聞き込み
「りま、すまなかった、色々と情けないところを見せてしまって」
車で卜部さんの元へ向かう。その道中、助手席の赤石が、胸ポケットの中にいる小人さんに声をかけた。
「私は平気だけど、二人きりにして大丈夫だったかな……」
「大丈夫だろう、そこでまた喧嘩をしてしまうような二人ではないはずだ」
赤石は、あの二人を信じている様子だった。
「甘いな、ああいうのは頑固だぞ、俺が一番よく知ってる」
「……」
痛いところを突いたらしい。窓の外に視線を向けた。
「って、少し前の俺なら思ってたかもしれないけど、そのよく知ってるやつも、かなり柔軟になったからなあ、変わったよ、本当に」
ちらっと横目で俺を見た。
「でも、まだまだ頭が固いからなあ」
「……褒めてるのか貶してるのか、どっちなんですか」
「油断するなってことだよ、勝って兜の緒を締めよって言うだろ?」
そう言うと、少し考えて口を開いた。
「守内さん……実は、俺も今日、事件に集中できていないんです」
「え、お前も?」
「はい。……りま、君は気付いていたか?」
「なんとなくは。でも、あの二人よりは、事件に向き合っていたから、あまり気にはしてなかったよ」
さすが、二宮さんは気付いていたらしい。
「で、何で集中力欠いてたんだよ」
「実は……いや、ここでは止めておきます」
「何でだよ、お前、気になるだろ、俺まで道連れにする気かよ」
「今は捜査中ですので。俺も集中し直します」
確かに。こういうところが頭が固いと思う所以なんだけど、まあいいか。
というわけで、市内のビジネスホテルに到着。部屋番号は確認済みだ。
「あ、刑事さん」
卜部さんが泊まっているという部屋に行き、阪爪さんの死因が、卵アレルギーのアナフィラキシーによる窒息であることを説明した。
「卵アレルギー、ですか」
「はい、それが入った容器があるはずですが、部屋からは出てきませんでした。恐らく、誰かが持ち去った可能性があります。そして、それを摂取するように仕向けた人物もいる……卜部さん、詳しく話を聞かせてもらえませんか?」
「……わかりました」
応じてくれた。
まず、阪爪さんが卜部さん宅にいた時、当然だが、卜部さんは仕事中だった。
そして、大家さんから連絡が来て、早退してアパートへ戻った。阪爪さんが部屋に出入りしていた件については、全く知らなかったそうだ。
「現場であるキッチンには、卵と牛乳を混ぜた飲み物が置いてあったと思われるのですが、それが入っていた容器が見つからないんです。何か、ご存知ありませんか?」
ホテルの一室で話を聞く。赤石が片手で丁寧に、それをメモしていた。
「卵と牛乳、ですか……それ、冷蔵庫にもありませんでしたか?」
ちらっと赤石を見ると、首を横に振った。
「無かったそうです」
「そうですか……」
何故か、ホッとしたような反応だった。
「容器は、知らないですね……阪爪さんが卵アレルギーだというのも、さっき知りました」
「なるほど、ちなみに、冷蔵庫にあるかどうかを訊いた理由を伺っても?」
「あ、実は私、乳製品アレルギーで、乳製品を食べると蕁麻疹が出ちゃうんです。職場でも、私だけ社食は食べないようにしているんです。そうやって、小さい頃から避けて過ごしていたせいで、自分の家に乳製品があるのが生理的に受け付けなくなってしまって……特にキッチンと冷蔵庫、料理をする私にとって、あの場所は天国というか、唯一の癒しなんです。乳製品があるなんて考えるのも嫌で……だからこそ、阪爪さんがそこで亡くなってるのも、信じられませんが」
乳製品アレルギー、新しい情報だった。
「そういうことでしたか。ということは、阪爪さんがキッチンで何を作ろうとしていたかは、ご存知無い?」
「はい、あの時、キッチンには警察の方がいて、近付けなくて……鍋を使っていたのは、何となくわかりましたが」
