同郷
仕事を終え、省吾が駐車場に向かうと、守内刑事が待ち構えていた。
「よし、乗ってくれ」
車の助手席に乗せられ、あっという間に守内刑事のマンションに連れて行かれた。
『いらっしゃい、お疲れ様です』
玄関の扉を開くと、既に待っていた奥さんが、快く迎え入れてくれた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いいから、入ってくれ」
省吾の挨拶もそこそこに、リビングに引きずられていった。
リビングは綺麗に片付けられていて、ダイニングには既に美味しそうな料理とお酒が並んでいた。
「今日はお疲れ様。嫌な事件だったなー」
席に着くなり、用意していたグラスにビールを注いだ。
「あ、忘れてた……二宮さん、お酒飲める?」
「私は、今日は遠慮します」
省吾にテーブルに下ろしてもらいながら、首を横に振った。
以前お酒を飲んだ時に、眠ってしまったから、多分私はお酒が駄目なんだと思う。お呼ばれして居眠りするわけにはいかない、今日は遠慮しよう……。
「そうか、それなら、ご飯だけでも楽しんでいってよ。うちの奥さん、料理上手いから」
守内刑事がそう言うと、好美さんは呆れた顔をしながら、自分の分の飲み物を注いだ。
そして、携帯を取り出すと、手早く文字を打った。
『夫の言うことは気にしないで、口に合わなかったら言ってくださいね』
そして、私用に刺身醤油皿と、ドールに使う小さいコップを出してくれた。
『他に必要なものがあったら、言ってください』
「ありがとうございます」
この気遣いだけで、充分。本当にありがたい。
「というわけで、赤石の退院祝いで、乾杯!」
守内刑事が、グラスを高く掲げて挨拶した。
「ありがとうございます、いただきます」
省吾は呆れつつも、少し嬉しそうに、ビールを口にした――。
その後は、休日は何をして過ごしているとか、趣味とか、当たり障りの無い話をした。
その途中、好美さんが、何度か私を見つめているのに気付いた。
「……やっぱり、小人って、気になりますか?」
嫌な気分になったわけじゃない、ただの雑談のつもりだった。でも、好美さんは焦ったように携帯に文字を打った。
『ごめんなさい、不快にさせるつもりはなかったんです』
「あ、いや、別に不快だったとかじゃないですよ、訊いてみただけです」
そう言ったが、俯いてしまった。その様子に、すぐ守内刑事が気付いた。
「好美ちゃん、やっぱり訊いてみたら? 気になるんでしょ」
その言葉に小さく頷き、また携帯に視線を落とした。
『二宮さん、二人きりで話しませんか? 訊きたいことがあるんです』
「え? ……わかりました」
省吾を見上げると、少し心配そうだったが、「わかった」と、許可をくれた。
好美さんの手のひらに乗せられ、隣の部屋に行った。
目に飛び込んできたのは、大きなダブルベッド……寝室だった。
「それで、話というのは?」
私をベッドボードに乗せ、携帯を取り出した。
『お話をする前に、少し試させてほしいことがあります』
「は、はい」
真剣な表情。試したいことって何だろう?
