能力
「とうとう明日、退院だね」
入院して一週間。傷がある程度回復したため、明日退院になった。
「仲西が復帰したがっていたのが、今なら理解できる。俺も早く復帰したい。身体がなまっていないといいんだが」
左腕は動かせないので、右腕で丁寧に荷物をまとめている。私はそれを、ベッド横のミニテーブルの上から見ていた。
「……お給料、減っちゃったけどね」
刑事を続けられるという嬉しさで忘れていたけど、減給されてるんだった……。
「心配しなくても、貯蓄はあるし、大学時代はもっと少ない金でやりくりしてた。ただ、君の食事が質素になるのだけ、気がかりだな」
「私のことは気にしなくていいよ、あるだけありがたいし……」
「せめて、恋人には、美味いものを腹一杯食べさせてやりたいだろう。美味そうに食べてくれる、りまの顔も見たいんだ」
「……」
な、何て返せば……反応に困る。
「よっ、元気か?」
急に扉が開いて、守内刑事が入ってきた。びっくりした……。
「ノックぐらいしてください、りまが驚いてます」
「ごめん、つい」
謝る守内刑事の後ろに、誰か立っている。それに気付いて、慌てて物陰に隠れた。
見ると、三十代くらいの、小柄な女性だった。ウェーブのかかった黒髪に、ぱっちりとした目……お人形のような、綺麗な人だった。
「お久しぶりです、奥さん」
省吾が挨拶した。奥さんってことは、この人が、守内刑事の奥さん?
守内刑事は、見た目は四十代だから、歳下の奥さんなのかな……。
奥さんは丁寧にお辞儀をすると、携帯を取り出して何か入力し、その画面を省吾に見せた。
そこには、メモアプリに『お久しぶりです。この度は、夫がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。赤石君も怪我をしたと聞いて、心配していました』と書かれていた。
筆談だ、とすぐに理解した。
「俺なら大丈夫です、今日は来てくださって、ありがとうございます」
また、何か文字を打った。
『それと、もう御一方、挨拶させてください』
そして、私の方を見た。えっ、バレてる!? いつから!?
困惑してると、奥さんが携帯を私に見せた。
『可愛らしい小人さん、はじめまして』
顔を覗かせると、私を見て微笑んでいる。
「二宮さん、言ったと思うけど、もう気付いてるよ」
「りま、出てきてくれ、この人は安全だから」
守内刑事に省吾も、そう言った。
「え、えっと、はじめまして、二宮りまです、四センチです」
「あ、りま、できたら漢字も教えてくれ」
「え? あ……漢数字の二に、宮殿の宮で二宮、りまは平仮名です」
そう言うと、携帯に『二宮りまさん、ですか?』と文字を打った。
「はい、そうです」
『ごめんなさい、筆談で、漢字を間違えることだけは避けたいので、最初に確認してるんです。私は守内好美、守内義巳の妻です』
「そういうことなんですか……って、奥さんと旦那さん、同じ名前なんですね」
義巳さんと、好美さん。同じ名前の夫婦なんて、何だか素敵。
「女っぽい名前だから、嫌だったけど、こうなると、この名前も悪くないなって思えてくるんだよな」
守内刑事が照れながら言った。さすが愛妻家、同じ名前なだけでも、嬉しいんだ。
「で、赤石、荷物をまとめてたって感じだけど、もうすぐ退院か?」
「明日ですね、暫くは片腕生活ですが」
「なるほどねえ」
すると、好美さんが守内刑事を見た。
「うん?」
守内刑事がそれに気付いて、数秒見つめ合う。そして――。
「お前、二宮さんと付き合ってるのか?」
そう言った。……え?
