危機
「そう……わかったわ、今後何か連絡があったら、共有してちょうだい」
課長さんへの報告を終えたところで、省吾を呼んだ。
「失礼します」
気付いてくれて、場所を変えてくれた。
「どうした?」
ポケットから身を乗り出した。
「気になることがあって……照井刑事は、正希さんと知り合いなんですよね? 兄弟仲ってどうだったのかなと思って」
「それが、私もよく知らなくて……父が亡くなった時に初めて会って、流れで連絡先を交換したので……あ、望美さんなら、知ってるかも。でも、それがどうかしたんですか?」
「正希さん、電話ではお兄さんのためにこんなことをしてるわけじゃない、って言ってたんです。ってことは、警察そのものに恨みがあるのかな、と思って。兄弟仲が悪いなら、お兄さんと警察に恨みがあっても不思議じゃないです」
「なるほど……望美さんに訊いてみます」
「ちょっと待った」
聞こえた声に身体が固まった。
省吾の背後に、課長さんがいた。……どうしよう、会話を聞かれた。
「何度も言うけど、あなた達は捜査に参加できないはずよ。……ところで、あなた達、今誰と話をしていたの?」
「何でもありません」
省吾が言いながら、私をポケットに押し込み、素早く背広を正して課長さんに向き直った。
「何でもないって、赤石君、あなた――」
「課長、申し訳ありませんが、正希さんの連絡先を知る照井や、七年前の事件を知っている俺がいる以上、捜査に参加できないというのは不可能な気がします。事情は理解しています、今日は署から出ませんので、俺達にも参加させてください」
ポケットに押し込められたため、外の様子が音でしかわからない。
「……わかったわ」
「ありがとうございます」
大きく揺れた。頭を下げたんだ。
「でも、そういうことなら、今はデスクに戻ってちょうだい」
「はい」
戻る道中、ポケットの中で考えた。デスクに戻るってことは、課長さん、近くにいるってことだよね……大丈夫かな……。
「課長、あの……望美さんへの連絡ですが」
照井刑事が恐る恐る訊いた。
「それ、照井ちゃんからお願い。後で私に知らせて」
「はい」
戻った後、照井刑事が望美さんに金指兄弟の仲について訊いた。
……結果は思った通り、二人の兄弟仲はあまりいいものではなかった。公務員になり、警察官になり、更に刑事なった兄を、弟の正希さんは妬ましく思っていたらしい。
ということは、警察官そのものに恨みを持っている。確かに、おかしいと思った。いくら守内刑事が、正希さんに恨まれているからって、そこは警察官だ、拐うには相応のリスクがある。それならいっそ、家族……この場合は、守内刑事の奥さんを狙えばいいと思った。家族を狙った方が、愛妻家である守内刑事にはダメージが大きいだろうし……。
でも、そうしなかった。狙いは警察であり、奥さんは関係ない、と思ったのかもしれない。それは流石に本人にしかわからないところだけど……。
ということは、やっぱり、省吾や照井刑事が、次に狙われる可能性がある? 今、捜査に出てる別の刑事も、危ないかも?
それを伝えたいけど……課長さんが近くにいるし、絶対マークされてる。どうしよう……。
「そういえば、さっき連絡が来たけど、樽見さん家族の所在が確認できたわ。母親は仕事、息子二人は家にいるそうよ」
「家に、ですか? 学校は?」
「それが、次男の陽葵君、ここ最近不登校らしいわ」
「不登校……」
ここ最近の不登校? 事件の影響かな……それか、正希さんが何かした?
いや、何かするなら、不登校じゃ済まない気がする。単なる偶然?
「二人で家にいるなら、安全ですね」
省吾の声が聞こえた。そうじゃないでしょ、違和感は調べないと!
胸を叩くと、数秒置いて立ち上がった。
「……課長、その不登校の理由、気になります」
「確かにそうね、調べてもらうわ」
伝わった、よかった……。
「それと、赤石君、後で話があります」
課長さんの低い声が聞こえた。怪しまれてる……。
「あの、不登校の理由、私かもしれないです」
照井刑事が言った。
「実は私、昨日赤石さんと別行動した時、望美さんの家に行った後、樽見さんの家に行ったんです」
「え、そんな報告聞いてないわよ」
「すみません、話してなくて……それで、その時に晃成君が犯人ではなく、陽葵君が犯人だと、母親に話したんです」
「……それで、母親はなんて?」
「わかりました、と言ってはいましたが、何か思い詰めた様子でした」
「そう……でもね、陽葵君の不登校はそれより前からあったらしいから、照井ちゃんの行動は関係ない気がするわ」
「そ、そうですか……」
「それより気になるのは、どうしてそんなことを言ったのか、よ。陽葵君が犯人だったとして、それを今更話して、どうするつもりだったの?」
「本人に罪の意識があるか、確かめたかったんです」
刑事ではあるけど、やっぱり、被害者遺族としての気持ちがあるのかな……。
「それを聞いてどうする気だったの、照井ちゃん、完全に私情で動いてるじゃない」
「……申し訳ありませんでした」
声だけでも、肩を落としているのがわかる。何だかいたたまれない。
にしても、気になるのは、母親の反応。思い詰めた様子って言ってた。
気になるけど、省吾は動くことができない……。
「ところで、赤石君、それは?」
「照井の父親の倉光刑事が、俺宛に残してくれたノートです」
さっきのノート、見てるんだ。
「へえ、いいもの貰ったのね」
上から声が聞こえてくる。一緒に見てるのかな……。
「……課長、照井が樽見さんに陽葵君の話をした時、思い詰めた様子だったというのが気になって……何か、行動を起こすかもしれないです」
省吾も同じところが気になったみたい。
「行動って、例えば?」
「自分の息子の無実を証明するために、工場に行く、陽葵君を問い詰める……色々考えられますね。もしかしたら、ここに来るかも」
その時、照井刑事のデスクの電話が鳴った。
「はい、はい……わ、わかりました。課長、樽見さんが、署に来たそうです……」
戸惑いながら言った。凄い、当たってる。
「……わかった、私と赤石君で対応する」
照井刑事をその場に残し、樽見さんに会いに行った。




