身元
「確かにそれは俺ですけど……すみません、あの時は、仕事に遅刻しそうになって、焦ってて」
コンビニにいた田岡さんに話を聞くと、申し訳なさそうに言った。彼はあの時の一時停止無視を認めた。だが、事件とは関係なさそうだった。
コンビニを出た照井は不安そうな顔をしていた。
「できれば、もう少し情報が欲しいですね……」
そう言いながら、スマホに視線を落とした。
「照井、守内刑事と知り合いだったのか?」
「そ、そうですね……今朝、出勤直後に呼び出されました」
「あの人は、何て言っていたんだ?」
「まず、誤認逮捕しかけたことを注意されました。それと……赤石刑事は、時々視野が狭くなる時があるから、しっかりサポートしてくれ、と」
あの人、まだそんなことを言っているのか……。
思わずため息をついたその時、照井の携帯が鳴った。
「すみません、守内刑事からです……あっ」
電話に出ようとした照井の携帯を取り上げ、俺が電話に出た。
「もしもし、照井ちゃん? 大石さんから話し聞けた? 次にやってほしいことがあるんだけど、被害者がいつからコンビニに来てるか、調べてくれる? 防犯カメラの映像を見たら、わかるはずだから」
照井が相手だと思っているのか、軽快に指示を出している。
「照井に、妙なことを吹き込まないでもらえますか」
「え? ああ、お前か」
「あなたの助けは必要ありません、俺達だけで十分です」
「赤石……前より視野が狭くなったんじゃないか?」
「……」
「いいか、被害者がいつからコンビニに来ているのか、防犯カメラの映像をできるだけ古いものからチェックしろ、わかったな?」
「……失礼します」
通話を終え、照井に携帯を返した。
「防犯カメラの映像、もう一度確認させてもらおう」
「は、はい」
再度映像を、古いものから確認すると、約一年前から、Aさんはコンビニに来ている事がわかった。その時のレジには羽場さんが立っている。
だが、金銭のやり取りも、商品の受け渡しも終わっているのに、Aさんはレジの前からなかなか動かなかった。羽場さんも同じだ。
「何か、話していますね」
映像の中の二人の口が動いている。音声は入っていないため、何を言っているのかはわからない。
詳しく話を聞きたかったが、羽場さんはもう既に帰宅していた。
「省吾……」
胸ポケットからりまの声が聞こえた。バックヤードには俺達しかいない。
「どうした?」
覗くと、不安そうに俺を見上げていた。
「あ、えっと、その……この映像見て、不思議に思うことはなかった?」
「不思議なことか……立ち話をしているな、とは思ったが」
「その立ち話、随分楽しそうじゃない? 初対面の対応とは思えないよ」
言われてみれば、映像の中の二人には、時折笑顔が見えていた。
「もう少し前の映像とかある?」
そう言われ、更に数日前から再生する。すると、ある日の映像が目に止まった。
「この客、Aさんじゃないか?」
それは、確かにAさんだったが、黒いパンツスーツにマント、顔には血のような物がついている。明らかに、普通の服装ではなかった。
更に、Aさんは買い物を終えた後、入口付近で羽場さんと何か立ち話をしている。
「買ったものも変だったよ。拡大してみて」
そう言われ、商品を拡大した。
「化粧品と、小さなソーイングセット、他にも買っているな……これは、男性物の下着か?」
見たところ、それはコンビニに売っていたトランクスだと思われる。何故、女性であるAさんがこんなものを?
