キッチン
増山さんと別れ、再び現場へ戻った。鑑識などは、既に引き上げた後だった。
「ここって、人が亡くなった事件現場なんだよね……こういう時、住人である卜部さんってどうするの?」
りまがポケットから顔を覗かせた。
「こちらで宿泊施設を用意して、そこで過ごしてもらうことが多いな」
「そうなんだ……あ、そうだ、キッチン行ってくれる? 気になることがあって」
「わかった」
言われるがまま、キッチンへ向かう。
「これ、現場保存されてるんだよね?」
そう言って、何かを確かめようとしたのか、身を乗り出した。
「危ないぞ、降りたい時は言ってくれ」
「あっ、ごめん……降ろさなくていいから、手に乗せてくれる?」
「それなら……」
手に乗せ、指示に従ってキッチンを見せて回った。冷蔵庫の中やごみ箱もチェックした。
「やっぱり、あれが無い」
「あれ?」
「わからなかった? 牛乳と卵が、阪爪さんの身体から出てきたって、守内刑事が言ってたでしょ? それなら、それが入った容器とかがあるはずなのに、無いよね?」
「……確かに」
坂爪さんは重度の卵アレルギーで、卵を直接口にしたとは考えにくい。それなら、牛乳と合わせて口にしたと思うのが自然だ。でも、その卵と牛乳を入れた容器が無い……。
「そもそも、卵と牛乳って言ってたよね……それが何なのか、わからなくて」
「ああ、それなら恐らく、ミルクセーキか、エッグノッグだ」
「ミルクセーキはわかるけど、エッグノッグって……?」
困ったように俺を見上げた。どうやら、知らないらしい。
「卵と牛乳を使った飲料で、シナモンやアルコールを入れて飲むこともある。身体が温まるから、寒い日にちょうどいいらしい。以前作ったことがあったのを、さっき思い出した」
携帯で画像を検索してりまに見せた。作り方にもよるが、パッと見は、ホットミルクにシナモンを振りかけた飲料にしか見えない。
「これを、牛乳か何かだと間違えて飲んでしまった可能性がある」
「確かにそうかも。で、現場にはその、ミルクセーキかエッグノッグ……が入った容器が残っていたかもしれないってことだよね。でも、警察が来た頃には無かった……じゃあ、誰かが持ち去ったってことかな」
「ここに来る前に、既に口にしていた可能性は無いか?」
「それは無いんじゃないかな。確か、飲料が胃に入ってから、だいたい三十分くらいでアナフィラキシーが出るらしいから……多分、阪爪さん、三十分以上はここにいたと思う」
「どうして、そう思うんだ?」
「あれだよ」
指したのは、コンロに置かれたままの鍋。
「中の具材、煮崩れしてる。人参なんてボロボロだよ」
「確かにそうだな……」
離乳食でも作ろうとしていたのかと思う程、具材が崩れてしまっている。
「料理初心者だったのかはわからないけど……ここまで煮込むには三十分以上必要だよね?」
「そうだな……ところで、君、アレルギーのことに随分詳しいんだな」
アナフィラキシーが出るまでの時間を知っている、まるで専門家だ。
「あ……実は私、母親が医者で、アレルギーのこととか、聞いたことがあったの」
「なるほど、お母様の教育の賜物というわけだ」
「そこまでじゃないけど……まあ、そんな感じ……」
照れながら言った。
「と、とにかく、容器が持ち去られているということは、誰かが何かを隠蔽しようとした可能性があるよね?」
「隠蔽、か……疚しいことが無ければしない行為だな。仮に、ミルクセーキかエッグノッグを別の飲み物と勘違いして口にした事故なら、容器を回収する必要は無い……もしかしたら、誰かが阪爪さんに、それを飲ませるように仕向けた?」
俺の言葉に、りまは頷いた。
「卵が入っているとわかったら、阪爪さんはきっとそれを避けていたと思うから、見ただけじゃ卵が入っているかどうかなんてわからないように、牛乳と混ぜたんだね。液体にすれば、固形物より吸収が早いから、アナフィラキシーが出るまでの時間も短縮できるし」
