告白
その後、処置に来た医者や看護師の目を掻い潜り、夜になった。
省吾は、丁寧に片腕だけで食事をしていた。私は、その病院食を少しだけ分けてもらった。
「暫くは、片腕だけで生活しないといけないんだね」
「まあ、ほんの数ヶ月の辛抱だ。利き腕が無傷なのは、不幸中の幸いだな」
「うん……」
左腕は、三角巾で吊っている。そんな不便な状態なのに、私は何もできないんだ……。
「りま、どうした?」
食事の手が止まっていたのを見て、省吾が不安そうに訊いてきた。
「あ、いや、何でもない」
慌てて誤魔化した。
食事を終え、後は寝るだけ。携帯で、今日の事件のニュースを一緒に確認した。
「そういえば、陽葵君に七年前の事件の件で手紙を送った人、誰だったんだろう。正希さんが陽葵君のことを知った経緯も、わかってないよね」
私の疑問に、省吾が答えた。
「正希さんが陽葵君のことを知った経緯は、本人に聞かないとわからないが……手紙は多分、晃成君だ」
「え、晃成君が?」
「恐らくだが、七年前、陽葵君の罪を被って少年院に入り、院を出た後に就職しようとしたが、ことごとく失敗して、ストレスが溜まっていたのかもしれない。陽葵君を脅すことで、発散しようとしたのかもな」
「……どこを見て、晃成君だと思ったの?」
「陽葵君が持ってきた手紙、筆跡に見覚えがあった」
「ってことは、陽葵君は、脅してきた相手が家にいるのに、不登校になったの?」
「もう少し調べてみないとわからないが、家庭内でも何かしていたかもしれないな……」
そこまで考えることが、できるようになったんだ。本当に成長したなあ……。
少しして、消灯の時間になった。看護師に寝るように促され、素直に従った。
「……」
だが、薄暗い室内で、天井をぼんやりと見上げ、眠る様子が無い。
「省吾、眠れない?」
「そうだな……」
入院初日だし、そりゃあそうだよね。
……それなら。
「そのままでいいんだけど、話があるの」
「うん?」
首だけを動かして、私を見た。
「……省吾は、結婚とか、考えたことある?」
「どうしたんだ、急に。守内さんの奥さんの話を聞いたからか?」
「それもそうだし、さっき省吾も、家族と電話してたよね」
「ああ、母さんと少しだけ」
「で、考えたことあるの?」
「ないわけじゃない。姉貴が結婚した時や、子供が生まれた時は、俺にもし、そういう相手がいたら、と思ったことはある。……もう三十五だしな」
「そうなんだ……話変わるんだけど……私の単独捜査の件、まだ話してなかったよね」
「そうだったな」
「あれね、もうできないと思うんだ」
「……そうか」
「……」
理由、訊かないんだ……。
「それでね、そうなってくると、捜査で得られる情報も限られてくると思う。他の人に見つかるリスクもある」
事件はこれからも起きる。その度にヒヤヒヤしてたら、正直、切りがない。
「それに今、省吾は課長さんに、私のことを話さないといけない状態だよね。守内刑事はフォローしてくれるけど、何も罰がないわけじゃない……だから、私、そろそろ省吾から離れようかなと思ってるの。元凶がいなくなれば、省吾の罰も軽くなる気がする」
「……」
省吾は、ちらちらと目を泳がせていた。何か考えてるのかな。
「ほら、今回の守内刑事の誘拐事件、結構一人で推理できてたし、もう独り立ちしてもいいような気がする……それにさ、省吾がもし、心に決めた相手と結婚する時が来たとして、その生活に、私って邪魔な気がするんだ」
「……そうか、そういうことか」
何かに納得したみたい。
「君の気持ちは十分に理解した。君の我儘は、俺の楽しみだからな、それくらいの我儘は聞こう。でもそれなら、最後に俺も、我儘を言っていいか?」
「え、あ、うん……」
止めなかった……私が離れること、理解してくれてる。それなら、私もできる限り、彼の我儘を聞こう。
「初めて会うよりも前から、君のことが気になっていて、一緒に捜査してから、君のことを心から尊敬するようになった。一緒に生活して……りまのことが、本気で好きになった。
今後は俺の恋人として、傍にいてくれないか?」
「……え?」
今、何て……。
「前にも言ったが、いてくれるだけでいいんだ。家賃も家事もいらない、推理も、できる範囲で……いや、それもできないなら、しなくてもいい。俺は、二宮りまさんが好きになった」
「ちょっと待って、私、小人だよ」
「それも前にも言ったが、身体の大きさは大した問題じゃない。……それとも、俺との生活が嫌になったか? デリカシーが無かったか?」
「そんなことない! 省吾はいつも私を気遣ってくれてる。料理だって美味しいし、お風呂だって、ベッドだって、服だってありがたいし……初めて、家族以外で、私を人間扱いしてくれた……私も、省吾のこと、好きだよ。でも、小人なんだよ、恋人にするなんて……絶対、後悔する」
「しないって言い切れる。好きな人と一緒にいて後悔するはず無いだろう?」
痛む左腕を動かして、手を差し伸べた。
「俺が気持ちを伝えなかったせいで、色々、不安にさせたな……すまなかった。これで俺が刑事を辞めることになっても、後悔は無いんだ。他にいくらでも道はある。心配しなくていい」
優しく言った。
「本当に、いいの?」
しっかり頷いた。
普段、見上げる位置にある省吾の顔が、寝ているから、私と同じ位置にある。大きな瞳に、私の困惑してる顔が映ってる。
こんな目してたんだ……と、つい考えてしまった。
「この高さで顔を見たのは、初めてかもしれないな」
省吾も似たようなことを考えていた。
「りま、嫌なら嫌でいいんだ、君の本心が聞きたい」
私の、本心……。
「もう言っちゃったけど、私も、省吾が好き。あなた以上に私を人間扱いしてくれる人は、いない気がする……」
差し出された左手の指に自分の手を乗せた。握手、のつもりだ。
「よろしくお願いします……」
「ああ、よろしく」
嬉しそうに笑った。最近笑顔をちゃんと見れていなかったな、と、今になって気付いた。
「ねえ、その……いつから、私のこと、気になってたの? 会う前からって言ってなかった?」
そう訊くと、思い出しながら答えてくれた。
「仲西から、捜査の情報を提供してくれる女性がいると聞いた時から、気になってはいた。それが、こんな可愛らしい人だとは思ってなかったが」
「かっ……!」
可愛らしい!? 急にどうしたの!?
「さっき、気付いたんだが、俺は君に、自分の気持ちをあまり伝えていなかった。だから、不安にさせてしまったのかもな……今後は、もう少し自分の言葉を伝えるようにする」
「それはつまり、どんな風に……?」
「嫌なことは嫌だと言うし、してほしいことも、はっきり言う」
それを、はっきり言われた。
「そういうことだ……吐き出したら眠くなってきた。そろそろ休んでもいいか?」
「あ、うん……おやすみなさい」
すぐに目を閉じ、寝息が聞こえてきた。
私、この人の恋人になったんだ……まさか私に恋人ができるなんて、考えたこともなかった。
本当に、これからどうしよう。というか、どうなるんだろう――。




