第4章 意地っ張りと頑固者-2
「オレは行くとは言ってないぞ!」
夏恋に担がれ、忌野神社へと続く階段を上がりながらオレはそう叫んだ。
「でも、行かないとも言ってないわよね」
確かに言ってない。行けば萌花に会えるという気持ちが心のどこかにあったからだ。そんなオレの心の中を見透かしたように、夏恋がほくそ笑む。くそ。こいつ、本当にロボットなのか?
蝉が大合唱を奏でる参道を抜けて本殿へと向かう。オレは思わず萌花の姿を探すが、見当たらなかった。中にいんのか?
「二度と来るなと言ったはずだよ!」
本殿の入口に差しかかった時、ばあさんの怒声が聞こえた。
おいおい、オレたちまだ中にすら入ってないんだぜ、と思っていたら、格子戸が開いて男と女が追い出されるような形で出てきた。
男は髪の長さが肩まであり、青と白のストライプ柄のスーツを着ていて、金縁のインテリメガネをかけている。二十代後半、いや三十歳は越えているか? オーデコロンの匂いか何だがわからねぇが、金屏風みたいな派手な扇子であおいだ風に乗ってオレの鼻孔を刺激した。臭くて頭がクラクラしてくる。
「私、ヘビ嫌いなのよね」
夏恋が呟くのが聞こえた。夏恋にはあの男のイメージがヘビだったんだろうな。確かに執念深そうな顔をしてるな。
女の方はグレーのスーツ姿で、髪を一つに結い上げて黒縁のメガネをかけている。薄化粧で地味に見えるが、どこか人を安心させるような雰囲気を醸し出している。ヘビ男とは対照的に顔に汗などかいていない。こっちは二十五、六歳といった感じだな。
「まるで美女と野獣ね」
美女はともかくとして、どう見てもあれは野獣じゃねぇだろう。どっちかっていうと「越後屋、お主も悪よのう」「いえいえ、お代官様ほどではございませんよ」と腹黒い悪代官に小判入りの菓子折りを渡す越後屋の横で一緒になって媚びへつらっている番頭といった感じだ。しかし、夏恋が言うように変な組み合わせではあるな。
そういえば、下に黒塗りの外車が停めてあったが、もしかしてこいつらのか?
「まったく頑固な女ですね。手間をかけさせてくれます」
ヘビ男がすれ違いざまにしゃがれた声でそう言ったのが聞こえてきた。
不審に思ったが、この時のオレはさして気にも留めなかった。いや、正確には留められなかった。
萌花に会う。
そう思っただけでオレの心臓爆弾はカウントダウンを刻んでいたからな。
「こんにちは」
夏恋が中に一歩踏む込んだ瞬間、ばあさんの後ろで小さな樽のようなものを持ってきた萌花がすっ転ぶのが見えた。樽は萌花の手から離れて宙を舞った。白い粉状の物体をまき散らしながら。
それは舞い落ちる雪のようにオレと夏恋に降り注いだ……わけもなく、どばっと脳天に降ってきた。
口の中に少し入った。しょっぱいってことは、塩だな。さっきの男と女にまこうとしたんだろうな。
「きゃあ、どうしましょう!」
萌花は慌てふためきながら、オレの頭の塩を払いのける。相変わらずドジな女だな。結果としては悪くないような悪いような複雑な気持ちだ。萌花の顔をまともに見ることすらできないオレはずっとそっぽを向いていた。
「不幸中の幸いってやつかしら?」
夏恋は自分で塩を払いながら、オレを横目でチラリと見た。しかし、今は何も言い返せないのが腹立たしい。ったく、調子狂うぜ。
「お前にも二度と来るなと言ったつもりだったんだがね」
ばあさんが仁王立ちして怒気を含んだ声で静かに言った。違う意味で迫力がある。
「あら、翔ちゃん。言われちゃったわよ」
「オレにじゃねぇよ。お前にだろう!」
「そうなの?」
あっけらかんとした顔で、夏恋。こいつ、人の神経を逆なでするのが得意だな。ばあさんの表情がどんどん険しくなっていく。
「萌花。翔を風呂に案内しておやり」
「私は?」
「からくり人形にそんなものは必要ないだろう。とっととお帰り」
夏恋の足先が一瞬ピクっとなったのが見えた。
刹那。
「そんな言い方ってないんじゃないの、母さん! 夏恋ちゃんがかわいそうでしょう!」
母さん、降臨である。
また話がややこしくなりそうだな。
「お前、桃子かい?」
さすがのばあさんも動揺は隠せなかった。けど、夏恋の中に母さんがいることはすぐに理解できたらしい。
「どうして夏恋ちゃんにイタコ修業をさせてくれないの?」
「からくり人形が神の嫁になれるわけがないだろう。それはお前もよくわかっているはずだよ」
「夏恋ちゃんはそれができる子なのよ」
「そんな話信じられるわけないだろう」
「できるのよ! だって、夏恋ちゃんは母さんの代わりに忌野神社を守るためにと真史さんが長年の研究をもとにして作ったイタコロボットなんだもの!」
言った後で、母さんは慌てて口を閉じた。もしかして、ばあさんには内緒にしておくつもりだったのか?
「誰がそんなこと頼んだんだい? 自分たちの罪悪感を紛らわすためだけに作ったからくり人形をアタシに押しつけるんじゃないよ」
「違うわよ! 跡取りがいれば母さんだって安心してあの人の所に行けると思ったから!」
ばあさんの顔色が変わった。
あの人って誰だ?
「余計なお世話だよ。今は萌花っていう立派な跡取りもいる。お前はもうお呼びじゃないんだよ」
「意地っ張り! そんなんだからいつまで経っても一人なのよ!」
「お黙り!」
ばあさんは母さんの頬を引っ叩いた。夏恋の体が背後の格子戸と共に吹き飛んだ。
オレは目を見張った。オレが反抗してもビクともしなかった夏恋の体を退けちまうなんて。ばあさん、化けもんか?
けど、たいしたダメージは与えられなかったらしい。母さんはすっ飛んでばあさんの眼前に舞い戻ってきた。
「よくもかわいい娘をぶったわね!」
「アタシに娘なんていやしないよ」
「言ったわね。母さんがそのつもりなら私にだって考えがあるわ。今日限りで親子の縁を切ってやる!」
「そんなものは十八年前にとっくに切れてるんだよ」
ばあさんのするどい突っ込みに一瞬怯んだ母さんだったが、負けずと反撃を開始する。
「母さんの若作り! 孫に梅子お姉さんとか言わせちゃって恥ずかしくないの?」
「鼻たれ娘に何がわかる。神の花嫁である以上は若くて美しくなければならないんだよ。アタシほどの霊力があれば若さを保つことなんて造作もないけどね。修業をさぼってばかりだったお前には無理だろうがね」
「母さんの出べそ!」
「中学に上がるまで出べそだったのはお前の方だろう」
「母さんの料理下手!」
「それはお前も同じだろう」
「きーっ!」
母さんがまるで子供のように感情をむき出しにして悔しがっている。
何だかレベルの低い親子ゲンカになってきたぞ。萌花もどうしていいのかわからずに困惑している。
「帰るわよ、翔!」
「は?」
母さんがオレの手を引っ張った。
「こんな家二度と帰ってきてやんないんだから!」
母さんは別れ際にばあさんにあっかんべえして、オレを連れて駆けだした。