「省吾、言ったの?」
「いや、俺は伝えてない。でも、わかるんですね」
好美さんが携帯に『踏み入ったことを、すみません』と文字を打った。
わかるって……守内刑事が拐われた時も、同じことを言っていた。
「ねえ、どういうこと? わかるって、何が?」
「その件は……」
省吾が困ったように、好美さんを見た。
『大丈夫です、赤石君から説明してあげてください。二宮さんとは、今後とも長いお付き合いになる気がしますので』
「……わかりました」
そして、私に説明してくれた。
守内好美さんには、人の感情や思考を読み取る、特殊な能力がある。
とはいっても、それはコントロールできるものではなく、勝手に吸い取ってしまうものらしい。そのため、人混みや、暗い感情が漂っている病院なんかは、行くと却って体調を崩してしまう。だから、あまり外には出ないのだそう。
そしてそれは、吸い取られる側にも作用する時があり、学生時代は、同じ空間にいたクラスメイト数名を、意図せず体調不良にしたこともあったらしい……。
ちなみにこの力は生まれつきで、恐らくその力があるからなのか、好美さんは声を出すことができない。だからずっと、筆談でやりとりしてきた。
「――で、旦那である守内さんについてだが……二人は、波長というか、意思みたいなものが、一致するらしいんだ」
「意思が、一致?」
ピンと来ない私に、省吾は悩みながら言った。
「何といえばいいのか……感情や思考が読めると言っても、限度があって、筆談などでコミュニケーションを取らないといけないんだが、二人の場合は、お互いの波長がぴったり一致しているから、言葉を交わさずとも意思疎通できるし、離れていても場所がわかる。そんな感じだな」
「うーん……?」
好美さんを見ると、苦笑いしていた。
『見た方が早いですね』
またアイコンタクトをする。守内刑事が、私達に背を向けた。
奥さんがメモアプリの新規のページを開いて、省吾に差し出した。
『ここに、何か文字を打ってください、何でもいいです』
「では……」
省吾がそれに、ある文章を打った。
それを見た好美さんが、守内刑事の背中に視線をぶつけた。
「赤石、俺が入院中にお菓子食べてたの、バラしたろ」
振り返って言った。省吾は携帯に『旦那さん、入院中にお菓子食べまくってました』と打っていた。勿論、守内刑事はそれを見ていない。
「言わずともバレてたことでしょう」
「そうだけどさ」
省吾を詰めようとした守内刑事に、好美さんがまた視線を投げた。まるで、『後輩を困らせないの』と注意しているようだった。
本当にわかるんだ。凄いけど、それで困ったことも沢山あったのかもしれない。あまり言うのは止めた方がいいよね……。
ふと、好美さんが、思い出したように携帯に文字を打った。
『そうだ、二宮さんに、お話しないといけないことがあります』
「ああ、その件な、言った方がいいかもな」
守内刑事も頷いている。何だろう。
好美さんが携帯に長い文章を、打っては消し、打っては消し、を繰り返している。
数分後、出来上がった文章を私に見せてきた。
『二宮さんは、赤石君とお付き合いを始めて間もないと思われます。二人の恋を邪魔するつもりはありませんが、質問させてください。
あなたの彼氏さんは、刑事という職に就いています。それは、いつ何が起こるかわからない職です。ある日、いつものように出勤して、そのまま帰ってこないことも、あり得ます。
ご存知の通り、七年前、夫と赤石君は、自身の憧れだった刑事を、その捜査中に亡くしています。その話を聞いた時、覚悟はしていました。ですが、実際に夫が誘拐されたと聞いた時は、生きた心地がしませんでした。もしもは、いつ起きるかわかりません。更に言えば、私もそうですが、あなたも、普通の人間とは違う身体をしています。頼れる場所や、もしもの時の覚悟はありますか?』
頼れる場所、もしもの時の覚悟……。
省吾を見上げると、心配そうに私を見ていた。
この人が、私の前からいなくなる……もし、あの時に刺されて、そのまま戻ってこなかったら? 私はどうしたらいいんだろう……。
悩んでいると、好美さんが文字を打った。
『結論は急ぎません。しっかり考えてくださいね』
優しく微笑んでいた。
「……というわけだからさ、赤石。俺達もそれを考えながら、仕事しないといけないぞ。市民の安全を守るのは警察の責務だけど、俺達には、守るべき家族や愛する存在がいる。これまで以上に、考えて行動しないといけない。わかるな?」
「はい。ご忠告、ありがとうございます」
しっかりと頭を下げた。省吾は、覚悟ができている様子だった。




