復讐心
金指正希は、昔から、優秀だった兄を妬ましく思っていた。
勉強でも、スポーツでも、いつも兄よりも成績は下で、自分はまともな職には就けず、兄は公務員から、警察官、そして刑事になった。
妬ましく思う一方で、尊敬もしていた。
いつか、兄を超える存在になる。それが、人生の目標になっていた。
だが、それがある日突然、終わりを告げた。
兄が、殉職した。そう聞かされたのは、結婚したばかりの兄に、祝いの品を探しに行ってる最中だった。
しかも犯人は、小学生……まさか、あり得ない、そんなことが。
何かの間違いだと抗議するが、義姉である望美さんに制止された。彼女も、夫を失った、被害者遺族だというのに。
「相手は小学生です、許してあげてください」
若い刑事にそう言われた。
人生の目標は、小学生に奪われた。それを許せ? 何の冗談だ?
許せるはずがなかった。全てを奪った犯人が憎い。その犯人を許した警察が憎い。全てが憎い――。
「――そうして、正希さんは七年間、復讐の機会を狙っていたんですね」
赤石さんと、付き添いの課長を乗せた救急車を見送った後、駐車場で、望美さんに電話をかけ、正希さんを逮捕したことを伝えた。
その際に、正希さんが持つ、兄の幸希さんへの復讐心を聞いた。
「当初、小学生が犯人だと聞いて、それを信じられず、何度も母親が犯人だと思い込もうとしたそうです。それでも、確証が得られるまでは、その家族に復讐はしないと誓っていたのかもしれません。でも、陽葵君でしたっけ……その子が真犯人だとわかって、とうとう自分を抑えられなくなったんですね」
「正希さんは、どこで陽葵君が犯人だと知ったんでしょうね……」
「ああ、連絡が来たんです。樽見晃成君という方から」
「晃成君が、ですか?」
「実は今朝、正希さん、家に帰っていたみたいで……直接は会ってないのですが。その時、留守電にメッセージが吹き込まれていたみたいなんです。真犯人は弟だ、もうすぐ逮捕される……って。悪戯か何かだと思って、お伝えするのを躊躇っていました。私にも、責任がありますね……」
「……望美さんも、陽葵君が憎いですか」
「憎くないといえば嘘になりますが、幸希さんが、その陽葵君という人物が犯人であるという痕跡を何も残していなかったのが、答えな気がします。私も、時間はかかるかもしれませんが、彼を許そうと思います。それでは優子さん、また近いうちに、お墓参りに行きましょう」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
通話を終え、ふうっと息を吐いた。これで、全部終わった……。
いや、まだ残っていた。
背広の右の腰ポケットを覗いた。まるで小さなリスを内緒で飼っている気分、なんて絶対に赤石さんには言えないが、そう思ってしまった。
りまさんは、ポケットの中で膝を抱えて蹲っていた。
「照井刑事、私、どうしよう……」
冷静になって、色々見えてきたのかもしれない。自分から課長の前に出てしまったこと、他にも自分を見ている人がいたかもしれないこと……。
「省吾……」
俯いた。やっぱり、一番はそこか。
周りを見て、誰もいないのを確認し、車に乗り込んだ。
そっと手のひらに乗せ、優しく言った。
「今は無事を祈りましょう。色んな傷害事件を見てきた経験から言いますと、あの位置の怪我は間違いなく急所を外れてますし、赤石さんの体格から察するに、相応の筋肉などで……まあ、とにかく大丈夫だと思いますよ」
「でも、あんなに、血が」
思い出させてしまった、逆効果だったかな……。
「警察官って、そこまでヤワじゃないんですよ」
指でそっと背中を撫でる。力加減を間違えると折れてしまいそう。
「……」
私の指を抱きしめ、顔を埋めた。肩が震えている。
……今は、吐き出した方がいい。そう判断した。
数分後、りまさんも落ち着いた頃、課長から、赤石さんの手術が成功したと連絡が入った。
りまさんにそのことを伝えると、「早く行こう」と急かされた。
赤石さんの荷物を持って病院へ向かい、病室へ……その前に、課長に呼び止められた。
「照井ちゃん、さっきの、小人の件だけど」
「その件は、その……」
ちらっと、腰ポケットを見下ろす。話すことはできる、でも……。
「赤石さんと守内さんが、課長に話す予定だったんです。あの二人が話すまで、待ってもらえませんか」
「……わかったわ、自首を待つってことね」
自首だなんて、と思ったが、確かにその通りかもしれない。
「ということは、照井ちゃんも知ってるってことね」
「はい、ちなみに、仲西さんも知ってます」
「何よそれ、私だけ除け者じゃない……まあいいわ、先に戻ってるわね」
「はい……」
立ち去る課長に頭を下げた。
病室へ向かうと、守内さんと違い、一人部屋だった。
「一人部屋って、緊急性が高い場合がそうだって聞いたことが……やっぱり危険なのかな」
「でも、手術は成功したって話でしたよ」
不安そうにするりまさんに声をかけつつ、扉をノックした。
返事が無いので、中に入る。ベッドの上に横たわる赤石さんは、まだ眠っていた。
「省吾っ」
「危ないですよ、りまさん」
身を乗り出したので、慌てて手のひらに乗せ、枕元に下ろした。荷物は部屋の隅にまとめておいた。
「……りまさん、今は赤石さんの傍にいてあげてください。私は、今日はこれで失礼します」
「はい、ありがとうございました。このお礼は必ず……」
「いいですよ、それじゃ」
挨拶をして、病院を後にした。




