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マオの最大の試練

「死ぬな。死ぬな魔王!」


 温かい。なんだかわからないけど、そんな感じがした。

 身体が揺れている。まるで空を飛んでいるかのように感じる。

 もしかして私、死んじゃったかのかな?


「おっと、行かせませんよ」

「ヴァルガン様に逆らった愚か者は殺せと命令されていますー」

「その小娘以外は死んでもらうぜ」

「くそ、邪魔するな!」


 誰かが叫んでいる。でも、何が起きているのか全くわからない。


『ぬぅ、やはりわしら以外は洗脳されておるの』

「町に行っても安全じゃなさそうね」

「チッ、借り一つだぞ、セバスチャン!」


 あれ? なんでみんな、そんな怖い顔をしているの?

 ねぇ、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?


「これはもう、迷っている暇はないわね。ガキンチョ、マオちゃんが離れないようにしっかり掴んでいなさい!」

「ちょ、何言っているんだよ! まさか俺だけを――」

「あなただけじゃない。マオちゃんもいるわ。だから、頼むわよ」


 みんなが、みんな悲しそうにしている。

 やりたくないのに、傷つけ合っている。

 こんなの、見たくないよ。私、こんなこと望んでないよ。

 やめて。もう、見たくないから。だからみんな――


「待てよ! 魔女、生意気勇者、邪神――」


 セバスチャンさんが、泣いている。なのに私は何もできない。それどころか、身体を動かすことすらもできないでいる。

 こんな、こんなのって……、嫌だよ……。



◆◆???◆◆



「うっ」


 空が、青い。身体が、痛い。

 ここは、どこだろう?


『あ、動いちゃダメだよ』


 起き上がろうとした時、澄んだ優しい声がした。目を向けるとそこには、精霊のカランさんがいる。


『まだ傷に響くから、絶対安静』


 優しく、ゆっくりと私の身体を寝かせてくれる。

 そういえば私は、セバスチャンさんを守ろうとしたんだ。それで攻撃を受けて、それからは――


「あの、カランさん」

『何、魔王さま?』

「ここってもしかして、精霊の滝?」

『うん、そうだよ』


 ぼやけた頭がハッキリしてくる。すると滝の音がちゃんと聞こえてきた。

 そういえばメイちゃんはどうなったんだろう? ほかのみんなは?

 気になることがいっぱいありすぎて、頭がパンクしちゃいそう。


「カランさーん、魔王さまは目を覚ましましたかー?」


 そんなことを考えていると、ピョンピョンと飛んでくるスライムのスラートくんが現れた。いつも通りどこかのほほんとしていて、なんだか安心しちゃうなぁー


『うん、ちゃんと起きたよ。峠は越えたし、もう大丈夫』

「ホントですか!? よかったー」


 峠って、そんなに危なかった状態なのかな?

 まあ、そんなこと聞いていられないや。早く城に戻らないと。


『あ、ダメだって! まだ動ける状態じゃないんだから!』

「でも、みんなが心配だし」

『身体を治すことが先決。それに今戻ったらダメ』


 なんでって聞こうとした瞬間だった。森の奥から「魔王!」って叫ぶ声が聞こえたんだ。

 目を向けると、そこには息を切らして走ってきているセバスチャンさんの姿がある。


「よかった。よかったよ」


 セバスチャンさんは一度立ち止まると、絞り出すように言葉を口にした。そのままゆっくりと近づいて私の身体を抱き締めた。


「セバスチャンさん?」

「ごめん。俺が余計なことをしちゃったから、だから――」


 余計なことって。セバスチャンさんが飛び出してくれなかったら、私はあのままあの人と結婚することになってたよ。だから――


「ううん。余計なことなんかじゃないよ。ありがとう、セバスチャンさん」


 私はセバスチャンさんに笑いかけた。するとセバスチャンさんは、なぜか顔を赤くして顔を逸らしてしまう。


「別に、お前のためじゃないし」


 なんだかかわいいなぁー。みんながこのセバスチャンさんに意地悪したくなる理由がわかった気がする。


『ふふ、何にしてももう少し安静にしてね』


 カランさんに釘を刺されちゃった。


「そういえばカランさん。なんだかおかしな人が私の隣で寝ていたんだけど――」

『おかしな人? それってもしかして、お城を乗っ取っちゃったヴァルガンのこと?』

「え? ヴァルガン?」


 ヴァルガンって確か、とーっても危ない吸血鬼じゃなかったかな? なんか、真祖って言われるぐらい偉い人で、それで成り行きで私は敵対しちゃって――


「って、えー!」


 そんな人に私は結婚を迫られていたの!?


