第四章 15 ノーランさんとお姫様
「これで荷物はすべてですか?」
部屋を出ようとしたわたし達に、ノーランさんが声をかけてきた。リュックを背負ったわたしは、ノーランさんを振り返って頷く。
「はい。荷物まで回収してくれてありがとうございます。本当に助かりました」
「いえ。……僕たちは、あなたたちを利用しようとしているわけですから」
返ってきた予想外の答えに、わたしは目を瞬いた。ノーランさんは少し俯いたまま、部屋の真ん中に立っている。
「姫様も、あなたたちと同じくらいの年です。僕たちはあなたたちの命と引き換えに、姫様を助けようとしている」
「別に気にしなくていいですよ。死にませんから」
「瀕死で運び込まれてきた人たちが何言ってるんですか」
「否定できないね」
リンが苦笑する。ノーランさんの言うとおりだ。わたし達は王様にとってどうでもいい駒でしかない。何か成果を出したら儲けもの、程度の使い捨て駒なのだろう。
ノーランさんが、わたしに向かって筒を差し出してくる。
「王様から、あなたたちに渡すようにと。もし姫様を見つけたけれど、そこで死にそうになった時には、この筒に衝撃を与えてください。そうしたら痕跡が残って、あなたたちが死んだ後も後続の隊が姫様を救出しに行けます」
「わあ、あたしたち死ぬこと前提じゃないですか」
「ま、あんな魔獣がうろついている中を、魔法が使えないのに進まなきゃいけないわけだし。正直有効な手だとは思うわよ」
ナオの意見はいつだってドライだ。自分たちの生死が懸かっていても、合理的かどうかで判断する。セイが口を尖らせたところで、ノーランさんが意を決したように口を開いた。
「姫様が助かるなら、僕に出来ることを何でもします。だから、どうか。どうか姫様を助けてください……!」
深々と頭を下げられ、わたしはまた目を瞬いた。まさか、この人にここまで真剣に頼まれるとは思っていなかった。今までの淡々とした態度からは、想像もつかないような必死な様子だ。リンが「顔を上げてください」とノーランさんに声をかける。
「それなら、何かお姫様の持ち物持ってないか?」
顔を上げたノーランさんにそう聞いたのは、今までずっと黙っていたユーリだった。ナオが「は?」とあからさまに眉を顰める。
「え、何を言ってるの?」
「魔力でお姫様の居場所を探るんだよ。お姫様とは会ったことがないから、流石に何か手がかりがないと厳しいし。出来ればお姫様がよく使っていたものが欲しい」
すごい。いざ口を開いたらめちゃくちゃ図々しい。いきなりお姫様の私物欲しがるとかどんなヤベー奴なんだ。
しかし、ノーランさんは嫌な顔一つしなかった。それどころか、「少し待っていてくれますか」と言ってすぐに部屋を出て行ってしまった。確かに、さっきの「何でもします」は口だけではなかったらしい。
「魔力探知って、そんなこと出来るんですか? 出来るなら、どうしてみんなやっていないんでしょうか」
「まず、あたしが習得したのがかなり昔だからな。習得までにやたらと時間がかかるし、そもそも難しい。そこまで使う機会もなかったから、今の時代では使われてないのかもしれない」
一回死にかけてから使えるようになった、とユーリは語る。確かにそんなにハードな経験をしないと使える様にならないのなら、使用者人口も減るだろう。当然だ。
そこで、
「すみません、お待たせしました……!」
部屋のドアがバンと開け放たれ、息を切らしたノーランさんが入ってきた。ノーランさんはユーリの前までやってきて、持っていた布袋を差し出す。
「僕が渡せるのは、これくらいです。役に立つといいんですが」
「ああ、ありがとう」
ユーリは受け取って、すぐに布袋を開けた。中身が気になって、わたしも袋の中を覗き込む。そして、「え」と二人声を揃えた。
