姉貴
その後、りまと今後もやり取りをしたいという奥さんのために、俺の携帯のメッセージアプリに、りまのアカウントを作成し、奥さんと個別にやり取りできるようにした。
その日の夜になっても、りまはずっと、浮かない顔をしていた。
そして翌日、病院を出た俺を待っていたのは、守内さんだった。
「暇なんですか」
つい、そう言ってしまった。
「時間割いて迎えに来た先輩に対する態度とは思えないな」
「……すみません」
「ったく、お前片腕使えないだろ? 運転できないだろ? 家まで送ってやろうって思って来たんだよ」
「タクシー呼ぼうと思ってましたが」
「タクシー代勿体ないから行ってやれって好美ちゃんに言われたんだよ。いいから乗れ」
守内さんは、俺の前では奥さんをちゃん付けする時がある。多分、気が抜けてるのだろう。
「ありがとうございます……」
病院から家まで、車で向かう。助手席からぼんやりと景色を眺めていると、守内さんが話しかけてきた。
「昨日、仲西君が戻ってきたよ。まだお前が来るまでは、照井ちゃん含め、待機状態だけど。元気そうだった」
「それは良かったです」
「ただ、なあ……正直お前、これまで以上に大変かもしれないぞ」
「どういうことですか?」
「仲西君、照井ちゃんと……ああいや、これは実際に見てからの方がいいな、うん」
「……」
どうして大事なところをはぐらかすんだ、この人は。
「そういえばお前、退院すること、家族に連絡はしたのか?」
「しましたよ、昨日も寝る前にメッセージでやり取りしました」
「ならよかった、さすがの俺も、家事とかまではできないからな、頼めるうちが花だぞ」
「え、俺、家族にそこまで頼んでませんが」
「え? 片腕でどうやって生活する気だよ」
「工夫次第でどうにかできるかと」
「工夫って、食事とかは弁当にするとか?」
「いえ、一から作ります」
りまには良いものを食べさせたい。
「お前なあ、片腕だけで料理ができると思うなよ、火使うんだぞ? 心配になるだろ、なあ、二宮さん?」
守内さんが声をかけたが、りまは答えなかった。
「あれ、寝てる?」
「いえ、そうではないのですが……」
昨日の一件から、りまはずっと考え込んでいた。話しかけても上の空で、相当悩んでいるらしい。
「ああ……何か、ごめんな」
「いえ、俺も考えるきっかけになったので……」
それを最後に、車内は静かになった。
自宅前まで送ってもらい、鍵まで開けてもらった。
「じゃ、俺はここまで。明日からよろしくな、赤石刑事」
「ありがとうございました、今度奢ります」
「給料減らされてるんだからいいよ……それじゃあな」
一週間振りの自宅。埃とか溜まってるだろうから掃除しないといけない。後は洗濯と……。
「りま、帰ったぞ」
胸ポケットに声を掛ける。
「あ、うん……」
りまにとっても、久々のドールハウス。だが、やっぱり、浮かない顔をしていた。
「りま、守内さんの奥さんの言ってたこと、気にしてるのか?」
訊くと、小さく頷いた。
「その件は、俺も気にしてて――」
その時、電話が鳴った。
「……すまない。赤石です」
タイミングの悪さに辟易しながら電話に出た。
「赤石刑事、元気? 調子どう?」
相手は姉貴だった。
「ああ、元気だ」
「それなら、今からそっち行くね。今さっき守内さんから連絡あってさ、省ちゃん、片腕で家事とかできないから、手伝ってあげてくれって言われてさ」
「……」
守内さん、余計なことを……いや、待てよ、これは利用できるかもしれない。
「わかった、待ってる」
「嫌に聞き分けいいなあ……何かあるね?」
「来てみてのお楽しみだ」
「ふーん、何か買うものとかある?」
「特に無いな、気を付けてきてくれ」
「はーい」
通話を終え、りまに姉貴が来ることを伝えた。
「それで、君のことを、姉貴に紹介したいと思っている」
「え、私を? 大丈夫かな」
「心配しなくても、姉貴は人を差別するような言動はしない。弟である俺が保証する」
「……うん、わかった」
「それで、君の悩みを、姉貴に相談してみないか?」
「お姉さんに? どうして?」