「そもそも、阪爪さんは、無断でここに立ち入っている。だが、ここの住所は、卜部さんからは教えていない。当然、鍵を渡したりもしていないだろう。どうやって鍵を開けたかは、一旦置くとして……住所を教えた誰かがいるのかもしれない。その誰かに、容器を渡されたかなどして、それを飲むように仕向けられた。そして、証拠隠滅のために、その容器を持ち出した……一連の流れができるのは、第一発見者である兵藤さんか、お隣の増山さんだ」
「うーん、惜しいかな」
俺の推理に、りまは苦笑いした。
「確かに、阪爪さんが倒れてからすぐに大家さんを呼んで部屋に入ったみたいだから、第一発見者である兵藤さんか増山さんのどちらかが容器を持ち去ったとは思うけど、二人には阪爪さんを殺害する動機が無いよね? 接点も無いみたいだし」
「言われてみればそうだな……ということは、卜部さんか? 彼女は阪爪さんに付きまとわれていたし、住所を教えて、あえて家に入らせ、エッグノッグをホットミルクなどと偽って、どうぞ勝手に飲んでいってくれとでも言って……いや、それだと容器の問題があるな……」
頭がこんがらがってきた……。
「落ち着いて、まず、阪爪さんにミルクセーキかエッグノッグを飲むように仕向けた人と、容器を回収した人は別人で、協力関係にあったとは考えられない?」
「協力関係……卜部さんが部屋に入るように仕向け、ミルクセーキかエッグノッグを飲ませ、誰かがその容器を回収したということか」
「卜部さんが、の部分はわからないけど、私はそう考えたよ」
「なるほど……俺もまだまだだな」
「でも、しっかり考えられているよ、私が言うのも何だけど……成長してる」
「そりゃあ、君という偉大な先生がそばにいるんだ、少しは成長するだろう」
「せ、先生だなんて、そんな」
頬を赤く染めて、俯いてしまった。随分と可愛らしく見えてくる。
と、その時、携帯が鳴った。
「りま、すまない、電話だ」
「あ、うん」
ポケットに誘導し、携帯を取り出した。
「……赤石です」
「仲西ですけど、何か不機嫌そうじゃないです?」
「気のせいだろう、どうした?」
「先輩に頼まれた、卜部さんと他の職員さんとの関係について、ちゃんと調べましたよ……照井さんと一緒に」
俺が二人に頼んだのは、卜部さんの職場での立場。他の職員とのトラブルや関係性はどうなのかを、調べてもらっていた。もしかしたら、誰かが悪意を持って意図的に、卜部さんの住所を阪爪さんに流した可能性がある、と判断したからだ。
「そうか、どうだった?」
「勤務態度は良いとか、人当たりが良いとか、そんな言葉ばかりでした。美辞麗句かもしれませんけど」
「……」
「……先輩? どうしました?」
「あ、いや、何でもない。ということは、悪評は無かったということだな」
「そうですね、上司にも訊いてみましたけど、好評でしたよ」
「そうか、ありがとう。一旦合流するか……現場まで戻ってきてくれ」
「了解です」
通話を終え、暫く待つと、仲西と照井が戻ってきた。
「で、どうだった? 二人でやってみて」
車から降りた二人に、早速訊いてみた。
「何と言うか……照井さん、しっかり周り見ながら質問してました」
「私は、別に……仲西刑事は、気遣いができてたと思います」
「そうか、そうやってお互いの良いところを言い合えるということは、少しは溝も埋まったと考えていいな?」
「……」
仲西が何か言いたそうに俺を見上げた。
「どうした?」
「いや、先輩に厄介払いされた気がして」
「……気のせいだろう。そうだ、こちらでわかったことなんだが」
先程、りまと話していた内容を、二人にも共有した。
「ということは、殺人の件が濃厚だと言うことですね……これからどうしましょう?」
「一旦署に戻ろう、君達が調べた件も、課長に報告したい」
「わかりました」
言わずとも、照井は運転席、仲西は後部座席に座った。話がわかる後輩で助かった……。




