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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
小人編
76/76

姉貴

その後、りまと今後もやり取りをしたいという奥さんのために、俺の携帯のメッセージアプリに、りまのアカウントを作成し、奥さんと個別にやり取りできるようにした。

その日の夜になっても、りまはずっと、浮かない顔をしていた。


そして翌日、病院を出た俺を待っていたのは、守内さんだった。

「暇なんですか」

つい、そう言ってしまった。

「時間割いて迎えに来た先輩に対する態度とは思えないな」

「……すみません」

「ったく、お前片腕使えないだろ? 運転できないだろ? 家まで送ってやろうって思って来たんだよ」

「タクシー呼ぼうと思ってましたが」

「タクシー代勿体ないから行ってやれって好美ちゃんに言われたんだよ。いいから乗れ」

守内さんは、俺の前では奥さんをちゃん付けする時がある。多分、気が抜けてるのだろう。

「ありがとうございます……」

病院から家まで、車で向かう。助手席からぼんやりと景色を眺めていると、守内さんが話しかけてきた。

「昨日、仲西君が戻ってきたよ。まだお前が来るまでは、照井ちゃん含め、待機状態だけど。元気そうだった」

「それは良かったです」

「ただ、なあ……正直お前、これまで以上に大変かもしれないぞ」

「どういうことですか?」

「仲西君、照井ちゃんと……ああいや、これは実際に見てからの方がいいな、うん」

「……」

どうして大事なところをはぐらかすんだ、この人は。

「そういえばお前、退院すること、家族に連絡はしたのか?」

「しましたよ、昨日も寝る前にメッセージでやり取りしました」

「ならよかった、さすがの俺も、家事とかまではできないからな、頼めるうちが花だぞ」

「え、俺、家族にそこまで頼んでませんが」

「え? 片腕でどうやって生活する気だよ」

「工夫次第でどうにかできるかと」

「工夫って、食事とかは弁当にするとか?」

「いえ、一から作ります」

りまには良いものを食べさせたい。

「お前なあ、片腕だけで料理ができると思うなよ、火使うんだぞ? 心配になるだろ、なあ、二宮さん?」

守内さんが声をかけたが、りまは答えなかった。

「あれ、寝てる?」

「いえ、そうではないのですが……」

昨日の一件から、りまはずっと考え込んでいた。話しかけても上の空で、相当悩んでいるらしい。

「ああ……何か、ごめんな」

「いえ、俺も考えるきっかけになったので……」

それを最後に、車内は静かになった。


自宅前まで送ってもらい、鍵まで開けてもらった。

「じゃ、俺はここまで。明日からよろしくな、赤石刑事」

「ありがとうございました、今度奢ります」

「給料減らされてるんだからいいよ……それじゃあな」

一週間振りの自宅。埃とか溜まってるだろうから掃除しないといけない。後は洗濯と……。

「りま、帰ったぞ」

胸ポケットに声を掛ける。

「あ、うん……」

りまにとっても、久々のドールハウス。だが、やっぱり、浮かない顔をしていた。

「りま、守内さんの奥さんの言ってたこと、気にしてるのか?」

訊くと、小さく頷いた。

「その件は、俺も気にしてて――」

その時、電話が鳴った。

「……すまない。赤石です」

タイミングの悪さに辟易しながら電話に出た。

「赤石刑事、元気? 調子どう?」

相手は姉貴だった。

「ああ、元気だ」

「それなら、今からそっち行くね。今さっき守内さんから連絡あってさ、省ちゃん、片腕で家事とかできないから、手伝ってあげてくれって言われてさ」

「……」

守内さん、余計なことを……いや、待てよ、これは利用できるかもしれない。

「わかった、待ってる」

「嫌に聞き分けいいなあ……何かあるね?」

「来てみてのお楽しみだ」

「ふーん、何か買うものとかある?」

「特に無いな、気を付けてきてくれ」

「はーい」

