七年前の真実
課長さんの警戒が少し解けた気がしたので、ポケットから顔を覗かせる。署の入口のベンチには、樽見さんの他に、もう一人いた。
中学生くらいの少年……一目見て、陽葵君だとわかった。
「……お久しぶりです」
省吾を目にした樽見さんが、立ち上がって頭を下げた。陽葵君も、気まずそうに頭を下げた。
「お久しぶりです、今日はどうされたんですか?」
「実は、昨日、うちに刑事さんが来て、陽葵が、七年前の警察官を冷凍庫に閉じ込めた事件の犯人だと言ってきまして……問い詰めたら、自白したんです。逮捕って、できるんですか?」
申し訳なさそうに言った。よく見ると、泣き腫らした目をしている。隣にいる陽葵君の左の頬が赤くなっていた。何があったのかはすぐにわかった。覚悟を決めて、ここに来たのかもしれない……。
「まず、詳しくお話を聞かせてください」
場所を変え、改めて話を聞くことにした。
「陽葵、自分で言いなさい」
母親に促され、陽葵君は語りだした。
「……七年前、お母さんが人を怪我させた犯人だと疑われてるって、兄から聞きました。だから、お母さんがそんなことするはずないって、刑事さんを説得しようと思ったんです。お母さんがコンビニに行ってる間に、兄と一緒に工場に刑事さんを呼び出しました。あの辺りはよく友達と遊んでたんで、よく知ってたんです。でも、刑事さんは信じてくれなくて……だから、兄が離れた隙に、冷凍庫に閉じ込めて、兄には、刑事さんは帰ったって嘘をついて……その後は、お母さんと逃げるつもりでした。あの時は、死ぬなんて思わなくて……ごめんなさい」
「本当に、申し訳ありませんでした」
母親と共に頭を下げた。真犯人は陽葵君で、晃成君はそれを庇った、ということだった。
「これが、真実か……」
省吾が呟いた。これが、正希さんが求めていた、真実。到底、信じられるものではないと思う。
「自白だけで犯人と断定はできませんので、少し調べさせてもらいます。一度、失礼します」
後はお願い、と短く指示を出して、課長さんは戻っていった。
「……話してくださって、ありがとうございます」
七年前、省吾達が必死になって事件の捜査をしていたのを、樽見さんは知っているはず。年月は経ったけど、漸く真実がわかった。
「実は一週間前、僕宛てに手紙が届いたんです」
差し出したのは、一枚の茶封筒。差出人の住所は無く、切手も貼られていない。直接、自宅ポストに投函されたらしい。
受け取り、中を見ると、一枚の便箋が入っていた。
そこには癖のある字で、「七年前の罪からは逃れられない。いつまでも逃げられると思うな」とだけ、書いてあった。
「怖くなって、学校にも行けなくて……」
俯いて震えている。これが、不登校の理由なんだ。
「それで、いつかお母さんにも言わないと、と思ってたら、昨日刑事さんが来たんです」
「その刑事さんには、会った?」
「会ってないです、僕は部屋にいたので。でも、二階の窓から、顔は見ました。目が合って……すぐに隠れましたけど」
照井刑事は、陽葵君が家にいることに気付いていた。でも、無理矢理会ったりすることはなかった……そこは冷静だったみたい。
「あの……陽葵は今後どうなるんでしょうか」
母親が訊いた。自首を促したとはいえ、やっぱり不安なんだ。
「先程も申し上げましたが、まだ犯人と断定できたわけじゃないので、これから詳しく調べます。今は帰宅して頂いて大丈夫です」
聞いたことがある。逃亡や証拠隠滅の恐れがないと判断された場合、一度帰宅が許されることがあるって。
「いいんですか……?」
「はい。ですが、犯人だと確定した場合は……」
「……わかりました、その時は、よろしくお願いします」
出口へ向かう母親に、戸惑いながらも陽葵君はついて行った。
「……冷静に対処できたね」
小声で話しかける。聞こえているかわからないけど、小さく安堵のため息を漏らした。
見送るために、出口へ向かう。時間はそろそろお昼を回る頃だった。
再度、頭を下げる陽葵君に、誰かが近付いてくる。真っ先にそれに気付いたのは、省吾だった。
見覚えのある顔。資料室で見た、金指刑事の顔に似ている……正希さんだと私が気付いたのは、そのすぐ後だった。
彼の手には、刀身の長い包丁が握られていて、迷うこと無く、陽葵君に向かっていた。
省吾は、母親を突き飛ばし、陽葵君に覆いかぶさって盾になった。――咄嗟にそう判断した、彼は間違いなく、優秀な警察官だ。
「陽葵っ!」
母親の声が聞こえた。
何が起きてるのかわからない。周囲がざわついてるのに、言葉が認識できないみたいに、周りの状況が理解できない。
あれ、なんか、血の臭いがする。この前の銃乱射事件を思い出した。何で? ここ警察署だよね?
「赤石君!」
課長さんの声が聞こえた。上司が呼んでるのに、省吾の返事が聞こえない。
聞こえていた呼吸や鼓動が弱くなっている気がする。え、これってやっぱりそういうこと?
ポケットから顔を覗かせる。いつも大切にしていた彼の白いワイシャツが真っ赤に染まっていた。
頭が真っ白になって、咄嗟に彼の名前を大声で呼んだ。近くにいたのは課長さんだった。
「え、小人……?」
私を見て目を丸くしている。バレた。いや、そんなこと、どうでもいい。
「早く、救急車! 省吾が死んじゃう!!」
悲鳴の混じった私の言葉に、課長さんは慌てて携帯を取り出した。
「赤石さん、そんな!」
照井刑事も駆けつけた。課長さんに気付かれたことも、すぐに理解してくれた。
「救急車、すぐ来るって。照井ちゃん、これってどういうこと?」
課長さんが私を指さした。
「……後でお話します」
照井刑事が私に手を差し伸べた。そうだ、このままじゃ、救急隊にも見つかるかもしれない……。
手に乗ると、すぐに私を背広の腰ポケットに入れてくれた。
正希さんは、周囲にいた警官に取り押さえられていた。
「優子、お前気付いてたんだろ、そこにいるガキが、俺の兄貴とお前の親父を殺した犯人だって!」
床にねじ伏せられながらも、しっかり照井刑事を見ていた。樽見さん親子は、少し離れた場所で、腰を抜かして床に座り込んでいた。
「……気付いてましたよ、でも、こんなことする必要ないじゃないですか」
静かに言った。その声には怒りが籠もっていた。
「いい子ぶるなっ、お前も親父のこと妬んでただろ! 刑事だからって無条件に期待されて、比べられて!」
「あなたと一緒にしないでください。私は、父さんを尊敬してました。最期まで、刑事として職務に当たって殉職した父さんは、私の誇りです!」
手が震えている。見上げると、目に涙が溜まっていた。
「じゃあ尚更、俺の気持ちがわかるだろ、あいつが許せないだろ?」
そう言われ、陽葵君を見た。
「父さんのことを思い出すと、今でも冷静でいられない、それは事実です。でも、彼は、当時小学生でありながら、必死に家族を守ろうとした。彼には彼なりの正義があった――」
頬を涙が伝った。怯えている陽葵君に、必死に笑顔を作った。
「――私は、あなたを許します」
「ふざけんな、俺は認めないからな! 優子!!」
引きずられるように、奥へ連れて行かれた。




