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第4章 意地っ張りと頑固者-3




「母さん、よかったのか? ばあさんにあんなこと言って?」


 鳥居まで戻ってきて、母さんはいきなり立ち止りくずおれると、


「どうしよう、翔ちゃん。お母さん、またやっちゃった」


 号泣してオレにすがりついてきた。何度も言うようだが、ロボットなので涙は流れていない。あくまで内面的に、ということだ。


 本当に母さんなのか? オレの中の母さんの思い出というかイメージがどんどん崩れていく。


 母さんは階段に座って膝を抱えた。


「母さん……えっと、翔ちゃんにとってはおばあちゃんね。昔から対立してよくケンカばかりしていたの。ほら、あの性格でしょう?」


 母さんは苦笑する。


「私にも早く一人前のイタコになれって言って、中学を卒業してからは毎日修業三昧でうんざりだった。高校も行かせてくれなかったし。だから、おばあちゃんの目を盗んで時々高校に遊びに行ってたりしてたの。そこで当時臨時教諭をしていた真史さんに出会ったの。もう運命の出会いとしか言いようがなかった。私たちはすぐに恋に落ちたわ」


 親父との話になると母さんは恋する乙女の表情をしていた。ムカツクけど、可愛いと思った。子供の頃にはそんな話一度もしてくれなかったからな。


「おばあちゃんにもね、そういう人がいたのよ」


 母さんの表情に翳りが見えた。さっき言ってた『あの人』ってやつのことか? もしかして、オレのじいさん?


「おばあちゃんは忌野神社を継がなければいけなくなったから、その人と別れちゃったの。でも、その時にはお腹の中に私がいたって、松子伯母さんが言ってた。あ、松子伯母さんって言うのはね、おばあちゃんのお姉さんで」


 忌野神社の長女で霊感がなくてイタコにはなれず、一般家庭に嫁いだのだという。ちなみに、次女は竹子といって、霊感はあったがお化け嫌いだったため、イタコにはなれなかったらしい。で、三女のばあさんに白羽の矢が立ったってわけだ。


「おばあちゃんを忌野神社のしがらみから解き放ってあげたかったんだけどね。失敗しちゃった」


 母さんはペロリと舌を出した。


「それで母さんが夏恋の中に入ってずっと忌野神社を守っていこうとしたのか?」


「それは無理。いくら私が霊能力に優れているからって夏恋ちゃんの中に入ったまま降霊を行うことはできないから。今だって三分が限界だし」


 ばあさん同様、何気に自分の霊能力を誇示してんな。やっぱり親子なんだな。よく似てる。


「じゃあ、どうして夏恋の中に?」


「おばあちゃんを説得して夏恋ちゃんにイタコ修業をさせるため。それと……」


 母さんはオレの頭にそっと手をのせた。


「大きくなった翔ちゃんに触れて、いろいろとお話がしたかったから。だって、そばにいても霊じゃ翔ちゃんに気付いてもらえないでしょう?」


「母さん……」


 見た目は夏恋かもしれないけど、今のオレには笑った顔が母さんの顔に見えた。子供の頃によく見た柔和な笑顔だ。


「それと伝えたかったことがあったの。翔ちゃん、真史さんと仲良くしてちょうだい」


「それは無理だ」


「私が死んだのは運命なの。真史さんを責めないで。血の繋がった親子なんだから仲良くしてちょうだい。じゃないと、私とおばあちゃんみたいになかなか修復できなくなっちゃうから。ね、お願い」


 双眸をうるうるさせて言われると、これ以上何も言い返せない。


「努力はしてみる」


「ありがとう、翔ちゃん」


 母さんが感極まってオレを抱きしめる。また背骨をボキボキ言わされるかと思ったら、やさしく包み込むように抱きしめてくれた。懐かしい温もりだ。


 オレも思わず母さんの背中に手を回す。


 と、急に母さんがオレの顔を胸に押しこむように力を込めて抱きしめてきた。ロボットとはいえ、精巧にできた女の豊満な胸の谷間に顔を埋めるような形になってしまい、オレは息苦しいやら恥ずかしいやら複雑な心境になる。


「か、母さん……苦し……い」


「翔ちゃんって桃子さんのことが本当に大好きなのねぇ。可愛い。何なら私のこともお母さんって呼んでもいいわよぉ」


 顔を上げると、夏恋がおもしろいおもちゃでも見つけた子供のように無邪気な笑顔で見下ろしていた。


 オレは慌てて離れる。


 もう三分経っちまったのかよ? 普段は長く感じる三分間がこんなにも短く感じたのは初めてだった。


「お、お前……い、いつの間に夏恋になったんだ? アラームの音は聞こえなかったぞ」


「梅子さんに吹き飛ばされた時に時計が壊れたみたい。教授に修理してもらわなきゃ。もう梅子さんったら全然手加減してくれないんだもの」


 夏恋は腕時計をはめている左腕を振り回す。


「お前、ばあさんに吹き飛ばされたの知ってるのか?」


「もちろんよ。桃子さんが入っている時でも私の意識はここにちゃんとあるんだから。体の主導権が桃子さんになっちゃうだけ」


 そう言って、夏恋は自分の胸を指差した。


 要はひとつの体に二人の意識が混在していたってことか。そんなロボットを作ったってことは、母さんが言ってたように親父は本当にすごい奴なのかもしれないな。


 ん? 待てよ。夏恋の意識が体の中にあったってことは、母さんの前でのオレの言動は全部見られていたってことか? そう思ったら、オレは急に恥ずかしくなって、夏恋の顔をまともに見ることができなくなった。