通話を終え、りまに姉貴が来ることを伝えた。

「それで、君のことを、姉貴に紹介したいと思っている」

「え、私を? 大丈夫かな」

「心配しなくても、姉貴は人を差別するような言動はしない。弟である俺が保証する」

「……うん、わかった」

「それで、君の悩みを、姉貴に相談してみないか?」

「お姉さんに? どうして?」

「一人で考えるよりもいいと思うし、君の悩みの種は、姉貴も共感できる気がする。それに……すまない、俺は君の悩みに意見を出すことが、できない」

りまが不安そうに俺を見ている。

「わかったよ、話してみる――」


三十分後、玄関のインターホンが鳴った。

「やっほー、お姉さん来たよ」

「遠路はるばるご苦労様」

「いいよ、可愛い弟のためだから。じゃ、お邪魔します」

靴を脱ぐ姉貴を制止した。

「ちょっと待った。……入院中、俺の部屋に来た時のこと、覚えてるか?」

「覚えてるよ? 人形の家があって……確か、殺人のトリックを考えるために買ったけど、使わなかったから持ち帰らされた、だっけ?」

「……そうだな」

我ながら、酷い言い訳だと思う。

「で、その理由なんだが、実は嘘だ」

「え、嘘だったの」

「ああ、嘘だ。今から本当の理由を説明する。だが、これは口外禁止で頼む。それが守れるなら、入ってくれ」

「うん、わかった……」

今までにない空気に、警戒しつつ、部屋に入った。

そして、テーブルの上のドールハウスを見た。

「ん?」

りまの姿を見つけた。

「は、はじめまして、二宮りまです。四センチです……」

「あら、あらあらー、この人のための家だったわけだ。で、どういう関係?」

姉貴の反応が予想外だったのか、りまがぽかんと口を開けている。

「実はな、恋人だ。真剣にお付き合いさせて頂いている」

「へえ?」

にやりと笑った。しゃがみ込んで、りまに目線を合わせた。

「はじめまして、りまちゃんでいいかな? 省吾の姉の三咲です」

「どうも……あの、驚かないんですか? 私、小人なんですけど」

「え、驚き? 恋人って言われてびっくりはしたけど」

「そこなんですね……」

「だって、省ちゃん、初彼女じゃない? 私が知る限り、いたことなかったはずだけど」

「そんなこと、言わなくていいだろう」

「姉としては感慨深いね。さて、父さんと母さんからお土産です」

レトルト食品をいくつか持ってきたらしい。

「ありがたいが、俺も料理はしようと思ってたぞ。片腕だけでもどうにかなると思っていたが」

「どうしてそんな。あれか、彼女にいいところ見せたかった?」

「否定はしない……」

俺の考えは、基本、姉貴には筒抜けだ。隠すだけ無駄だろう。

「それじゃあ危ないよ、後で私も少し作るから、ここは甘えときなよ」

「……わかった、じゃあ、頼む。それと、甘えついでに、ちょっと相談があるんだが」

「んー? どうしたの」

持ってきた土産は他にもあったらしい。広げながら話を聞いてくれた。

「実は入院中、守内さんの奥さんに会った。その時に、刑事の俺に、もしものことがあったらどうするのか、その覚悟はあるのかとりまに訊いて……それで、悩んでいるらしい。正直、俺もどう声をかけたらいいのか、わからないんだ」

「なるほどね、じゃあその件で、私から助言してあげろと」

「というか、姉貴の見解を聞かせてほしい」

「ふーん……まあ、りまちゃんが不安に思うのも、理解はできるよ。私達家族も、省ちゃんが刑事になるって聞いた時、反対してたから」

刑事課に異動になった時のこと思い出した。確かに、反対してたな……事後報告だったから、どうにもならなかったが。

「でもさ、本人はやりたがってたし、それを止めるのも、何か違うじゃん? それにさ、危ない仕事ではあるけど、そうじゃなくたって、人間、いつ何が起きるかわからないでしょ? 今すぐここに車が突っ込んでくることだって、省ちゃんが急な病気で倒れることだって、あり得るわけだ。それを悩んでしまっては、キリがないよ。でも、危険はなるべく減らしたいよね。だから、あえて言うなら、りまちゃんにはもう少し強かさを持ってほしいかな」

