職場
増山さんから話を聞き終え、卜部さんの職場である高齢者施設に向かった。
「介護老人保健施設、略して老健というんだそうです。リハビリを目的とした施設だとか」
看板を見た仲西が言った。
「へえ、よく知ってるな」
「親戚が以前入所していたことがあって……それで」
「赤石刑事、そろそろ行きましょう」
仲西との会話に照井が口を挟んだ。
「……ああ、そうだな」
この二人、どうにかした方がいいな……。
「施設長の吉中です、話は卜部さんから聞いてます」
六十代くらいの男性から、名刺を受け取り、挨拶した。
「捜査一課の赤石です。それで、阪爪さんのことですが」
「あの方ですね、元々お母様が入所されてて……と、ここは卜部さんから聞いてますね。その後、卜部さんへの付きまといがあり、施設を出入り禁止になったんです」
「それをお伝えした時、阪爪さんはどのような様子でしたか?」
「『はい、わかりました』と。やけに素直だった、と言った方がいいかもしれませんね……」
「ということは、普段はそのような方ではない?」
「お母様の件では、丁寧な配慮が必要な方だったといいますか……他の利用者さんや職員への迷惑行為に関しては、『そんなわけない』と信じてもらえないことが多くありました。ご家族様ですので、そういったことはよくあるんですが、阪爪さんの場合は特にでしたね、難しいケアを要求することも多々ありました」
「それは、つまり、カスタマーハラスメントでしょうか」
「そこまでではありませんが、正直、ギリギリなラインです」
「お母様が亡くなった後も、卜部さんに会いに来ていたと聞いてますが」
「そうですね、生前のお母様の様子が知りたい、と何度も足を運んでいました。平日休日、昼夜問わず……」
それこそ、カスハラなのでは、と思ったが、受け手次第なところもある。
「ある時、たまたま新人の職員が対応した時があり、その時に卜部さんの電話番号を教えるように訴えられまして、やっていい範疇を超えたと判断し、出入り禁止とさせていただきました」
新人職員……気になる。
「その方にお会いできますか? お名前は?」
「はい、名前は都留さんです」
その名前を聞いて、俺は思わず「あ」と声を出してしまった。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
咄嗟に取り繕った。
ツルと聞いて、昨日のパズルを思い出してしまった……今は事件に集中しないといけない。
仕事中だったが、都留さんに席を外して来てもらった。二十代くらいの、眼鏡をかけた青年だった。
「都留と申します。えっと、阪爪さんのことで、と聞いてますが」
「はい、実は、先程遺体で発見されまして」
「……」
伝えると、絶句していた。出入り禁止になったのは一週間前だ、つい最近会った人物が亡くなった……驚くのも無理はない。
「阪爪さんはあなたに、卜部さんの連絡先を訊いて、その後に施設を出入り禁止になったと聞きました。その時のことを教えていただけますか?」
「あ、はい……あの日、卜部さんは他の方の対応で忙しくて、手が空いていたのは僕だけで、その時に、卜部さんの電話番号と住所を訊かれました。でも、僕も知らなくて、それを伝えたら帰っていったんですけど、上司に報告した後、すぐ出禁になったんです」
「知らないと言った時の、阪爪さんの様子はどうでしたか?」
「そうか、と言ってました。怒られると思っていたので、意外で」
知らないと言われても、出禁を言い渡されても、素直に従った……その反応も気になる。
話を聞き終え、車に戻ってきた。
「阪爪さんは、卜部さんに付きまとい行為をしていた。だが、連絡先を聞こうとしても、出禁になっても、素直にそれを受け入れていた……それが気になるんだが、それならどうして、卜部さんの部屋で亡くなっていたのかも気になる」
「他の人に訊いて、その誰かが教えてしまったのかもしれないですね……りまさんは、何と?」
照井に言われ、ポケットを覗き込んだ。
「私も、同じところが気になってました。可能性としては、他の人に訊いたか、ストーキングしたか、ですね。省吾はどう思う?」
「そうだな……介護ということは、夜勤があるということだ。夜勤明けの注意力が散漫になっている時に、尾行されていても、気付かないかもしれない。もう一つ言えば、あの部屋のカレンダーにはシフトが書かれていた。夜勤の日や、いつからいつまで家主がいないかなどは把握できる。もしかしたら、もっと前からあの部屋に出入りしていたのかもしれないな」
「そうだね、よくわかってる」
「……ありがとう」
褒められ、顔が綻んだ。
「確かに、赤石先輩、前よりも冴えてる気がします。何かあったんですか?」
「あったにはあったな、色々と」
「色々、ですか」
ピンと来ていない仲西に、照井がため息をついた。
「見ればわかるでしょう、りまさんの存在ですよ」
その言葉に、眉をひそめた。
「それくらいはわかりますよ。というか、照井さん、さっきから何もしていないじゃないですか、聞き込みもしてないし、すぐ二宮さんに訊くし」
「それを言うなら、仲西刑事の現場での情報、あまりにも少なすぎじゃないですか? あれなら誰だってできますよ」
「わかってない情報が多いんですよ、無闇矢鱈に言えばいいってわけじゃないんです」
「止めなさい、二人共」
これ以上はまずいと判断し、割って入った。
「いつまでやっているんだ、人が亡くなってるんだぞ? 喧嘩なら、捜査が終わってからにしなさい」
そう言うと、各々「すみません……」と謝罪を口にした。
「車に乗っていなさい。課長に連絡してくる」
二人を車に乗せ、課長に連絡するために携帯を取り出した。
「省吾と守内刑事が喧嘩してた時の課長さんも、こんな気持ちだったのかも、しれないね」
「……」
ポケットから聞こえた言葉に、ばつが悪くなった。




