第四章 16 魔獣だらけの城下町
旅の支度を済ませ、わたし達は城を出た。背中のリュックには水が大量に詰め込まれている。見た目よりかなり多くの量を持ち運べる水筒(そういう魔法がかかっているらしい)のおかげで、きっと荷物はいくらかコンパクトになっているんだろうけど、それでも重いものは重い。
水の他にも、非常食や毛布などが全員のリュックに入っている。どれくらいの長さの旅になるかわからないから、とりあえず持てる分だけ持ってきてみた。
「空間魔法が使えたら、この程度の荷物は簡単に運べるんだけどね」
手ぶらのリンが、申し訳なさそうにわたし達を振り返った。
「ボクたち妖精は空間魔法がそれなりに得意だから、役に立てたら良かったんだけど。こんな状況になるとそうもいかないな」
「気にしなくていいわよ。リンのせいじゃないわ」
ナオが微笑んで答える。
その通りだ。リンのせいじゃないし、下手に魔法を使って魔獣をおびき寄せるよりは、荷物を背負って歩く方がよっぽどいい。
わたしは荷物を背負い直すと、みんなに声をかけた。
「幻惑使うよ。みんなわたしを囲むように立って」
はいっ、とセイが元気のいい返事をする。まさか魔獣のうろつく城下町をそのまま歩くわけにもいかないから、わたしの幻惑で姿を隠しちゃおうって作戦だ。ルダーラさんにやり方は軽く教わってきた。
歩み寄ってきたナオに、わたしはパッと手を突き出す。
「あ、ナオは向こうに立ってて。成功するかどうかわかんないから、遠くから見ててほしい」
「わかった」
ナオはあっさり頷いて、すぐに背を向けて歩き出した。わたし達の中ではナオが一番能力耐性が高いから、ナオにジャッジしてもらうのが一番安全だ。
ナオを除くリンたち三人が、三角形を描くように立った。わたしはその中心で、ルダーラさんに教えてもらったことを思い出す。
『いいかい、姿を隠すっていうのは、そう簡単なことじゃない。アンタに出来るかどうかの保証はしないし、特訓する時間もないんだろう? 早速説明に入るよ』
わたしは右腕を真っすぐに上げ、手のひらを天に向けた。隠したい人たちの中心でこうやると、何となくやりやすいらしい。わたしも詳しいことはわからないけど、わからないからこそ教えてもらった通りに実践する。
『まずは、靄をイメージする。覆い隠すような靄だよ。大切な、大事なものを隠して守るような感じで優しくイメージするんだ。アラスター、今のは聞き捨てならないね。アタシに一番似合わない言葉だって?』
わたしは靄をイメージする。みんなを隠して、守れるような靄。ベール。
……と言われても全然イメージが湧かないので、ちょっと違うものを想像することにした。わたしは、よく晴れた日に干した布団を思い浮かべる。
太陽の光をいっぱいに吸い込んであたたかくなった布団。まさに幸せの象徴だ。あたたかなシーツは、柔らかくわたしを包み込んでくれていた。
懐かしきわが家の窓辺を思い出しながら、わたしは唱えた。
「『幻惑』」
その瞬間、不思議な感覚がした。わたしの声が、動きが、体が、ぴたりと重なるような感覚だ。少しのずれもなく、きっちりと。わたしに何かが重なった。その正体なんてわざわざ考える必要もないだろう。
わたしは少し離れたところに立っているナオを見て、尋ねた。
「どう? 隠れてる?」
「上手く隠れてるわよ。どこにいるかわからないくらい」
「ボクたちの中で一番魔法耐性があるナオ君がわからないんだ。魔獣相手にどこまで通用するかわからないけど、少しは安心していいかもしれないね」
リンが眼鏡をくいっと上げて微笑む。セイは「この辺りに立っていたはず……」と首を傾げながら歩み寄ってきた姉の手を取って、幻惑のベールの中に入らせた。
「結構効果範囲が狭いわね。彩を押しつぶすくらい引っ付いて動いた方が安全かも」
「わたしの集中力が途切れたら能力解けちゃうからね? わかってる?」
「アヤ君、ナオ君」
