協力
園を離れ、穣平川から現場のコンビニへと向かうルートにある飲食店やコンビニの防犯カメラを、片っ端から調べさせてもらった。
あまり目ぼしい情報は無いように思えたが、穣平川に程近い飲食店の防犯カメラ映像の隅に、それは映っていた。
「あっ、これ……」
それ見ていた照井が、声を上げた。
そこには、大きなキャリーケースを引いて走る、羽場さんの姿だった。服装は、青い服に、黒い帽子のような物を被っているように見える。目撃証言では男の人とのことだが、髪が短いから勘違いしたのだろう。
「時刻は、十時ちょうど。死亡推定時刻に当てはまりますね。映像の中の羽場さん、コンビニの方へ向かっていますし」
「……ちょっと待ってくれ、君はもしかして、羽場さんを疑っているのか?」
「関係者を疑うのは基本ですよ? でも、まだ確定ではないです。この運んでいるケースの中身、訊いてみましょう」
何か引っかかることはあるが、とりあえずコンビニに戻って話を聞いてみた。
「この映像には、大きなキャリーケースを持っているあなたが映っています。目撃者もいます。こちらのケースには、何が入っているんですか? それと、穣平川の付近で何をされていたんですか?」
照井の質問に、羽場さんはきっぱりと言った。
「……言いたくないです」
「それは、どうしてですか?」
「とにかく、言いたくないです」
さっきの弱々しい態度と違い、強く拒否された。
「羽場さん、答えた方がいいんじゃ」
隣にいた宮田さんが、焦ったように羽場さんを説得した。
「これって任意ですよね? 拒否します」
結局、答えを得ることはできなかった。
「すみません、普段はあんなに頑固じゃないんですけど」
コンビニを出たところで、宮田さんが頭を下げた。
「いいですよ、慣れてますから」
照井がそう言うが、宮田さんは深くため息をついた。
「何か隠してるみたいなんですよね……穣平川って言ってましたよね? あの近くに何かあるのか、最近よく通っているみたいなんです」
「そうですか。ちなみに、それが何故なのかはご存知でしょうか」
「それはさすがに……あの辺はお店が多いから何とも……最近は怪しい店もできたから、なるべく近付かないでほしいんですよね――」
宮田さんとの話を終え、改めて現場に戻り、一度情報を整理することにした。
「羽場さん、怪しいですね。あのケースそのものが見つかれば、動かぬ証拠になると思うのですが」
照井の中では、羽場さんが犯人で確定しているらしい。
「……俺には、そうは思えない」
俺の一言に、照井が首を傾げた。
「何故ですか? 何か、他にも手がかりが?」
だが、照井も前回の件のことを気にしているのか、慎重に訊いてきた。
「羽場さんに、人を殺すことはできない気がする。あのケースも、事件とは関係ない気がする……」
「気がするって、もしかして、刑事の勘ってやつですか? そんな根拠のない理由、聞いたことないですよ!?」
照井が興奮している。言っていることも、ごもっともだ。
「とにかく、少し待ってくれないか……証拠を集めたい」
「……りまさんはどう考えてるんですか?」
そうだ、彼女の意見を聞いていなかった。
胸ポケットを覗くと、すぐに反応してくれた。
「私も、羽場さんは犯人じゃないと思ってます」
「それは、ちゃんとした理由があるんですよね?」
照井の圧にも、りまは臆することなく続けた。
「Aさんは、身元も、交友関係すらわからない状態です。でも、羽場さんは、顔見知りであると、自分から話してくれました。照井刑事、言ってましたよね? 関係者を疑うのは基本だって。羽場さんは、自分から、疑われるような発言をしています。それと、羽場さんには、Aさんを殺すメリットが無いです。見つかってない、と言った方が正しいかも、ですけど……省吾が何に拘っているのかはわかりませんが、照井刑事も、一度落ち着いてください」
「……では、もう少し、調べてみます。それでも、あのケースは、探させてください。何か関係がありそうなので」
「わかりました、ありがとうございます」
りまの言葉で、納得してくれたようだ。
「とはいえ、これ以上調べることがないな……」
遺体の身元も、川から離れた場所に遺体がある理由も、羽場さんが持っていたキャリーケースの中身もわからない。完全に手詰まりだ。
その時、考え込んでいた照井が顔を上げた。
「……ちょっと待っていただけますか?」
そう言って、携帯を操作した。
「赤石刑事、もう一度、大石さんに話を聞きませんか?」
「大石さんに?」
思いも寄らない提案だった。
「初めに話を聞いたあの時、大石さんは夜勤明けでした。疲れていて、注意力も散漫だったと思われます。もうすぐ夕方ですし、仮眠も終わってる頃じゃないかと……何か思い出したことがあるかもしれません」
「そう、誰かに言われたのか?」
携帯を操作してからそう言ったのだから、そう考えるのが自然だ。
「そうですね」
「それは、誰に言われたんだ?」
訊くと、小さく答えた。
「……守内刑事です」
あの人か……。
「わかった。大石さんには、俺から連絡する」
「は、はい。お願いします……」
一度深呼吸をして、大石さんに電話をかけた。
数回のコールの後、大石さんが出てくれた。
「お休みのところ、すみません」
「いいですよ、さっき起きたんで。それで、どうかしました?」
「お手数ですが、先程、遺体を見つけた時のことを、もう一度聞かせて頂けませんか? 捜査に行き詰まってしまいまして」
「ああ、いいですよ。えっと、あの時は、職場で少し仮眠を取ってから、朝食と昼食を買いに十時四十分くらいにコンビニに行って、そこで……」
大石さんが、急に黙り込んでしまった。
「大石さん? どうしましたか?」
「……すみません、思い出したことがあって。関係無いかもしれないんですけど」
「と、言いますと?」
「あの時、俺、交通違反を見たんです、一時停止の無視。それにぶつかりそうになって……その後に、車を駐車場に停めて、降りたら遺体があって……」
「そうでしたか……でも、一時停止の無視は交通課の管轄なので、こちらの件とは――」
その時、胸ポケットから衝撃を感じた。それが何を意味しているのかは、すぐにわかった。
「やっぱり、関係無かったですかね?」
「いえ、念のため、詳しく調べさせてください。ドライブレコーダーの映像などはありますか?」
「はい、すぐに送ります」
「ありがとうございます」
通話を終え、少し待つと、大石さんから映像データが送られてきた。
会社と思われる場所の駐車場を出て、少し走り、午前十時四十分頃、現場近くの路地の前に差し掛かったタイミングで、路地から一時停止を無視した白い乗用車が飛び出し、咄嗟に急ブレーキを踏んだ。大石さんの「危なっ、何だあいつ!」と、興奮している声が入っていた。
その後、コンビニの駐車場に入り、映像はそこで終わった。
映っている白い乗用車の運転手の部分を拡大すると、粗い画質ではあったが、見たことのある顔が映っていた。
「これ……田岡さんだな」
今朝、現場を眺めていた、あの店員が映っていた。