『どうしたの?』


「え、えっとぉー……」


 言いにくい。敵対している吸血鬼に結婚を迫られていただなんて、とても言いにくい。


『あ、もしかして! イケないことを――』

「し、してないしてない! たぶん……」


 寝てたからわからないし、確証はないんだけど。

 あ、もしされてたらどうしよう。


『きゃー! さすが魔王さま! まさかの愛憎劇に片足を突っ込むだなんて!』

「ま、魔王さま。まさかその歳で経験を持つだなんて――」

「え? 魔王がどうしたの?」

「そ、そんなことないもん! 絶対にないもん!」


 そうであってほしい! じゃないといろいろと立ち直れないよ!


『まあ、何にしてもヴァルガンをどうにかしないとここの治安は最悪ね』


 泣きそうになっていると、カランさんがどこかため息交じりに言葉を零した。


「治安って?」

『あら? 知らないの? このゴルディアートは支配する者、つまり王様の意志に住人達は従うの。例外があるけど、それは絶対的で逆らうことはできない』

「あ、邪神さまから聞いたことがあります。私は平和主義だからみんな穏やかだって言ってました」

『でも、今の支配者はヴァルガンなの。長年、世界の裏側を掌握していただけあってみんなとんでもなく荒れているわ』


 そんな……。じゃあ、メイド隊のみんなや魔王軍、それどころか町の人達も敵ってこと?


『どうにかするにはヴァルガンから支配権を取り戻さないといけないのだけど、それはヴァルガンを倒すって意味にもなるかな。何にしてもその身体じゃないもできないよ』


 どうにかしないといけないのに、何もできない。

 こんなに悔しいことはないよ。メイちゃんが心配だし、他の人達も心配。早く身体を治さなくちゃ。


「よし」


 なら天使さんを呼ぼう。天使さんならこの傷だって簡単に治せるはず。

 そう思って念じてみる。だけどどんなに念じても天使さんは出てきてくれない。

 あれ? いつもならすぐに出てきてくれるのに。


『魔王さま、もしかして紋章の力を使おうとした?』

「うん。でも発動しなかった」

『やっぱりね。たぶん、しばらく紋章の力は使えないよ』

「え? どうして?」

『セバスチャンさんから聞いた話から考えると、召喚した天使もダメージを受けたんでしょ? だからだよ』


 そっか。天使さんは大きなダメージを受けたんだ。それが跳ね返って、私に来た。

 天使さんの傷が大きいからしばらく出てこない。たぶん、私が完全に回復するまで無理かもしれないんだ。


「そんな……。早くみんなを助けないといけないのに……」

『でも、今何してもどうすることもできないよ。だから、傷を治すことに専念して』


 カランさんの言葉が重たい。私も頭ではわかってる。だけど、たぶん、いや確実に、それじゃあ遅い気がする。

 みんなを助けたいのに、何もできない。こんなにも自分が無力だなんて――


「魔王……」

「ごめん。助けてくれたのに」


 絞り出した言葉。それ以上は口にできなかった。

 もし、それ以上のことを言おうとしたら、セバスチャンさんに当たってしまいそうだった。だからやめた。

 セバスチャンさんもそれを感じ取ったのか、無言になっていた。

 ああ、悔しい。こんなにも悔しいなんて、初めてだ。


マオちゃんに降りかかった大きな試練。それはとてつもなく大きくて難しい。

マオちゃんはこの試練を乗り越えることができるのか?

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