言い合っていたわたし達に、リンがそっと声をかけてきた。リンはすぐ隣を手で示す。
リンの隣では、髪飾りを手に目を閉じているユーリがいた。
「ユーリ君が魔力を辿ってくれている。もうすぐ出発だから、気を引き締めてね」
「はーい」
注意されてしまった。わたしは首をすくめてから、ユーリへと視線を移す。
ユーリはとても集中しているようだった。少しの間ずっと目を閉じ続けていて、やがて、ぴくりと瞼が動いた。
「…………近い?」
目を開けたユーリは、眉をひそめて難し気な顔でそう呟いた。
「近いって、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。魔力が近い。近すぎる。どういうことだ?」
「感覚が鈍ったんじゃないの?」
「それがあり得るんだよな。これ使うのかなり久々だし」
「そこは否定しなさいよ」
ナオがため息を吐く。「もう一回やってみる」と目を閉じたユーリは、しばらく経ってから首を横に振った。
「やっぱり近い。間違いない」
「じゃあお姫様は近くにいるってことだよ。時間かからなくてラッキーじゃん。具体的にはどっちに向かえばいいの?」
「ん、あっちだよ」
わたしが聞くと、ユーリは斜め右の方を指さした。確かわたし達の右が南だったから、ここから南東くらいだろうか。
「了解。行先も決まったところで、出発!」
わたしは威勢よく拳を突き上げた。
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城下町はひどい有様だった。かつての華やかさはなく、倒壊した建物や砕けた石畳の破片が地面に散らばっている。転ばないようにゆっくりと慎重に歩いて行った。
そうして城下町を進んでいき、貴族の家が立ち並んでいる西区画に差し掛かろうとしたところだ。崩れかかった高い塀に沿って角を曲がろうとしたとき、先頭を歩いていたユーリが突然手を広げてわたし達を制した。
どうしたの、と聞こうとした直後、地面がズシンと大きく揺れた。思わず漏れかけた声を飲み込んで、顔を上げる。こちらを振り返ったユーリが人差し指を唇にあてて「静かに」と伝えている。
震えているのは、わたしの足かそれとも地面か。わたし達が曲がろうとしていた角の向こうから現れたのは、他でもない恐魔獣だった。
恐魔獣は、わたし達の前をゆっくりと歩いていく。恐魔獣が通ってきた後には、砕けて粉々になった瓦礫が道を作っていた。
わたしは息を殺して恐魔獣を見つめる。
あれに見つかったら終わり。何だかゲームみたいだ。マップの中でモンスターに見つからないようにゴールまで辿り着けるか、みたいな。
心臓に悪いからあんまりやったことはないんだけど、実際にこんなことになるなら軽いシュミレーション感覚でやっておけばよかったかもしれない。
やがて恐魔獣が前を通り過ぎ、わたし達は大きく息を吐きだした。無意識のうちに息を止めてしまっていたらしい。
「やっぱり魔獣がいるね。みんな、気を付けて進むように」
リンが注意喚起をする。頷いて、今度こそ角を曲がる。
一刻も早く、ユーリの言っている南東の方向へ行かないといけない。そこに本当にお姫様がいるのかどうかで、これから先の行動が大きく変わってくる。だから――。
「きゃあっ!」
と、背後で短い悲鳴が上がった。セイの声だ。振り向くと、セイが地面に転がっていた。
体を起こしたセイが、えへへと照れくさそうに頭を掻く。
「ごめんなさい、瓦礫に足を取られて転んじゃいました……」
「気をつけなさい。あちこちに瓦礫あるんだから」
ナオがセイの手を引っ張って起こす。微笑ましい姉妹の様子を見て、ほのぼのした気分で周りを見回して、
ひっ、と喉から細い息が出た。
六つの目がわたし達を囲んでいた。正面の道。右にある豪邸の庭。左後ろ。合計三体の魔獣が、目を光らせてわたし達を見つめている。
「たっ……」
退散!と叫んで、わたしは空いている右後ろへ向かって走り出した。




