安堵と不安
省吾と病室で二人きりになった。
「省吾」
名前を呼ぶが、起きない。まだ麻酔が効いているみたい。
布団をよじ登っていつもの胸ポケットの位置に移動する。既に病衣に着替えさせられているから、ポケットが無いことに登ってから気付いた。
その場に手をついて耳を澄ました。とん、とん、と心臓の音が聞こえる。呼吸もしている。
生きてる……本当に良かった。
「ん……」
声が聞こえた。目を覚ました?
「りま、りま……」
私の名前を呼んでる。見やすいように、また枕元に移動した。
「省吾、私ならここに――」
「守内さんと、あまり話しすぎないでくれ……」
「え?」
な、何でここで守内刑事の名前が?
「名前で呼ばせたりとか、絶対するんじゃないぞ……」
あれ、これもしかして、まだ麻酔から覚めきってない? 寝言?
そういえば、聞いたことがある。半覚醒状態っていって、医療現場じゃよくあることだって……。
「もっとしっかりした刑事に、なる、から……」
そう言って、また寝息が聞こえた。
「……省吾は、立派な刑事だよ」
推理もできるようになってきたし、倉光刑事の仇にも冷静に対処できた。私が言うのも何だけど、刑事として、確実に成長している。
ふと、省吾の目が開いた。
「省吾!」
呼びかけると、私を見た。
「りま……うっ」
起き上がろうとしたが、刺された場所が痛むらしい。
「無理しないで、そのままでいいから」
「君、怪我は?」
「私なら平気だよ」
「良かった……自分の身を削るような無茶はしないって言ったはずなのに、約束、破ってしまったな……」
「あの状況じゃ、仕方ないよ。立派だったよ、赤石刑事」
「……ありがとう。そうだ、陽葵君はどうなった? 正希さんは?」
「陽葵君は、怪我とかはなかったから帰宅して、正希さんは逮捕されたよ」
「そうか……」
「それと、ごめんなさい、課長さんに見つかっちゃった」
「……そうか」
話す前に見つかった。状況としては、一番最悪なパターンかもしれない。
「まあ、何とかなる。守内さんもフォローしてくれるはずだ」
「そうだね……」
私を見た課長さんの反応を考えると、とても大丈夫とは思えないけど……。
「とにかく、正希さんも逮捕されて、これで全て終わったんだな」
気になることが、全く無いわけじゃないけど……これで事件は解決した。
後は、私のことだ――。
「ところで、君は今晩、どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「ここにドールハウスは無いし、ベッドも作れない。どこで休むんだ?」
「えっと……」
考えてはいた。許可がもらえるかはわからないけど……。
「省吾の枕元で、休んでもいい?」
「……」
明らかに悩んでいる。
「絶対、眠りの邪魔だけはしないから……お願い」
「俺の寝相が悪い可能性もある」
「え、大丈夫だよ、いつも見てるけど、静かだし」
「……わかった」
許可が貰えた。
「あ、見回りの看護師に見つかるとまずいから、窓側で寝るね」
「そうだな、それがいい」
その時、病室の扉がノックされた。咄嗟に、枕の影に身を隠した。
扉を開けて入ってきたのは、守内刑事だった。
「何だ、起きてたなら返事しろよ」
「守内さん……ってことは、俺、同じ病院に運ばれたんですね」
さすがに、先輩相手に寝たままでの対応はまずいと思ったのか、ゆっくり起き上がった。
「そういうことだな、これでお前も入院仲間だ」
「止めてくださいよ」
嫌そうに言う。守内刑事と仲違いしていた時と、話し方があまり変わっていない気がするけど、何となく、優しい印象になった気がする。これが、本来の二人の仲、というものなのかも。
「さて……照井ちゃんから聞いたよ、正希さん、逮捕されたんだってな」
「はい、七年前のあの事件の真実も、明らかになりました」
「そうだな、でも、本当はこれからだぞ。無実の少年を七年も犯人扱いしたんだ、バッシングは避けられない」
「そうですね……」
確かにそうだ。私のこともあるし……これから、どうなるんだろう。
「とはいえ、陽葵君を正希さんから守れたのは、称賛に値すると思ってる。大丈夫、わかってくれる人はいるよ」
「ありがとうございます」
少しだけ、嬉しそう。
「それとさ、赤石、話があって……俺もお前も、今回の件で、色々変われたと思う。仲直りもできたわけだし……俺達、また一緒に組まないか? もうわかってると思うけど、俺、今は相方いないんだ。課長に勧められてるけど、断り続けてて」
省吾のために、その席を空けていたんだ。
「ありがたい話ですが、今の俺には、代理ですが、照井がいます。それに……仲西の帰る場所が、無くなってしまうので」
それは拒絶ではなく、遠慮だった。
「そうか……あーあ、ふられちゃった」
「守内さんには、是非、後進の育成に取り組んでもらいたいです」
「何だそりゃ、お前だって後進だろ」
まだ教えたいことがあるみたい。わかりやすく不貞腐れている。
「あ、そうだ……お前が刺されたってニュースでやってて、うちの奥さん、見舞いに行きたいってさ」
「奥さんが? 構いませんけど」
了承するわりに、どこか不安そう。
「病院だから心配か? 大丈夫じゃないかな。最近は近場に散歩とか行ってるし」
「奥さん本人が大丈夫でしたら、俺は別に」
ちらっと、私を見た。守内刑事もそれに気付いた。
「お、二宮さん、そこにいたのか。うちの奥さん、連れてきても大丈夫そう?」
「大丈夫ですよ、その間私は隠れてますので」
「あー、うちの奥さん、多分、二宮さんのこと、気付いてるよ」
「え、どういうことですか?」
その瞬間、扉がノックされ、看護師が入ってきた。
「やっぱりここに。守内さん、検査の時間ですよ」
声が聞こえて、慌てて隠れた。幸い、見つからずに済んだ。
「あ、はい……じゃ、また」
短く挨拶し、病室を出ていった。
「ねえ、どういうこと? 守内刑事の奥さんって、何者なの?」
省吾に訊くと、少し悩んで答えた。
「すまないが、本人の許可なく話すことはできないんだ。それに、実際に会って話した方が、よくわかると思う」
「そうなの? ……わかった」
無理に訊くのも違うし、今は我慢しよう。
「にしても、俺が刺されたこと、ニュースになってるのか……家族から連絡が来てるかもしれないな、えっと、携帯は……」
「照井刑事が、持ってきてたよ」
病室の隅にまとめられた、省吾の荷物を指した。
傷に響かないように慎重に携帯を回収し、中を確認する。
「着信が入ってるな……」
呟いて、折り返し連絡した。
「久しぶり、ああ……大丈夫、一応生きてる。うん、刺された場所か? 左肩の辺りだ。だから、大丈夫だって――」
話をしている省吾を見て、あることを考えた。
私のことは、課長さんにもバレている。正直に話したって、守内刑事のフォローがあったって、きっと、無事では済まない。
でも、この方法なら、省吾を救えるかもしれない。
私にしかできない、この方法なら――。




