あの日の事件
それから、俺はアルバイトを辞め、警察官になるため、まずは公務員を目指して猛勉強した。合間に身体を鍛えて、柔道も習った。父親からは「何かに取り憑かれたのかと思った」なんて言われたが、正直、当たっていると思う。
そして、警察官になり、実績を積んだ後、刑事課へ異動になった。
その初日に紹介された相方が、守内刑事だった。
俺はすぐに、高校時代の話をした。倉光刑事に、危ないところを助けられたこと、そして、刑事を目指すようになったこと――。
「倉光刑事なら、俺も知ってる。あの人凄いんだよ、金指刑事とじゃんじゃん事件を解決して……俺も憧れてるんだ。お前もいつか会えるといいな」
それから俺と守内刑事は、色々な事件に関わっていった。傷害事件に殺人事件……血腥い、凄惨な現場を、いくつも見てきた。
「赤石、目付きが変わったな」
そう言われたのは、今から七年前。守内刑事と最後に捜査した、あの事件の直前だった。
現場は、市内の大きな食品工場。裏にある大型の業務用冷凍庫の中で、人が閉じ込められたという。見つけた頃には、既に亡くなっていた。
「……まさか」
初めに気付いたのは守内刑事だった。
被害者は二人。倉光毅と、金指幸希。あの刑事だった。
冷凍庫から出された遺体に手を合わせる――寒くもないのに、手の震えが止まらなかった。
慎重に持ち物を調べると、警察手帳に、充電の切れた携帯電話……捜査中だったと思われる。
「少し離れたスーパーで、傷害事件があって、その証拠を探していた最中だったみたいだ」
金指刑事の手帳をめくりながら、守内刑事が言った。確かに、手帳には、関係者と思われる人物の名前が記されていた。
傷害事件の内容としては、客と店員のトラブル。客側が店員に無理な要求をして、それを拒んだ店員を、退勤時にその客が襲った、というもの。
だが、被害者の証言だけで、証拠がなく、二人はそれを探していたらしい。
客側の樽見さんは、スーパーの近所に住む、普通の主婦だった。
念のため話を伺うことにした。加害者の可能性もあったため、警戒していたが、快く応じてくれた。
「無理な要求っていうか……半額シールを、少し早めに弁当に貼ってくれって頼んだだけです。それなのに、あの店員が警備員なんて呼ぶから、ややこしくなって……」
アパートの玄関先で、不機嫌になりながらも、答えてくれた。
その時、話を聞いていた後ろから、「おじさん、誰?」と、子供の声がした。
見ると、ランドセルを背負った小学校高学年くらいの少年と、その弟と思われる、同じくランドセルを背負った低学年くらいの少年が、俺達を見ていた。
「息子の晃成と、陽葵です。……おかえり、さっさと入っちゃいなさい」
母親に言われ、素直に帰宅した
「とにかく、私はその店員を襲ってないし、その刑事さんのことも、よく知らないです」
そう言われ、それ以外の有力な話は聞けなかった。
次に、店員の新元さんの自宅へ行き、話を聞いた。こちらは大学生で、スーパーにはアルバイトとして勤務していた。
「お店のルールで、時間にならないと半額シールが貼れないんです。そう説明しても、いいから貼れってしつこくて……仕事にならないので、警備員を呼んだんです。その日の帰りに、あの人に襲われました。いきなり後ろから殴られて……間違いないです」
話を聞いた刑事の事も、一緒に訊いた。
「ニュースで見ました、亡くなったって……親身になってくれていたのに、残念です」
こちらも、あまり有力な話は聞けなかった。
手帳を頼りに、関係者に話を聞いている間に、二人の携帯のデータ解析が終了した。
中には、短い間に連続して発信している履歴があった。助けを呼ぼうとしていたのかもしれない。始めの時間は午後十時だった。
更に、司法解剖の結果、二人は凍死であることもわかった。
「……つまり、二人は、夜に生きたまま閉じ込められて、朝までそのままだったということだな」
守内刑事の言葉に、胸が苦しくなった。
同時に、こんな酷いことをした犯人を、憎く思った。
捜査を続けていくうちに、二人が閉じ込められる直前の午後九時三十分時頃、ある人物に会っていることがわかった。
冷凍庫のある工場の防犯カメラに、樽見さんの息子、晃成君の身体の一部が映っていた。
例の工場は、当時の防犯設備は脆弱で、フェンスを越えれば入ることができる上、防犯カメラも一台しか設置されていなかった。
樽見さんに、映像を確認してもらった。
「どうして、晃成が、こんな時間に」
狼狽えつつも、それを息子の晃成君だと、認めた。
樽見さんの許可を得て、アパート近くの公園で晃成君と話をさせてもらった。
「晃成君、このおじさん達、知ってるよね」
倉光刑事と金指刑事の写真を見せると、目を逸らした。
「……知ってます」
「このおじさん達に、昨日の夜、会ったよね?」
「はい」
「何か、話をしていたのかな?」
「母さんのことです」
「その後、おじさん達と、何かしたんじゃない?」
守内刑事がそう言うと、晃成君は震えた声で答えた。
「……冷凍庫に来て、って言いました。それで、中に入ったところを……ちょっと閉じ込めて、困らせるつもりでした。まさか、死ぬなんて、思わなかったんです」
俺は、晃成君を殺人の罪で逮捕しようとした。
だが、手錠をかけようとした俺を、守内刑事が既のところで引き止めた。
「お前、何考えてんだ!」
晃成君を解放し、俺に怒鳴った。その時の俺は、頭に血が上っていた。先輩である守内刑事に、食って掛かった。
「どうして止めたんですか。彼は人を殺してます」
「だからって、逮捕なんて出来るわけないだろ! 相手は小学生だぞ!?」
「だから何だと言うんですか。殺人は犯罪です。罪を認めて、償わせる必要がある」
「落ち着けよ、憧れの刑事が殺されて、気が立ってるんだ、冷静になってくれ」
「俺は冷静です。あの冷凍庫は、電動で扉を閉められる仕組みで、子供にも閉めることはできます。防犯カメラには晃成君が映っていたし、本人も認めてる。彼が殺したんですよ」
「それはわかってる。でも、逮捕なんてできないんだ。けどな、彼は自分のしたことを認めてる、反省してるんだよ、それはわかるだろ? 罪の意識を持ってるなら十分じゃないか?」
「それじゃあ、刑事として、真面目に職務にあたっていたあの二人が浮かばれない!! 知ってるんですか、倉光刑事には子供がいます、金指刑事は結婚したばかりだった、あの二人には、守るべき家族がいた!」
「晃成君だって、家族を守ろうとしてああしたんだ! 彼だって必死だったんだよ!!」
正直、それ以外はどんな会話……いや、応酬をしたか、覚えていないところもある。
最終的に俺達二人は捜査から外され、俺は課長に、守内刑事とはやっていけない、相方を変えてほしいと頼んだ――。




