犯人
施設に行き、防犯カメラを確認した俺達は、仕事中のある人物を呼び出した。
「事務の防犯カメラを確認したところ、無断でロッカーのマスターキーを持ち出しているあなたの姿が映っていました。更に、現場近くの住人が、何度か卜部さんの部屋を訪れているあなたを見たと証言しています。マスターキーで卜部さんのロッカーを開け、鍵を複製し、卜部さんが仕事で家を空けている時に出入りを繰り返していたんですね。そして、阪爪さんにも、住所を伝えて鍵を渡した……その後、卜部さんの部屋で阪爪さんを殺害した。それができたのは、都留さん、あなたですね」
守内さんがそう言うと、都留さんは首を傾げた。
「あの、それ、無理がありませんか? マスターキーを持ち出しはしましたけど、卜部さんのアパートには行ってませんし、阪爪さんに住所を伝えたりなんてしてません。そもそも、僕には阪爪さんを殺す、動機っていうんですか? それがありませんよ」
「アパートを訪れたことに関しては、今言った通り、証言があります。阪爪さんを殺害した件については……殺すつもりが、無かったとしたら?」
「……はい?」
「あなたが狙っていたのは、卜部さんだったのではありませんか?」
そう言って、守内さんが提示したのは、別の場所に設置された防犯カメラの、二ヶ月前に記録された映像の切り抜き画像。そこには、入居の利用者がいるフロアの、隅に置かれた職員の荷物、そこにある卜部さんの物と思われる小さい水筒の中に、牛乳を入れようとしている都留さんが写っていた。
「施設内には事務以外にも防犯カメラが多数あるんですねえ、俺も初めて知りましたよ。そこに写ってましたよ?」
「それは……確かに、あの時、卜部さんの飲み物に牛乳を混ぜました。何故か、何も起きませんでしたけど。でも、阪爪さんに住所は伝えてないです」
「そうですかね? あなた、そこの刑事が話を聞きに来た時に言ってたそうじゃないですか、『電話番号と住所を訊かれた』って」
「言いましたけど……」
「おかしいですね? 卜部さんも施設長の吉中さんも、『電話番号』としか言っていないですよ?」
「そ、それは、僕の伝え漏れです。あの時は、動揺してて」
「いや、本当は、阪爪さんから電話番号と住所を訊かれた時、住所は教えてしまったんじゃないですか? 職員同士なら知ることができてもおかしくないですし。言いましたよね、現場近くに住む住人が、アパートを訪れているあなたを見たと。あなたが住所を知っているのは、明らかなはずです」
阪爪さんは、都留さんから住所を聞いた。だから、出禁になってもすんなりそれを受け入れた――必要な情報は、手に入っていたから。
都留さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……わかりました。卜部さんの部屋に行ったことも、住所を教えたことも認めます。でも、阪爪さんが亡くなった件は、本当に知らないです」
「そうですね、あなたはそれを知らないはずです」
守内さんは、都留さんの訴えを認めた。
「えっ」
あっさり認められたものだから、都留さんも驚いている。
「言ったじゃないですか、あなたは、阪爪さんを殺すつもりは無かったんですよ。そもそも、阪爪さんが亡くなった理由、何だかわかります?」
「え……わかりません」
「卵アレルギーによる、アナフィラキシーショックです」
「……」
さっきよりも、愕然としていた。
「都留さん、正直に言ってください、あなたは、卜部さんの部屋で、何をしたんですか?」
「冷蔵庫の中に、ミルクセーキを置きました……あの、豆乳の容器があったんで、入れて、それで……」
震えた声で言った。
豆乳の容器……そんなものは無かったはずだ。
「卜部さんが乳製品のアレルギーだというのは知ってました。も、もしかして、阪爪さんはそれを?」
「飲んだ可能性がありますね」
「まさか……あ、あの、刑事さん、阪爪さんのアレルギーは知らなかったんです、アナフィラキシーで亡くなったなんて」
