パズル
話を終えた姉貴は、レトルトだけでは食事が不安だという俺に、常備菜をいくつか作り、手早く洗濯や掃除を済ませ、三日に一度はここに来ると勝手に決め、「りまちゃん、省ちゃんが何かしたら、いつでも連絡してちょうだい!」と、半ば強引に連絡先を交換して去っていった。
「りま、すまなかったな、騒がしい姉で」
去り際に淹れていったコーヒーを飲みながら一息つく頃には、もう夕方になっていた。
「大丈夫だよ、でも、さすが姉弟だね、よく似てる」
「そうか? あまり言われたことはなかったが……どの辺りが似ていた?」
「うーん、価値観かな」
「価値観……」
ピンと来なかったが、りまが言うならそうなのだろう。
「それと……君のことを不安にさせてしまったことも、悪かった」
「気にしないで、省吾にだって、わからないことくらいあるよ。むしろ私の方こそ、お姉さんの手を煩わせるようなことして、ごめんなさい。でも、今日は会えてよかった」
「それならいいんだ。俺も随分情けないことを言ってしまったしな……もう少ししっかりしないといけないな」
先程、りまは姉貴の言葉に「言う通り」と言っていた。そんなつもりは無いのかもしれないが、俺が情けないことを言ったという姉貴の意見を肯定したと捉えた。俺も自分の意識を変える必要があるな……。
「……そうだ、携帯貸してくれる? 好美さんに訊かれたこと、忘れないうちに答えておきたい」
「わかった」
携帯を差し出すと、丁寧に両手で操作して、奥さんにメッセージを送った。
見てはいけないと感じ、何気なく姉貴が持ってきた土産を見ると、何か紛れているのを見つけた。
それは一冊のパズル雑誌だった。クロスワードパズルやら、漢字クイズやら、色々載っている。多分、暇つぶしのつもりだったのかもしれない。
俺はこの手のパズルが正直苦手だ。これなら手芸の方が、まだ暇つぶしになる……そうだ。
「りま、これ、やってみるか?」
メッセージを送信し終えたりまに声をかけた。
「え? ……パズル雑誌?」
「ああ、姉貴が持ってきたんだが、俺は苦手で……君ならできるんじゃないか?」
「面白そう、やってみたい」
「じゃあ、どうぞ」
クロスワードのページを開いてテーブルに置き、鉛筆を添えた。
「よいしょ、っと……」
まるで書道家が巨大な筆を持つように、鉛筆を抱えた。
「小さくした方がやりやすいんじゃないか?」
「実家にいた時はこうしてたの。この方がやりやすいんだ」
そして、ページに文字を書いていく。とても綺麗な字をしていた。
「……な、何?」
俺の視線に気付いたのか、顔を上げた。
「器用だなと思って」
「そ、そうかな」
あまり見ていると、気になって書きにくいかもしれない。俺も問題に視線を落とした。
③縦のカギ三文字『次の部首名』
③横のカギ五文字『美しく飾り立てた言葉。表面上の、中身が伴わないお世辞のこと』
縦の三文字目と横の一文字目は同じ文字が入る。
縦のカギは何となくわかるが、そうなると横が合わない。
そういう時は、他のカギから埋めていくといいと聞いたことがある。
④縦のカギ四文字『鶴は英語で?』
④横のカギ六文字『上半身で一番大きい、肩を覆う筋肉』
④の縦の一文字目は③の横の五文字目と同じ文字が入り、④の縦の四文字目は④の横の六文字目と同じ文字が入る。
横はわかるが縦をど忘れした……。
りまを見ると、他の部分を解いている。邪魔するのも悪いから、後で確認するか……。
「そういえば、こういう雑誌って、懸賞がついてたりするよね、送ってみようよ」
「そうだな、やってみようか」
基本当たったことはないが……まあ、送る楽しさもある。
「さて、そろそろ夕飯の支度するか――」
翌朝、公共交通機関で出勤するため、普段より早めに家を出た。
「おはようございます」
真っ直ぐ署に向かい、課長に挨拶した。
「おはよう、今日から復帰ね、体調はどう?」
「左腕以外は絶好調です」
「ならよかった。早速だけど事件よ、昨日復帰した仲西君、照井ちゃんと一悶着あってね」
「一悶着ですか」
そういえば、守内さんも、気になる言い方をしていた。
「それがね――」
「おはようございます」
後ろから声が聞こえた。仲西が来たようだ。見ると、頭に包帯を巻いていた。
「先輩!」
駆け寄ってきた。こちらも絶好調らしい。
「おはよう、見舞いに行けなくてすまなかったな……よく戻ってきてくれた」
「そんな、先輩こそ、大変だったそうで」
「俺はまあ、これだけだから」
左肩を指した。
「色々聞きましたよ、守内さんと仲直りしたとか、減給されたとか、それと……照井さんのことも」
照井と言った途端、表情が暗くなった。
「それも気になるが、その前にちょっといいか?」
「はい」
仲西にも、りまを紹介しよう。手のひらに乗せて、差し出した。
「二宮りまさん、君がずっと気にしていた方だ」
「こ、この方が……!」
狼狽える仲西。想像と違う反応だった。
「そんなに驚くか? 君は知ってたんじゃないのか?」
「あ、いや、知ってたっていうか、小人さんだとは思わなくて」
「そうだったのか?」
「こっそり話をしていたのは、知ってました。でも、電話で話をしているのかと……あ、もしかして、現場にも一緒に?」
「そうだな、君のこともしっかり見ていたぞ」
「……」
口を抑えて呆然としている。
「あ、えっと、改めて、はじめましてですかね。二宮りまと申します、四センチです」
りまが挨拶すると、仲西は震える声で返した。
「会うのは、初めてですね……刑事の仲西です。先輩が、いつもお世話になってます」
お世話にはなっているが、どうして君がそれを言うんだ……と言いたかったが、拗れても嫌なので我慢した。
「と、いうわけだ。で、君は照井とはどうなんだ、昨日会ったんだろう?」
「そうだ、その件ですが、あの人と組むのは止めておいた方がいいです」
その言葉から察するに、相性が悪かったのかもしれない。
「電話で話をした時は、普通だったように思えたが?」
「電話じゃ普通でしたよ、僕もそう思いました。でも実際に会ったら、あれは僕とも先輩とも合いませんよ」
豪語しているが、これは実際に見ないことにはわからないな。
「というわけで、赤石君、先輩として、後はよろしくね」
「……はい」
課長に丸投げされた気もするが、仕方ない、照井の出勤を待とう……。