 あいつのことだ。きっと小バカにするに違いない。


「それにしても、さすがの桃子さんでも梅子さんを説得できなかったみたいねぇ。ケンカまでしちゃって。最悪の事態だわ」


 だが、夏恋はそのことには一切触れてこなかった。お手上げといった感じで肩をすくめるだけだった。少し拍子抜けだな。


 ただのおせっかい巨乳怪力バカ女かと思ったが、こいつはこいつでイタコになろうと真剣に考えてんだな。


「ま、しょうがいなわね。なるようにしかならないんだから。悩むだけ無駄だわ」


 数分もしないうちに悩みを断ち切った。やっぱりただのおせっかい巨乳怪力バカ女だ。何も考えてない。


「あ、そういえば、教授今日退院するんだった。翔ちゃん、一度もお見舞いに行かなかったわよね。せっかくだから、一緒にお迎えに行きましょうよ」


「たかが腹痛くらいで見舞いなんか行くかよ。お前一人でいけばいいだろう」


「翔ちゃん、お母さんとの約束忘れちゃったの? 真史さんと仲良くしてくれるって言ったでしょう」


 夏恋が瞳を潤ませて母さんのマネをする。


 オレは舌打つ。やっぱりからかってきやがった。しかし、確かに母さんと約束したのは事実だ。守りたいという気持ちはある。だが、そう簡単に親父へのわだかまりはなくなりはしない。六年間の溝を埋めるのは容易じゃない。


「努力すると言っただけだ」


 そう言い返すのが精一杯だった。


「なら、私が協力してあげる」


 夏恋の次の行動は容易に予測できた。オレを担いで親父が入院している病院まで行くつもりだ。冗談じゃない。そう何度も女に担がれてたまるかよ。


 オレはすばやく夏恋との距離を取った。


「やっと追いついたよぉ、たぁいぃがぁー」


 いきなり背後から恨めしい声で誰かに羽交い絞めにされた。オレは即座にそいつを背中から投げ飛ばした。ごろんごろんと景気良く転がって、桜の木の根元に体をぶつけると「ぎょえ」という奇声を発して止まった。


「ひどいじゃないか、大河。ボクがトイレにこもっている間にお母様と二人で勝手に出掛けるなんて」


 トサケンは何事もなかったかのように起き上がり、オレの方へ駆け寄ってくる。目は窪み、頬は削げ落ち、皮だけの手足はまるでミイラだ。


「あ、そういえば、オレこいつと約束してたんだ」


 背に腹はかえられん。トサケンを利用して、この場から離れるぞ。


「約束って何なの?」


「男同士の約束だ。お前に教えられっかよ」


「約束? そんなのしたかな?」


「しただろうが。今日はお前の好きな所につき合うって」


「そうだったかなぁ」


「ほら、思い出してきただろう?」


 とぼけるトサケンに苛立ったオレはあいつの顔面を鷲掴みにして無理矢理うなずかせる。そして、そのままオレはトサケンを引きずって階段を下りていった。


「あ、もしかしてやっとヤクザになる気になってくれたとか?」


 階段を下りた所でやっとトサケンが気付く。


「あ、でもその前に一度家に帰るぞ」


 塩を被ったままじゃどこにも行けない。まったく、あそこで母さんがしゃしゃり出てこなければばあさんの所で風呂に入ることができたっていうのに、手間を取らせてくれるぜ。


 けど、あのままあそこにいたらオレはどうなっていただろうか。萌花を前にして、ずっと平静を装うことができただろうか。


 そんなことを考えるってことは、やっぱりオレは萌花のことが好きなのか?


「聞いてるかい、大河」


「あ、何だよ?」


 トサケンが横で九官鳥のようにギャーギャー言っているのが全然頭の中に入ってこなかった。


「もう一度言うよ。ボクが調べたところによると、尾仁市には暴力団は岩金組しかないんだ。先月、四代目が亡くなって五代目が跡を継いだらしい。今は駅前で消費者金融をやっているんでそこへ行ってみようと思うんだよ」


「あ、そう」


 行ったところで門前払いを食うのは目に見えている。バイトの時間まで適当にぶらぶらしてさっさとおさらばするだけだ。









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