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刑事の俺と小人の君  作者: 颪金
小人編
75/76

能力

「とうとう明日、退院だね」

入院して一週間。傷がある程度回復したため、明日退院になった。

「仲西が復帰したがっていたのが、今なら理解できる。俺も早く復帰したい。身体がなまっていないといいんだが」

左腕は動かせないので、右腕で丁寧に荷物をまとめている。私はそれを、ベッド横のミニテーブルの上から見ていた。

「……お給料、減っちゃったけどね」

刑事を続けられるという嬉しさで忘れていたけど、減給されてるんだった……。

「心配しなくても、貯蓄はあるし、大学時代はもっと少ない金でやりくりしてた。ただ、君の食事が質素になるのだけ、気がかりだな」

「私のことは気にしなくていいよ、あるだけありがたいし……」

「せめて、恋人には、美味いものを腹一杯食べさせてやりたいだろう。美味そうに食べてくれる、りまの顔も見たいんだ」

「……」

な、何て返せば……反応に困る。


「よっ、元気か?」

急に扉が開いて、守内刑事が入ってきた。びっくりした……。

「ノックぐらいしてください、りまが驚いてます」

「ごめん、つい」

謝る守内刑事の後ろに、誰か立っている。それに気付いて、慌てて物陰に隠れた。

見ると、三十代くらいの、小柄な女性だった。ウェーブのかかった黒髪に、ぱっちりとした目……お人形のような、綺麗な人だった。

「お久しぶりです、奥さん」

省吾が挨拶した。奥さんってことは、この人が、守内刑事の奥さん?

守内刑事は、見た目は四十代だから、歳下の奥さんなのかな……。

奥さんは丁寧にお辞儀をすると、携帯を取り出して何か入力し、その画面を省吾に見せた。

そこには、メモアプリに『お久しぶりです。この度は、夫がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。赤石君も怪我をしたと聞いて、心配していました』と書かれていた。

筆談だ、とすぐに理解した。

「俺なら大丈夫です、今日は来てくださって、ありがとうございます」

また、何か文字を打った。

『それと、もう御一方、挨拶させてください』

そして、私の方を見た。えっ、バレてる!? いつから!?

困惑してると、奥さんが携帯を私に見せた。

『可愛らしい小人さん、はじめまして』

顔を覗かせると、私を見て微笑んでいる。

「二宮さん、言ったと思うけど、もう気付いてるよ」

「りま、出てきてくれ、この人は安全だから」

守内刑事に省吾も、そう言った。

「え、えっと、はじめまして、二宮りまです、四センチです」

「あ、りま、できたら漢字も教えてくれ」

「え? あ……漢数字の二に、宮殿の宮で二宮、りまは平仮名です」

そう言うと、携帯に『二宮りまさん、ですか?』と文字を打った。

「はい、そうです」

『ごめんなさい、筆談で、漢字を間違えることだけは避けたいので、最初に確認してるんです。私は守内好美、守内義巳の妻です』

「そういうことなんですか……って、奥さんと旦那さん、同じ名前なんですね」

義巳さんと、好美さん。同じ名前の夫婦なんて、何だか素敵。

「女っぽい名前だから、嫌だったけど、こうなると、この名前も悪くないなって思えてくるんだよな」

守内刑事が照れながら言った。さすが愛妻家、同じ名前なだけでも、嬉しいんだ。

「で、赤石、荷物をまとめてたって感じだけど、もうすぐ退院か?」

「明日ですね、暫くは片腕生活ですが」

「なるほどねえ」

すると、好美さんが守内刑事を見た。

「うん?」

守内刑事がそれに気付いて、数秒見つめ合う。そして――。

「お前、二宮さんと付き合ってるのか?」

そう言った。……え?

