揺らぐ信頼
課長に言われた通り、車の運転席で、少し頭を冷やしていた。あんな風に怒られたのは、久しぶりかもしれない。
「りま、すまなかったな、情けないところを見せて」
そう声をかけたが、返事はなかった。
不思議に思い、ポケットを覗くと、悲しそうな顔をして言った。
「……どうして、助けは必要ないなんて言ったの?」
「え?」
助け。守内刑事のことか。
「今回の事件、かなり難しいよ。わからないことだらけだし……だから、守内刑事が手助けしてくれて、正直助かった。それなのに、どうしてあんな言い方したの? 気付いてるかわからないけど、守内刑事、はっきり言ってかなり頭が切れる人だよ。この前の森林公園の事件の時から、何か違うとは思ってた。せっかく協力してくれてるのに、拒絶したのはどうして? 言うことを聞く気がないなら、大石さんにもう一度証言を聞いたのも、どうして?」
立板に水のようだった。彼女の中で、溜まっているものがあったらしい。
「守内刑事と、過去に何かあったのは、さすがにわかる。事件と関係ないから深入りはしないつもりだったけど、いくらなんでもあんまりだよ」
そう言って俯いた。声が震えている。
「……私、省吾のこと、信用できなくなりそう」
その言葉に、頭の中が真っ白になった。
「それは、困る」
「じゃあ、せめて、守内刑事を拒絶する理由を教えてよ」
「わかった、じゃあ、照井が戻ってきたら話す」
「うん……」
照井に、「報告が終わったら駐車場に来てくれ」と連絡を入れ、重苦しい空気の中待っていると、三十分後に照井が駆けてきた。
「お待たせしました……」
「来てくれてありがとう、助手席に乗ってくれ」
「はい」
助手席に乗ってすぐに、照井が口を開いた。
「あの……守内刑事のこと、なんですけど」
「ああ、そのことなんだが……正直、気になってるだろう? 俺があそこまで、あの人を嫌う理由」
「そう、ですね」
何かを言いたそうにしていたが、飲み込んでくれた。
「君は俺のことを調べていたそうだから……あの人との関係は知っているのか?」
「はい。……元々二人で、組んでいたんですよね」
その時、ポケットから「えっ」と声が聞こえた。りまはそのことは知らなかったらしい。
「もう、七年も前になるな……ある事件をきっかけに、俺はあの人と決別したんだ。課長も理解してくれたし……それから、一人の時期もあったが、俺は仲西と組むようになった」
「それ以降、仲違いしたままだったんですね。でも、それならどうして、大石さんにもう一度意見を聞けという指示には、従ったんですか?」
「あれは……的確な指示だと思った。実際、捜査には行き詰まっていたし、何か取っ掛かりがほしいとは思っていた……でも、よりによってあの人に言われるなんて……」
「まるで、反抗期の子供じゃないですか」
「そうだな……」
溜息をついた。本当に、いい歳して何をやっているんだ、俺は。
「決別した理由、訊いてもいい?」
りまが言った。
「スタンスの違いだ。俺とあの人では、刑事という職に対する姿勢が違った……言ってしまえば、それだけなんだ」
二人一組で捜査を行う以上、その方向は同じでなければならない。だが、明らかにそれが違っていた。
「俺はあの人のやり方を受け入れられない。いくら頭が切れても、それは変わらない……二人まで巻き込んで、すまなかった」
「……わかったよ。守内刑事を受け入れろなんて言わない。でも、せめてこの事件の間は、言葉だけでも聞いてほしいかな」
「ああ、そうするよ」
今だけは、仕方ない。
「あの、その守内刑事のことなんですけど」
「そういえば、何か言おうとしていたな」
「はい、あの後、課長も一緒に、少し話をしまして……今回の捜査、守内刑事も参加されるそうです。本当はその予定はなかったそうですけど」
「そうか……」
俺達だけでは不安だと課長が判断したのかもしれない。
「というわけで、課長から、今日はもう上がっていいそうなので、私はこれで失礼します」
そう言うと、車から降り、一礼してから立ち去った。
「……俺達も帰るか」
「うん……」
帰宅後、手早く、りまの風呂の準備をした。
だが、りまはすぐに入ろうとはしなかった。深刻そうな顔で、風呂場の前で立ち尽くしている。
「どうした?」
声を掛けると、ハッとして、顔を上げた。
「あ、えっと……ちょっと、考え事……なんでもないっ」
そう言って、風呂場に駆け込んでいった。
それを見て、俺はすぐに携帯を手に取り、ある人物にメッセージを送った。
送ってから一分もせずに、「今から電話する」と返ってきた。
そして、電話がかかってきた。出ようとしたが、聞かれるとまずいと判断し、ベランダへ向かい、電話に出た。
「……ごめん、急に」
「いいよ。相方さんと、何かあった?」
「まあ、そんなところだ」
「なるほどね。そうねえ、四六時中一緒にいるのに、色々内緒にされているのは、気持ちの良いものじゃないね。私が相方さんの立場なら、ちょっと信用できなくなっちゃうかな」
「やっぱり、そうか」
「でも、省ちゃんの場合、それを話して失望される方が怖いんでしょ」
「それも、確かにある」
「それって、逆に言えば、省ちゃんが相手を信じてあげてないんじゃない? それくらいで失望するような間柄なのかな?」
「……俺は、その人のことを、ほとんど何も知らないんだ」
「そりゃあ、何と言うか……相手には言えない過去とかある感じ? それか、聞き出しにくいとか?」
「そうじゃない。でも、聞いてない」
「じゃあさ、先に省ちゃんが色々話してあげてよ、できるだけ包み隠さず。それで相手の信用を得ようか」
「大丈夫なのか?」
「曝け出すことで得られる信頼もあるよ。じゃ、頑張ってー」
そう言うと、俺の返事も待たず、通話を終えてしまった。
話して信頼を得る、か……。




