先輩の推理
翌朝、少し早めに家を出て、穣平川へ向かった。
七時三十分、到着してすぐ、あることに気付いた。
「この時間なのに、まあまあ人がいるな」
出勤前の日課なのか、ジョギングや、犬の散歩など、様々な用事で、穣平川に来ている人が多かった。
まだ張られている規制線の中に入り、例の映像を確認する。
「映像が撮影されたのは……この辺りか」
映像の背景から察するに、ほとりに降りてすぐの場所のようだ。
辺りを見渡しても、特に何の変哲もない川の風景が広がっていた。
「場所に理由が無いんだとすると、前か後に、この近くに用事があったと考える方が自然だよね」
胸ポケットから声がした。確かにそうだ。
「皆木さんの職業を考えると……手芸店とか?」
地図アプリを開いて手芸店で検索をかけると、近くに革細工を売っている工房を発見した。そういえば、羽場さんが近くに革を売っている店がある、と話していたな……。
「ここ、行ってみるか――」
場所を移動し、革細工を売っている小さな工房を訪れた。穣平川からは、徒歩十五分くらいだ。
開店前だったが、少しならと、話を聞くことができた。
「昨日は普通の営業日で、九時にお店を開けてから、お客さんが何人か来て……そうそう、キャリーケースを持ったお客さんが来てたなぁ、革を何巻きか購入して行ったよ」
年老いた店主がそう語った。
「それ、この方でしたか?」
羽場さんの写真を見せると、「そうそう、この人だった」と答えた。羽場さんは間違いなく、この店に来ていた。
「他に何か、変わったことはありませんでしたか? お客さんの他に、例えば、お店の外とかで」
「お店の外か……近所の家族が、そこの家の前を、前の日の夜からイルミネーションで飾ってたくらいかなぁ、朝から試運転してたよ。ほら、あそこ」
店主が指したのは、店の斜向かいにある一軒家。家屋全体に小さな電球やネオンがついており、一部がキラキラと光っている。
「そうでしたか……ありがとうございました」
店を出て時間を確認すると、もうすぐ八時を過ぎようとしていた。
署に行って照井と合流するか、もう少しこの辺りを調べるか、ボランティアの主催に話を聞くか、どうしようか……その前に、りまに話を聞いてみるか。
「りま、どうだ? 何かわかったか?」
「うーん……私、犯人は宮田さんだと思う」
予想外の言葉だった。
「宮田さん? 店長の? どういうことだ?」
「まず、気になったのは、アリバイだよ。午前九時から十時三十分の間、どこで何をしているって言ってた?」
「確か、家にいた、って言ってたな」
「それ、嘘だと思う」
「どうしてそう言えるんだ?」
「その間、宮田さんは穣平川にいたんだよ。ほら、保育園で聞いた目撃証言、思い出してみて」
「えっと……」
園児のゆうと君。彼が言っていたのは、青い服に、ツバの付いた黒い帽子の男を見た、と。
「省吾も照井刑事も、それを羽場さんだと思っているみたいだけど、あれは宮田さんだよ」
「そうなのか? でも、あの時間、羽場さんは確かに穣平川の近くを通っていた。君も映像を見ただろう?」
「そこなんだよ……単なる偶然、とは思いたくないんだけど、同じ時間、宮田さんも近くにいたんだよ。あの子はそれを見たんだと思う。映像の人物と、あの子が見た人物は別だよ。その証拠に、あの子は『大きな箱を押して走ってたよ』って言っていたでしょ? でも、羽場さんはキャリーケースを引いていたよね?」
「そういうことか……って、ちょっと待ってくれ、君はその青い服と黒い帽子の男が、宮田さんだと言いたいのかもしれないが、他の人の可能性もある」
「それはそうなんだけど……宮田さん、川の近くにいないと知らない情報を知ってた」
「川の近くにいないと、知らないこと?」
「わからなかった? 『怪しい店もできた』って言ってたよね?」
「言ってたな、確かに。でも、この辺に怪しい店なんて……まさか」
視線が向いたのは、斜向かいの一軒家。
「工房の店主さん、言ってたよね? 前の日の夜からイルミネーションで飾ってたって、翌日朝から試運転してたって。もしあれを、お店か何かと勘違いしたんだとしたら?」
「大きいネオンもついているし、無くはない、かもしれないが……だとしたら、どうして宮田さんも穣平川にいたんだ? そもそも、まだ皆木さんが七時三十分に穣平川を指定した理由もわかっていない」
「それは――」
その時だった。
「赤石?」
声が聞こえ、りまが慌ててポケットに潜っていった。
振り向くと、守内刑事が立っていた。
「……」
すぐ立ち去ろうと思ったが、りまの言葉を思い出した。
言葉だけでも聞いてほしい、か……。
「何か、話は聞けたのか?」
「事件当日に、羽場さんがこの店に来たのは確認しました」
俺が答えると、口元を押さえて俯いた。何かを考える時の癖だ。
「……赤石、ちょっと付き合え」