小さな布袋に入っていたもの。それは、綺麗な金の髪飾りだったのだ。
わたしはそろそろとノーランさんを見上げる。
「ノーランさん、これって……?」
「姫様の髪飾りです」
「ですよね! こんな高そうなやついいんですか!? ってかお姫様が許可してくれますかね!?」
聞いてから五分もしないうちにこれを持ってこられると、頼んだこっちが困惑してしまう。隣のユーリも怪訝そうな顔のままノーランさんを見つめている。
わたしに詰め寄られたノーランさんは、苦笑して「問題ないですよ」と答えた。
「その髪飾りは僕が姫様から預かっているものですし、そもそも元を辿れば僕が贈ったものですから」
なるほど。ノーランさんとお姫様は、髪飾りを贈ったり、預かったりするほどの間柄らしい。なるほどなるほど。
「ノーランさん。余計に謎が深まりましたよ。どういうことですか」
「…………簡単に説明しますと、僕とマリー姫様は幼馴染なんです」
ノーランさんは考え込むように少し眉間に皺をよせながら、話し始めた。
「僕の父は王国魔術師の中でもかなり優秀な人で、王様と近しいところにいたので。それで、僕は幼い頃から城に出入りして、まだ小さな姫様とよく遊んでいました。だから、何といいますか……姫様とは、他の人よりも仲がいい自信がありまして。どうでもいいか」
ノーランさんは頭を掻く。
「とにかく、姫様が出発される前に、これを僕に預けてくれたんです。これは数年前に僕が姫様の誕生日に贈ったものなんですが、これを失くしたらいけないから、と。思えばあの時止めておけばよかったのに。そうしたら、姫様がいなくなるようなこともなかった……」
ノーランさんは悔しそうにつぶやいた後、そっと愛おしそうに髪飾りに視線を落とす。
「姫様がいつも髪に挿していたものです。きっと、それを使えば姫様の魔力を辿ることが出来るでしょう。僕はあまり魔法が得意なわけではないので、詳しいことはわかりませんが」
きっと、この髪飾りはノーランさんにとって命と同じくらい大事なものなのだろう。大切なお姫様から預かったもの。それを見ず知らずのわたし達に預けてくれた。それだけ、わたし達に賭けているということで。
「最後に、魔獣についての情報をもう少し教えてくれませんか」
と、ナオが尋ねた。髪飾りを見つめていたノーランさんはハッと顔を上げて、頷く。
「わかった。既に何組かの部隊が姫様の捜索に向かっているけど、どの隊からも知らせはありません。城下町は複数体の恐魔獣が闊歩しているので、城下町の外に出るだけでも至難の業でしょう。ああ、そうだ。魔獣は魔力の動きに敏感らしいから、くれぐれも魔法は使わないように。すぐに襲われますよ。僕が知っている情報はこれくらいですね」
「十分です。ありがとうございます」
魔法が上手く使えない上に、魔法を使ったらこっちの居場所が割れるのか。魔法の使用は絶対に避けたいところだ。能力者のわたし達をこの役目に抜擢したのも、めちゃくちゃ納得がいく。
そんな風に考え込んでいると、ふと、ノーランさんの顔が視界に入った。今までと同じ無表情。
でも、この無表情は無感情なものではないのだろう。大きな感情を押し殺している顔なのだろう。
だから、わたしは「任せてください」と笑いかけた。
「さっきも王様の前で啖呵切ったじゃないですか。救い出して見せるって。あれ、口先だけのでまかせじゃないですからね」
「信じて待っていてくださいっ!」
ツインテールを揺らして、セイがぴょこっと飛び出してくる。ノーランさんは少しほっとしたように微笑んだ。それは、初めて見るノーランさんの笑顔だった。
「それじゃあ、マリー様をお願いします」
「はい。任されました」
わたしはお姫様の髪飾りを丁寧に布袋に入れると、そっとリュックの中に仕舞った。