「同居してる方でもいるんですかね? その方のために買ったとか」
照井の言葉に思わず頷く。同居人の下着を、代理で購入するためにコンビニに行く……ありえない話ではない。
「何か、違う気がする」
だが、りまは納得していないようだった。
「他に気になることがあるのか?」
「この商品の組み合わせと服装が、引っかかって……」
「組み合わせと服装、か……心当たりがある。もう少し調べてみよう」
その後、宮田さんから聞いた羽場さんの自宅へ向かった。コンビニから歩いてすぐの、小さなアパートだった。
インターホンを鳴らすと、すぐに出てきた。
「な、何か……?」
少しだけ扉が開き、恐る恐る顔を覗かせた。しっかりとチェーンもかかっている。
「先程の件で、少しお話を聞いてもいいですか?」
「……ケースの中のことなら、言いませんよ」
「それでも構いません。実はですね、あの女性……身元がわかっていませんので、我々は便宜上、Aさんと呼んでいるのですが、あなたと何か関わりがあるのではないかと思いまして」
「関わりなら、さっき話した通り、お客さんですよ」
「あなたとAさんの関係は、それだけではないですよね? あなたは、Aさんが何者なのか、ご存知なんじゃないですか? 先程、コンビニの防犯カメラの映像を調べさせていただきました。一年程前から、Aさんはコンビニに通い詰めているようですね。更に、その最初の来店の際に、あなたと何か話し込んでいる……」
あの映像の中では、時間にして五分程度、コンビニの入口で、何か話をしている。
「覚えていますか? あの日が何の日か」
「十月三十一日、ハロウィンです」
すらすらと答えた。
「あの日にAさんが購入したものは、化粧品とソーイングセット、そして、男性物の下着です。おかしいですね、女性であるAさんが、男性物の下着を購入するなんて……恐らくですがAさんは」
「Aさんじゃないです」
羽場さんが俺の言葉を遮った。
「皆木、智春さんです」
皆木智春。それが彼女の名前……。
「やっぱり、身元をご存知なんですね」
「ご存知ですし……有名人ですよ」
チェーンを外して扉を開け、スマホ画面を見せてきた。
画面には動画投稿サイト。チャンネル名に「皆木智春」の名前があった。
よく見ると、今日の午後三時に生配信の予定が入っていたが、チャット欄では、放送が開始されて数時間経っているが、一向に彼女が現れない、と大騒ぎになっている。
「刑事さんも気付いているとは思いますけど……智春さんはコスプレイヤーです」
動画の一つを再生した。映っている女性は、とても遺体の女性と同一人物とは思えない程、着飾っていた……いや、そのキャラクターになりきっていた。内容としては、安価でコスプレの衣装や道具を作る方法を紹介していた。
商品の組み合わせと服装、その後に調べた、Aさんの初来店の日付から、Aさんはハロウィンで仮装をしている。下着はそれに使う材料だと判断した。俺の読みは、珍しく当たっていた。
「自分は智春さんのことずっと応援してて、あの日、たまたま店の近くでハロウィンイベントがあったんです。それに使う衣装が急に壊れてしまったみたいで、店に売ってる下着で代用しようとしたみたいです。だから、自分の行きつけの手芸店の場所を教えたんです。地図アプリにも載っていないような、小さな店だったので……」
あの日、羽場さんは皆木さんに道案内をしていたのか。
「智春さんは、コスプレやメイクの天才で、とても身なりに気を使っています。だから、いつも綺麗な姿で出歩いている……あんなすっぴんで死んでるなんて……」
言葉を詰まらせた。
「なるほど……店員とお客さん以上の関係があると知られれば、そこから職業や素性も明らかになる。皆木さんがすっぴんで亡くなっていることが、世間にも知られてしまう……羽場さん、あなたは皆木さんを守ろうとしたんですね」
照井の言葉に、羽場さんは頷いた。
「なら、お客さんなんて言わず、知らないフリを続けていればよかったのでは? 我々としては、ありがたいですが……」
「それは……智春さんを殺した犯人が、多分、店長か田岡さんだから」
俺の疑問に、想定外の答えが返ってきた。
「どういう意味でしょうか」
照井が一歩前に出た。
「……聞いてますかね、私がレジのお金を盗ってるって」
確かに、田岡さんが、羽場さんはレジのお金や商品を盗っていると話していた。
「それ、デマです。私はそんな真似しません。多分、店長か田岡さん、それか二人共です」
「それって、警察に相談したりは」
「していません。しても、信じてもらえませんよ。防犯カメラの映像を切り取ったりして、上手く隠してますから」
そう言うと、俯いた。
「私、智春さんにこのことを話したんです。相談というか、愚痴で……でも、智春さん、自分が犯人を捕まえるって言ってて、メイクして店に行けば目立つから、すっぴんで行けばバレないだろうって。それから、店で張り込んでくれるようになったんです。わざわざ近くの公園のトイレで、メイクを落としてから、お客さんとして、来てくれて」
声が震えている。
「最初は止めたんです。でも、正義感が強いから……私がもっと強く止めれば、いや、そもそもそんな話しなければ……」
羽場さんの目から涙が溢れた。
「あの二人のどちらかが、お金を盗ってます。証拠はないですけど……智春さんはきっと、それを探ろうとして殺された……だから、この店に来てくれてる常連さんだってところから、警察に、犯人にたどり着いてもらえないかな、と思って」
袖口で涙を拭った。
「身元や名前までバレちゃったのは、残念ですけど……でも、仕方ないですよね、いつかは、わかっちゃいますよね」
「そう、ですね……」
照井が言いにくそうに、ある事実を告げた。
「羽場さん、私はあなたも、容疑者の候補にあげているんです」
「えっ……」
羽場さんの顔が青くなった。
「先程もお話しましたが、川の付近でキャリーケースを引くあなたの姿が目撃されているんです。あの中には、皆木さんの遺体を隠せる、そう考えています」
「……」
少しの間考え、ちょっと待っててください、と言って、部屋に入っていった。
そして、例のキャリーケースを持って出てきた。
「あの、笑わないでくださいね」
そう言うと、ゆっくりとケースを開けた。