「省吾、言ったの?」

「いや、俺は伝えてない。でも、わかるんですね」

好美さんが携帯に『踏み入ったことを、すみません』と文字を打った。

わかるって……守内刑事が拐われた時も、同じことを言っていた。

「ねえ、どういうこと? わかるって、何が?」

「その件は……」

省吾が困ったように、好美さんを見た。

『大丈夫です、赤石君から説明してあげてください。二宮さんとは、今後とも長いお付き合いになる気がしますので』

「……わかりました」

そして、私に説明してくれた。


守内好美さんには、人の感情や思考を読み取る、特殊な能力がある。

とはいっても、それはコントロールできるものではなく、勝手に吸い取ってしまうものらしい。そのため、人混みや、暗い感情が漂っている病院なんかは、行くと却って体調を崩してしまう。だから、あまり外には出ないのだそう。

そしてそれは、吸い取られる側にも作用する時があり、学生時代は、同じ空間にいたクラスメイト数名を、意図せず体調不良にしたこともあったらしい……。

ちなみにこの力は生まれつきで、恐らくその力があるからなのか、好美さんは声を出すことができない。だからずっと、筆談でやりとりしてきた。


「――で、旦那である守内さんについてだが……二人は、波長というか、意思みたいなものが、一致するらしいんだ」

「意思が、一致?」

ピンと来ない私に、省吾は悩みながら言った。

「何といえばいいのか……感情や思考が読めると言っても、限度があって、筆談などでコミュニケーションを取らないといけないんだが、二人の場合は、お互いの波長がぴったり一致しているから、言葉を交わさずとも意思疎通できるし、離れていても場所がわかる。そんな感じだな」

「うーん……?」

好美さんを見ると、苦笑いしていた。

『見た方が早いですね』

またアイコンタクトをする。守内刑事が、私達に背を向けた。

奥さんがメモアプリの新規のページを開いて、省吾に差し出した。

『ここに、何か文字を打ってください、何でもいいです』

「では……」

省吾がそれに、ある文章を打った。

それを見た好美さんが、守内刑事の背中に視線をぶつけた。

「赤石、俺が入院中にお菓子食べてたの、バラしたろ」

振り返って言った。省吾は携帯に『旦那さん、入院中にお菓子食べまくってました』と打っていた。勿論、守内刑事はそれを見ていない。

「言わずともバレてたことでしょう」

「そうだけどさ」

省吾を詰めようとした守内刑事に、好美さんがまた視線を投げた。まるで、『後輩を困らせないの』と注意しているようだった。

本当にわかるんだ。凄いけど、それで困ったことも沢山あったのかもしれない。あまり言うのは止めた方がいいよね……。


ふと、好美さんが、思い出したように携帯に文字を打った。

『そうだ、二宮さんに、お話しないといけないことがあります』

「ああ、その件な、言った方がいいかもな」

守内刑事も頷いている。何だろう。

好美さんが携帯に長い文章を、打っては消し、打っては消し、を繰り返している。

数分後、出来上がった文章を私に見せてきた。


『二宮さんは、赤石君とお付き合いを始めて間もないと思われます。二人の恋を邪魔するつもりはありませんが、質問させてください。

あなたの彼氏さんは、刑事という職に就いています。それは、いつ何が起こるかわからない職です。ある日、いつものように出勤して、そのまま帰ってこないことも、あり得ます。

ご存知の通り、七年前、夫と赤石君は、自身の憧れだった刑事を、その捜査中に亡くしています。その話を聞いた時、覚悟はしていました。ですが、実際に夫が誘拐されたと聞いた時は、生きた心地がしませんでした。もしもは、いつ起きるかわかりません。更に言えば、私もそうですが、あなたも、普通の人間とは違う身体をしています。頼れる場所や、もしもの時の覚悟はありますか?』

頼れる場所、もしもの時の覚悟……。

省吾を見上げると、心配そうに私を見ていた。

この人が、私の前からいなくなる……もし、あの時に刺されて、そのまま戻ってこなかったら? 私はどうしたらいいんだろう……。


悩んでいると、好美さんが文字を打った。

『結論は急ぎません。しっかり考えてくださいね』

優しく微笑んでいた。

「……というわけだからさ、赤石。俺達もそれを考えながら、仕事しないといけないぞ。市民の安全を守るのは警察の責務だけど、俺達には、守るべき家族や愛する存在がいる。これまで以上に、考えて行動しないといけない。わかるな?」

「はい。ご忠告、ありがとうございます」

しっかりと頭を下げた。省吾は、覚悟ができている様子だった。

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