「強かさ、ですか……」

「もっと言えば、省ちゃんに、『私を守るために、自分を守るように仕向ける強さ』、って感じだね」

「えっと……」

「ピンと来ないかな、じゃあ言い方変えるね。省ちゃんが無茶をしそうな時に、りまちゃんの顔が頭に浮かぶようにするの。この人のために、無茶をするわけにはいかない、って思わせるの。そうすれば、敵……この場合は容疑者って言えばいいのかな? それ相手に冷静に対処できるようになる。そうなるように、りまちゃん自身が、日頃から省ちゃんに働きかけるんだよ。でも、『危険な真似しないでー』なんて泣きつくんじゃなくて、『私は、刑事・赤石省吾の彼女だ、彼は私のために刑事になって、市民を守ってるんだ』って思うくらいの強さを持つんだよ。そうしたらさ、『俺にはこの人が必要なんだ』って、省ちゃんも思うし、いざって時に、頭に浮かぶでしょ? 無茶もしなくなるわけだ」

「強さ……私に……」

「腕っぷしとかじゃなく、気持ちの強さだよ」

そう言って、俺を見た。

「省ちゃんも、今回は市民を守るために行ったことらしいけど、よく考えてみてよ、防げる事態だったんじゃない? そういう意味でも、省ちゃんはまだまだ成長が足りないんじゃないかな? 一人前になった気でいるかもしれないけど、市民の私から見たら全然だよ。それと、りまちゃんが悩んでるのに、人に丸投げするのもどうなのよ。彼氏としてどうなのよ!?」

「う……」

痛いところを突かれた。

「せっかくこんな可愛い子が彼女になってくれたのに、何が、どう声をかけたらいいかわからない、よ。そんな情けないこと言ってたら、速攻でふられるよ。見たらわかるよ、どうせ、省ちゃんから告白したんでしょ、ここでふられたら立ち直れるの?」

「……無理だな」

「でしょ? だったらもう少ししっかりしなさい!」

バシッと、よりによって左肩を叩かれた。

「痛っ、わかった、わかったから……りま、すまなかったな……」

「大丈夫……でも、三咲さんの言う通りかもしれない。私、強くなります」

「そう、その意気だよ。それと、私のことは出来ればお姉ちゃんって呼んでほしいかな?」

「え、それは、さすがに……」

「できない? お姉ちゃん呼び憧れてたんだよ。なのに省ちゃん、小学生入った時から私のこと姉貴って呼ぶんだよ。極道みたいじゃない」

「それを言うなら姉御だろう……ちゃん付けは好きじゃないんだ」

「何よそれー」

呆れる姉貴に、りまが言った。

「じゃあ、その……せめて、お姉さんで」

「うーん……まあいいか。お姉さん……ふふっ、可愛い妹ができちゃったな。ところで、りまちゃんは歳いくつ?」

そう言っているのを見て気付いたが、りまの年齢を把握していなかった。

「えっと……今年の八月で、二十二歳です」

「随分若いねえ。八月ってこの間じゃん、省ちゃん、何かプレゼントあげたの?」

「い、いや、何も……」

まずい、この流れは、嫌な予感がする。

「私、ずっと言ってなかったんです。自分の歳とか、誕生日とか――」

「省ちゃん、それ本当!? 信じられないよ!」

りまの言葉は届かなかった。

「私だったら幻滅しちゃう! ……りまちゃん、うちの愚弟が本っ当に申し訳ない!」

勢い良く頭を下げた。反動でテーブルが僅かに揺れた。

「わわっ……だ、大丈夫です! 言ってなかった私が悪いので!」

「そういうわけには……そうだ、省ちゃん、次の休みいつ? 予定合わせよう」

「どうする気なんだ……?」

「そりゃ、買いに行くのよ。りまちゃんの誕生日プレゼント。さすがに今からは難しいし、ちゃんとリサーチもしたいからさ。あ、お金は出しなさいよ」

「待ってください、省吾は減給されてるんです、本当に、気にしないでください!」

りまがそう言ったが、姉貴は首を横に振った。

「りまちゃん、そういうところだよ、やってほしいことはちゃんと言わないと!」

「姉貴、それを言うなら、りまが本当に嫌がってる可能性は考慮しないのか?」

「あ、確かに」

ヒートアップしていたが、俺の言葉で落ち着いてくれた。

「ごめん、りまちゃん、熱くなっちゃった」

「大丈夫です……」

「でも、お近付きの印に、一度くらいは、お出かけしたいね。というわけで、そのうち予定教えてよ。お金の件は、要相談ということで」

「わかった。りま、それならいいか?」

「うん、大丈夫。ありがとうございます、お姉さん」

「いいよ、可愛い妹のためだから」

可愛い妹、その言葉に、りまは頬を赤くしながら、嬉しそうに笑った――。

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