「言ってしまうと、クリームシチューを作ってました」
「ええっ!?」
顔を真っ青にして口を押さえている。
「最悪、よりによって……引っ越さないと……ああもう、立地良かったのに!」
苛立ちながら自身の膝を殴った。言うタイミングを考える必要があったかもしれない。後ろにいる赤石の視線が痛い。
「落ち着いてください、事件が解決すれば、部屋に戻ることはできます。そうしたら、引っ越しを検討してください」
慌ててフォローした。
「刑事さん、早く犯人を逮捕してください! 私、許せないです!」
「わ、わかりました……お話頂き、ありがとうございました」
聞きたいことは聞けたので、部屋を出ようとすると、赤石が一歩前に出た。
「すみません、一つ聞きたいのですが……卜部さん、お付き合いされている方はいますか?」
「え、付き合ってる人? いませんけど……」
「……わかりました、ありがとうございました」
短く挨拶をして、部屋を出た。
「守内さん、聞き込みの仕方が相変わらずでしたね」
駐車場に戻り、車の助手席に乗る赤石が言った。
「お前こそ、何だったんだ、最後の質問……とにかく、反応から察するに、卜部さんは今回の事件と無関係だ。ただ部屋に侵入され、アレルギー物質を持ち込まれ、自分の癒やしの場所を殺人事件の現場にされた、ある意味もう一人の被害者だ」
「そうですね、卜部さんは乳製品を部屋に持ち込めないので、別の人物が持ち込んだ可能性があります。でも、一体誰が……」
赤石も必死になって考えている。
二宮さんも言っていたが、容器を回収した誰かがいて、それができるのは第一発見者である大家さんと増山さんだ。でも、二人には阪爪さんを殺害する動機がない。だが、もしかしたら、何か接点があった可能性もある。そこは調べないとわからないが……他に考えられるとしたら――。
「なあ、仲西君と照井ちゃんが、卜部さんの職場で聞いた話、もう一度聞かせてくれるか?」
「確か、勤務態度や人当たりは良かったと」
「なるほどねえ、お前、それ聞いてどう思った?」
「勤務態度が真面目なのはいいことだとは思いましたが……」
俺の質問に何か察したのか、黙った。
「もしかして、ストーカーはもう一人いる……?」
そう呟いた。
「そう思った理由は?」
「卜部さんは、阪爪さんに優しい対応をして、それから暫く付きまとわれていました。利用者家族に対して優しく対応していたのなら、他に阪爪さんのような人間がいてもおかしくないかと」
「それもそうなんだが、俺は職員側にストーカーがいると思った」
「その理由は何ですか?」
「一番は鍵だよ。卜部さんは阪爪さんに住所を伝えていないし、鍵も渡していない。住所は、尾行するなりして特定することはできても、鍵を開けるのは厳しいから、鍵を複製する必要がある。それができるのは、利用者家族より職員だと思わないか?」
「でも、貴重品類をロッカーとかにしまっておけば、同じなのでは?」
「ロッカーにマスターキーがあったとしたら? 保管場所からちょっとくすねて……できないことじゃないだろ? 職員なら場所も知ってるだろうし、管理が多少なおざりになってることも、あるかもしれないな」
「では、そのマスターキーを調べる必要がありますが……もしかしたら、手袋をして触った可能性もあります、指紋の採取は厳しいかと……」
その時、赤石が何かに気付いたように、自身の胸ポケットを覗いた。
「どうした?」
「指紋じゃなくて防犯カメラだよ、ほら、事務にあったじゃない」
二宮さんの声が聞こえた。へえ、こうやってやりとりしてきたのか。
「というわけで、次は施設だ。やることはわかるな?」
「はい、防犯カメラの確認ですね」
「そういうことだ、行くぞ――」