「え……わかりました」
守内刑事についていき、穣平川まで戻ってきた。
「犯人の目星はついたのか?」
「いえ、まだ何も」
りまは宮田さんと言っていたが、俺自身が納得いかない部分も多かったため、伏せた。
「そうか。俺はな……店長の宮田さんが怪しいと思ってる」
「……理由を聞いてもいいですか?」
「まず、宮田さんの証言だけど、死亡推定時刻、宮田さんは家にいたって言っていたな。でも、本当は穣平川にいたんだ。お前達、穣平川の近くにある保育園の園児に話を聞いたんだろ? 恐らくその子が見たのが宮田さんだ。照井ちゃんの情報では、皆木さんは朝の七時三十分に、田岡さんとここで会って話をして、その後に携帯を奪われてる。田岡さんは昨日の取り調べで、その後は出勤の時間ギリギリまで、家で携帯のパスを解くのに専念していたと話しているから、殺すことは恐らく不可能だ。だから、宮田さんが犯人だ」
りまの推理と、ところどころ一致している。本当に宮田さんが犯人なのか……。
「どうして、皆木さんは、この場所を七時三十分に指定したんですか」
「時間と場所もそうだけど、その前に、どうやって田岡さんに約束を取り付けたのか、俺はそこが気になった。コンビニというのはシフト制で、目的の人物がいつ働いているのかは、そこで働いている人にしかわからない。皆木さんは横領の件で、田岡さんと会おうとしていた。でも、それで羽場さんにシフトを訊くと、間違いなく止められる。嘘を教えられることだって考えられる。だから、もう一人、確実にシフトがわかる人に訊いた。それが、宮田さんだ。皆木さんは、横領しているのが田岡さんだけで、まさか宮田さんまでやってるとは思ってなかったんだろうな。宮田さんはそこで、田岡さんの家の住所を教えた。……調べたらこの近辺だったぞ。で、その近くである穣平川なら、人通りもあるし、見通しもいいから、何かあった時にすぐ対応できる、とでも言ったんだろうな。時間は……これだろ」
携帯に表示したのは、昨日りまが見ていたのと同じ、穣平川で行われていた、ゴミ拾いのボランティアの情報だった。
「これ、朝の七時三十分から行われていたそうだ。人通りも、普段より多くなるよな? だから皆木さん、この場所で七時三十分を指定したんだ。で、田岡さんと会った」
「でも、皆木さんは田岡さんに携帯を奪われてます。人が多い場所を選んだ意味がない」
「その間だけ、皆木さんの周りから一次的に人払いをしたんだ。やってることはゴミ拾いだろ? こっちはある程度済んでます、と言えば十分だ。誰がそれを言ったかは、わかるよな?」
「……宮田さんですか」
「そう。ボランティアの主催に確認したよ、事件当日、宮田さんもボランティアに参加してたそうだ」
先に主催に確認してくれていた。
「時間と場所の理由はわかりました。では、携帯を奪われてから殺されるまでの空白の時間は、どう説明するんですか?」
「その前に、お前、皆木さんが携帯を奪われた後、通報してないことに気付いてたか?」
言われてみれば、通報記録があったという情報は無い。
「これは俺の推測だが、皆木さんはここで田岡さんに携帯を奪われた後、近くでゴミ拾いのボランティアに参加していた宮田さんに助けを求めた。で、宮田さんは、自分が通報するから、待っててくれとでも言ったんだろ。でもいくら待っても、通報する様子がない。そこでトラブルになって……殺されたんだ」
「二人は共謀していた、ということですね」
「そうだ。田岡さんを呼び出しに応じさせて、皆木さんを油断させ、携帯を奪わせた後に、宮田さんが手にかけたんだ。でもこれは俺の推測で、証拠がない。証拠は多分……ここにある」
見渡したのは、穣平川。
「ですが、ここは既に鑑識が調べてます」
「そうだな……だから、俺がもう一度調べる」
そう言うと、着ていた背広を脱いだ。
「……正気なんですか?」
「俺だけでやるから、お前は来なくてもいいぞ」
「いや、そういうことじゃなくて」
靴を脱いで裾も捲った。駄目だ、こうなるとこの人は聞き入れない。
「お前さ、最近調子いいみたいだし、もう大丈夫かな、なんて思ってたけど……俺の勘違いだったな」
振り返って、俺を見た。
「それじゃいつまで経っても、視野が狭いままだぞ。知ってるか? お前が、最近誰かから推理のアドバイスを貰ってるって噂があること。俺はそんなの興味ないけど、それじゃせっかくのアドバイスも不意にしてるんじゃないか?」
「……」
「都合が悪いと黙りか。お前、俺は何も変わってないとか思ってるかもしれないけど、お前も何も変わってないぞ」
そう言うと、俺に近付き、右耳に口を寄せた。
「そのままじゃ、胸ポケットの人にも、いつか見限られるぞ」
「……!」
言いたいことは言えたのか、棒立ちの俺を放置して、穣平川に入って証拠を探し出した。
……いつから、気付いてたんだ?