「一人で考えるよりもいいと思うし、君の悩みの種は、姉貴も共感できる気がする。それに……すまない、俺は君の悩みに意見を出すことが、できない」
りまが不安そうに俺を見ている。
「わかったよ、話してみる――」
三十分後、玄関のインターホンが鳴った。
「やっほー、お姉さん来たよ」
「遠路はるばるご苦労様」
「いいよ、可愛い弟のためだから。じゃ、お邪魔します」
靴を脱ぐ姉貴を制止した。
「ちょっと待った。……入院中、俺の部屋に来た時のこと、覚えてるか?」
「覚えてるよ? 人形の家があって……確か、殺人のトリックを考えるために買ったけど、使わなかったから持ち帰らされた、だっけ?」
「……そうだな」
我ながら、酷い言い訳だと思う。
「で、その理由なんだが、実は嘘だ」
「え、嘘だったの」
「ああ、嘘だ。今から本当の理由を説明する。だが、これは口外禁止で頼む。それが守れるなら、入ってくれ」
「うん、わかった……」
今までにない空気に、警戒しつつ、部屋に入った。
そして、テーブルの上のドールハウスを見た。
「ん?」
りまの姿を見つけた。
「は、はじめまして、二宮りまです。四センチです……」
「あら、あらあらー、この人のための家だったわけだ。で、どういう関係?」
姉貴の反応が予想外だったのか、りまがぽかんと口を開けている。
「実はな、恋人だ。真剣にお付き合いさせて頂いている」
「へえ?」
にやりと笑った。しゃがみ込んで、りまに目線を合わせた。
「はじめまして、りまちゃんでいいかな? 省吾の姉の三咲です」
「どうも……あの、驚かないんですか? 私、小人なんですけど」
「え、驚き? 恋人って言われてびっくりはしたけど」
「そこなんですね……」
「だって、省ちゃん、初彼女じゃない? 私が知る限り、いたことなかったはずだけど」
「そんなこと、言わなくていいだろう」
「姉としては感慨深いね。さて、父さんと母さんからお土産です」
レトルト食品をいくつか持ってきたらしい。
「ありがたいが、俺も料理はしようと思ってたぞ。片腕だけでもどうにかなると思っていたが」
「どうしてそんな。あれか、彼女にいいところ見せたかった?」
「否定はしない……」
俺の考えは、基本、姉貴には筒抜けだ。隠すだけ無駄だろう。
「それじゃあ危ないよ、後で私も少し作るから、ここは甘えときなよ」
「……わかった、じゃあ、頼む。それと、甘えついでに、ちょっと相談があるんだが」
「んー? どうしたの」
持ってきた土産は他にもあったらしい。広げながら話を聞いてくれた。
「実は入院中、守内さんの奥さんに会った。その時に、刑事の俺に、もしものことがあったらどうするのか、その覚悟はあるのかとりまに訊いて……それで、悩んでいるらしい。正直、俺もどう声をかけたらいいのか、わからないんだ」
「なるほどね、じゃあその件で、私から助言してあげろと」
「というか、姉貴の見解を聞かせてほしい」
「ふーん……まあ、りまちゃんが不安に思うのも、理解はできるよ。私達家族も、省ちゃんが刑事になるって聞いた時、反対してたから」
刑事課に異動になった時のこと思い出した。確かに、反対してたな……事後報告だったから、どうにもならなかったが。
「でもさ、本人はやりたがってたし、それを止めるのも、何か違うじゃん? それにさ、危ない仕事ではあるけど、そうじゃなくたって、人間、いつ何が起きるかわからないでしょ? 今すぐここに車が突っ込んでくることだって、省ちゃんが急な病気で倒れることだって、あり得るわけだ。それを悩んでしまっては、キリがないよ。でも、危険はなるべく減らしたいよね。だから、あえて言うなら、りまちゃんにはもう少し強かさを持ってほしいかな」
「強かさ、ですか……」
「もっと言えば、省ちゃんに、『私を守るために、自分を守るように仕向ける強さ』、って感じだね」
「えっと……」