すると、好美さんは私に目線を合わせ、じっと顔を見つめた。
「……」
お人形のような顔に、ビー玉のような瞳。じっと見つめられて、思わず身体が凍りつく。
どのくらいそうしていたのか、顔を上げると、文字を打った。
何度も打ち直しているのか、暫く携帯と格闘し、画面をこちらに向けた。
『突然、不躾なことを、失礼しました。二宮さんは恐らく、私がこれまでに会ってきた方のうち、ある方々と同じ共通点があると思われます。それを確かめたかったんです。実は今日、本当は赤石君に来てもらう予定はありませんでした。でも、どうしてもすぐに確認したくて、私が夫に無理を言って、二人に来ていただいたんです』
「確かめたいこと、ですか……」
そう言うと、ハッと何かに気付いて、私に画面を見せながら文字を打った。
『すみません、赤石君の退院祝いをしたいという気持ちはあります。ただ、別の日でも良かったとは思ってます、でも、私が確認したくて』
焦りが文章から伝わってくる。
「大丈夫ですよ、わかりますから……それで、確認したいこととは?」
訊くと、小さく深呼吸をした。
『まず、私の体質の件は、赤石君から聞いたと思います。人の思考を吸い取ってしまうというものです。どんな方でも、個人差はありますが、私にはそれがわかってしまいます。でも、時々、一切吸い取ることができない方がいるんです。何をしても、わからないんです。実は二宮さんも、そのうちの一人なんです』
「私も、ですか? それって……小人だから?」
好美さんは首を横に振って否定した。
『これは長年の勘のようなものですが、小人さんだからというのは違う気がします。他の吸い取れない方と、感覚が似ているので』
「そうなんですね……」
『病院で初めてお会いした時、もしかしてとは思いました。ですが、あの時は周囲に人が沢山いたから、確かめられなくて。すみません、私の我儘に付き合っていただいて』
「大丈夫ですよ。でも、確か好美さん、私と省吾が付き合ってるって見抜いてませんでした?」
『あれは、思考ではなく、見てそう思ったんです。赤石君が二宮さんを見る目は、恋人を見るそれと同じだったので』
「そ、そうだったんですね」
は、恥ずかしい。普通にバレてたんだ。
「で、でも、不思議ですね、そういう人もいるって……」
『そうですね。実はその方々にはある共通点があるんです。それも確かめたかったんです』
その文章に続いたある言葉に、思わず「えっ」と声が出た。
『二宮さんは、西滝町の生まれではありませんか?』
西滝町は、東沢町の隣にある町。山で隔てられている、小さな田舎町だ。
そこは、私の生まれ故郷でもある……。
「そうです、西滝町……私の、故郷です」
そう言うと、数回頷いた。
『やっぱりそうだったんですね。私の故郷も西滝町なんです。実は、同郷で、私より歳が下の方というのが、さっき申し上げた共通点なんです。勿論、例外はありますが』
西滝町出身で、好美さんより歳が下の人間の、思考が吸い取れない……どうしてそんなことが?
『単なる偶然かもしれませんが、数年前に会ったある方も思考が吸い取れなくて、その方も、私より歳が下で、西滝町出身なんです』
「ある方……私の知ってる方ですかね?」
『知ってるどころか、ずっと近くにいますよ』
近く……え、まさか。
『赤石君、彼も西滝町出身です。それと、歳は私より十個下ですね』
「えっ……!?」
省吾の出身地が、私と同じ? っていうか、好美さん、十個下って、四十五だったの?
色々驚くところが多すぎてどう返せばいいのかわからなくなってしまった私に、好美さんは冷静に文字を打った。
『そこは二人で話し合った方がいいですね、さて、そろそろ戻りましょう』
「は、はい……」
差し出された手に乗って、寝室を出た。
ダイニングに戻ると、省吾が帰る準備をしていた。
「りま、そろそろ遅いから、もう帰ろう」
「うん……今日はありがとうございました」
省吾の胸ポケットに移り、礼を言った。
「赤石、これ、帰りのタクシー代」
守内刑事が茶封筒を差し出した。
「それくらい払えますから、遠慮します」
「俺から誘ったんだから、これくらいさせてくれよ」
そう言って、無理矢理、省吾の手に握らせた。
「……ありがとうございます、いただきます」
守内家を後にして、通りに出ると、すぐにタクシーを拾うことができた。
車に揺られながら、私はさっきの好美さんの話が引っかかっていた。
省吾と私、それと好美さん、同郷だったんだ……。
私と省吾は十三才差だから、省吾が中学生の時に私が生まれたってことだよね。もしかしたら、どこかですれ違ってるかもしれない。
聞いてみようかと思っても、今はタクシーの中だ。家に着くまでお預けかあ。
……お母さん、何してるかな。私が急にいなくなって、びっくりしてるかな。お父さん、お酒飲みすぎてないといいけど。
みっちゃんは何してるかな。彼氏さんと上手くやってるかな……。
すぐ近くには省吾がいる。淋しくないはずなのに、家族に会いたくなっている。
帰りたいって言っても、今更どんな顔をして会いに行けばいいんだろう。
「……」
家を出たのは、もう四年も前。サバイバル生活もしてきた。今更、こんな気持ちになるなんて……。