「あのね、そういう問題じゃないんですよ、卵アレルギーだったことを知らないのはわかりました。でも、そもそも人の部屋に無断で入っちゃいけないし、乳製品アレルギーの人の飲み物に牛乳を混ぜたり、ミルクセーキを部屋に置くって、それでアレルギーの症状が出たら、傷害罪になる可能性ありますからね?」
「だって、アレルギーって、花粉症みたいなものでしょ? くしゃみとか、身体が痒くなるたけで……それを心配してあげれば、僕に気が向いてくれると思って……」
「いや、アレルギーで亡くなったって今言いましたよね? 人が亡くなることがあり得るものなんですよ? ここ介護施設ですよね? 利用者に食物アレルギーの人がいても同じ事言うんですか? アナフィラキシーとか、聞いたことなかったんですか?」
「と、都市伝説かと思って……」
聞くに堪えない言い訳だった。
にしても、守内さん、以前なら犯人に同情していたところを、随分とはっきり言うようになった……いや、この場合は同情の余地が無いか。
「とにかく、署で詳しく話を聞かせていただきます」
このままでは話が進まないので、間に割って入った――。
都留さんを連行し、まだ気になることがあった俺は、守内さんと別れて現場に戻った。
「あ、刑事さん、どうも」
訪れたのは、増山さんの部屋。
「どうも、少しお話良いですか?」
「いいですよ」
快く部屋に上げてくれた。
「実は先程、犯人を逮捕しました」
「そうなんですね、良かったです。これでお隣さんも安心できるかな」
「……そうですね」
引っ越すかどうかは卜部さんの個人的な話だ。俺から言う必要は無いだろう。
「増山さんの証言があったおかげで、犯人を逮捕できました。ありがとうございました」
「僕は何も、お役に立てたなら何よりです。で、話というのは?」
「実は、被害者が亡くなった原因になっているあるものが、見つかっていないんです」
「あるもの?」
「被害者の男性は、卵アレルギーのアナフィラキシーショックで亡くなっています。その原因である卵が入った容器が見つかっていないんです。犯人によれば、豆乳の容器に入れた、とのことですが……増山さん、キッチンを確認させていただいても?」
間取りは卜部さんの部屋と同じだ、場所はわかる。
「……どうぞ」
許可は貰った。
キッチンに行き、ゴミ箱の蓋を開くと、豆乳の容器が入っていた。
軽く振ると、中に何か入っている。
シンクに中身を出すと、とろみがかった乳白色の液体が出てきた。
「増山さん、これは?」
訊くと、増山さんは小さくため息をついた。
「ドラマとかなら、知らないとでも言うところなんですかね……見ての通り、ミルクセーキです。いや、エッグノッグかな? わからないですね、お隣から持ってきたものなんで」
「何故、これを持ち出したんですか?」
「お隣で遺体を見つけた時に、近くに豆乳のパックがあって、おかしいなって思ったんです。もしかして中に何か入れられたんじゃないかって。で、匂いを嗅いだら、豆乳の匂いがしなくて……あ、これ、お隣さんには知らせられないなって。ほら、お隣さん、乳製品アレルギーでしょ? 知ってるんですよ。乳製品が家にあるのが許せないって言ってたかな? シチューのルーまでは気が回りませんでしたね、大家さんもいたんで。お隣さんね、良い人なんです、僕みたいな陰キャにも挨拶してくれるんです、他の住人はそうはいかないんですよ、悪口言わない、仕事は真面目、優しい、これ以上無い聖人なんです、乳製品があるって知ったら、引っ越しちゃう、僕、許せないんです、せっかく、仲良くなれると思ったのに」
部屋のソファに座り込んで膝を抱えた。
「……こちら、証拠品として、提出していただけますね?」
俺の言葉に、小さく頷いた。
「ありがとうございます。では、失礼します」
冷静に挨拶して、逃げるように部屋を出た。
というか、実際は逃げた。
初めに増山さんの部屋に入った時に見た家具の位置が、101号室を真似た配置に変わっていて、それを見たりまが、胸ポケットの中で震えているのがわかったからだった。




