登っていく。
それからすぐに、またわたし達のところへ顔を出した。
「うん、この先が屋上で間違いないよ。扉はボクが開けたから、通れるとして……」
「ああ、あとはこっちがやるよ」
ユーリが答えた直後、ナオの体がふわりと持ち上がった。「えっ?」とナオが目を丸くする。いつも冷静なナオの、珍しい表情だ。
「ちょっ、ちょっと、待って――!」
ナオはわたしの方へ手を伸ばしながら、まるで吸い込まれるように扉の向こうへと消えていった。
少し経ってから、「覚えときなさいよユーリ」と呪詛のような声が降ってきた。
ユーリは呪詛を何とも思っていないらしく、涼しい顔でわたしとセイを見た。
「で、次はどっちがやる?」
そんなこんなで屋上に辿り着いたわたし達は、念のため『幻惑』で姿を隠しながら、城下町を見下ろした。
「うわ、なんか魔獣一か所に集中してない? 魔獣って群れる習性あるの? 図体デカいから勝手に単独行動しかしないと思ってたんだけど」
ここから少し離れた方向に、黒っぽい塊のようなものが見える。あれは恐魔獣が何匹か集合している様子だろう。見ているだけで鳥肌が立つような気味の悪い光景だ。
「魔獣の習性は、目についたものは排除しようとすること、魔力に反応することの二つだよ。別にお互いに仲間意識や対抗意識を持っているわけではないと思うな」
「聞くたびに思うけど、魔法界に出てきて魔法で退治できないっていうのが理不尽よね」
手すりに肘をついて、ナオが吐き捨てるように呟く。それから視線を背後のユーリへと流した。
「で、魔力反応はどう?」
「…………多分間違いないと思う」
ユーリは嫌そうな顔をしながら、髪留めを持っていない方の手で、魔獣の群れを指さした。
「あそこから、お姫様の魔力の反応を感じる」
「いやあぁ……」
セイが頭を振ってツインテールを揺らす。わたしも同じ気持ちだ。
「あそこへ突っ込んでいくしかないってことでしょ? 死ぬよ。死ぬしかないよ」
「他に何かわかることはないのかい? マリー姫について。ここからは、マリー姫がいるようには見えないけれど」
リンが目を細めながら、魔獣の群れを見ている。ユーリはきゅっと眉根を寄せると、「確証はないが」と前置きをした。
「お姫様の魔力は、かなり弱い。弱っているとかそういうのじゃなくて、何ていえばいいんだろうな、遮断されている感じというか」
「遮断? 何に?」
「他の魔力に。ここ、魔力がごちゃごちゃしてて分かりづらいんだよ。お姫様の魔力が知り合いに似てたからギリギリ追えてるってくらい」
ユーリは大きく息を吐きだした。その額には汗がにじんでいる。まあ、今の魔法界は魔力が充満している状態なわけだし、魔力探知は相当集中力を要するのだろう。
「……で、お姫様を覆ってる魔力は、少しだけリンに似てるんだ」
「!!」
リンが、ユーリを振り返った。大きく見開かれた瞳は、怯えるように揺らいでいる。
「ユーリ君、それ、本当かい」
「リンの魔力を正確に覚えてるわけじゃないから、あんまり信用されても困るけど。でも、間違いなく似ている、とは思う」
「…………ああ、どうして気が付かなかったんだろうね」
リンはふっと力なく笑う。体中の力が抜けたように、ぺたりと手すりの上に腰を下ろした。
「わかったよ、みんな。マリー姫は異空間の中にいる。妖精の手によってね」
そう言ったリンの瞳は、鋭い光を宿していた。