「ピンと来ないかな、じゃあ言い方変えるね。省ちゃんが無茶をしそうな時に、りまちゃんの顔が頭に浮かぶようにするの。この人のために、無茶をするわけにはいかない、って思わせるの。そうすれば、敵……この場合は容疑者って言えばいいのかな? それ相手に冷静に対処できるようになる。そうなるように、りまちゃん自身が、日頃から省ちゃんに働きかけるんだよ。でも、『危険な真似しないでー』なんて泣きつくんじゃなくて、『私は、刑事・赤石省吾の彼女だ、彼は私のために刑事になって、市民を守ってるんだ』って思うくらいの強さを持つんだよ。そうしたらさ、『俺にはこの人が必要なんだ』って、省ちゃんも思うし、いざって時に、頭に浮かぶでしょ? 無茶もしなくなるわけだ」
「強さ……私に……」
「腕っぷしとかじゃなく、気持ちの強さだよ」
そう言って、俺を見た。
「省ちゃんも、今回は市民を守るために行ったことらしいけど、よく考えてみてよ、防げる事態だったんじゃない? そういう意味でも、省ちゃんはまだまだ成長が足りないんじゃないかな? 一人前になった気でいるかもしれないけど、市民の私から見たら全然だよ。それと、りまちゃんが悩んでるのに、人に丸投げするのもどうなのよ。彼氏としてどうなのよ!?」
「う……」
痛いところを突かれた。
「せっかくこんな可愛い子が彼女になってくれたのに、何が、どう声をかけたらいいかわからない、よ。そんな情けないこと言ってたら、速攻でふられるよ。見たらわかるよ、どうせ、省ちゃんから告白したんでしょ、ここでふられたら立ち直れるの?」
「……無理だな」
「でしょ? だったらもう少ししっかりしなさい!」
バシッと、よりによって左肩を叩かれた。
「痛っ、わかった、わかったから……りま、すまなかったな……」
「大丈夫……でも、三咲さんの言う通りかもしれない。私、強くなります」
「そう、その意気だよ。それと、私のことは出来ればお姉ちゃんって呼んでほしいかな?」
「え、それは、さすがに……」
「できない? お姉ちゃん呼び憧れてたんだよ。なのに省ちゃん、小学生入った時から私のこと姉貴って呼ぶんだよ。極道みたいじゃない」
「それを言うなら姉御だろう……ちゃん付けは好きじゃないんだ」
「何よそれー」
呆れる姉貴に、りまが言った。
「じゃあ、その……せめて、お姉さんで」
「うーん……まあいいか。お姉さん……ふふっ、可愛い妹ができちゃったな。ところで、りまちゃんは歳いくつ?」
そう言っているのを見て気付いたが、りまの年齢を把握していなかった。
「えっと……今年の八月で、二十二歳です」
「随分若いねえ。八月ってこの間じゃん、省ちゃん、何かプレゼントあげたの?」
「い、いや、何も……」
まずい、この流れは、嫌な予感がする。
「私、ずっと言ってなかったんです。自分の歳とか、誕生日とか――」
「省ちゃん、それ本当!? 信じられないよ!」
りまの言葉は届かなかった。
「私だったら幻滅しちゃう! ……りまちゃん、うちの愚弟が本っ当に申し訳ない!」
勢い良く頭を下げた。反動でテーブルが僅かに揺れた。
「わわっ……だ、大丈夫です! 言ってなかった私が悪いので!」
「そういうわけには……そうだ、省ちゃん、次の休みいつ? 予定合わせよう」
「どうする気なんだ……?」
「そりゃ、買いに行くのよ。りまちゃんの誕生日プレゼント。さすがに今からは難しいし、ちゃんとリサーチもしたいからさ。あ、お金は出しなさいよ」
「待ってください、省吾は減給されてるんです、本当に、気にしないでください!」
りまがそう言ったが、姉貴は首を横に振った。
「りまちゃん、そういうところだよ、やってほしいことはちゃんと言わないと!」
「姉貴、それを言うなら、りまが本当に嫌がってる可能性は考慮しないのか?」
「あ、確かに」
ヒートアップしていたが、俺の言葉で落ち着いてくれた。
「ごめん、りまちゃん、熱くなっちゃった」
「大丈夫です……」
「でも、お近付きの印に、一度くらいは、お出かけしたいね。というわけで、そのうち予定教えてよ。お金の件は、要相談ということで」
「わかった。りま、それならいいか?」
「うん、大丈夫。ありがとうございます、お姉さん」
「いいよ、可愛い妹のためだから」
可愛い妹、その言葉に、りまは頬を赤くしながら、嬉しそうに笑った――。




