第4章 意地っ張りと頑固者-4
のはずだったんだが。
「やっぱり大河と一緒に来て正解だったよ」
通された応接室を見回しながら、トサケンは革製のソファーに座った。さほど大きな部屋ではないのでエアコンもよく効いていて汗が一気にひいていった。
昇り龍の彫刻。
招き猫。
七福神。
茶器。
太刀。
その他にもわけのわからん彫刻品など。
個々に純金製と書かれたプレートがはまった台座にのっかっていた。成金の象徴のように思えて、オレは不快感を覚えた。
オレたちは尾仁市の駅前にある『ロック・ゴールド』をいう会社に来ていた。そこはヤクザを感じさせない若い女ばかりが働く職場だった。
「ホントにここヤクザの事務所なのか?」
「しっ、声が大きいよ」
さっきまでえらそうにソファーにふんぞり返っていたトサケンは膝をガクガク言わせながら、俺の口を押さえてくる。
こいつ、ビビッてんな。自分でもここまで上手く事が運ぶとは思ってなかったんだろうな。オレだってビックリだ。社長に会いたいと訪ねてやってきた一介の高校生をすんなりと応接室に通してくれるんだからな。
「ここまできてビビんなよ」
「ビビってなんかないさ」
トサケンは声を震わせながら胸を張った。
次の瞬間。
ガチャっと扉が開いた音がした。
トサケンは短い悲鳴を上げてオレに抱きついてきた。
おいおい、ビビりまくりじゃねぇかよ。だらしねぇな。
しかし。
「失礼します」
応接室に入ってきたのが飲み物を持ってきた女性だとわかった瞬間に、トサケンはオレから脱兎のごとく離れて威風堂々(には見えないが)とソファーに座ると足を組んでみせた。
「どうぞ」
ガラス製テーブルに上にオレンジジュースが入ったグラスを二つ置く。
「ありがとうございます」
トサケンは低い声で礼を言うと、オレンジジュースが入ったグラスをまるでワイングラスのように回してみせる。
「美しい方。お名前を教えていただけませんか? あ、失礼。ボクは戸佐賢祐と申します。トサケンとお呼びください」
一気飲みして空になったグラスを女の前に掲げた。かっこつけてるつもりかもしれないが、骨皮筋右衛門じゃ様になってねぇぞ。
やっぱりアホだな、こいつ。
「秘書の真坂鈴です」
女――真坂鈴もさすがにどう対処していいか困惑した顔をしたが、ずれたメガネを直してから名前を教えてくれた。
あれ、この顔。今朝忌野神社にヘビ男と一緒に来ていた女だ。ってことは、もしかして岩金組の五代目ってのは、ヘビ男なのか?
成り行きとはいえ、オレはヘビ男の傘下に入るつもりはねぇぞ。まあ入れるとは思っていないが。
「あなたは今朝の」
どうやら向こうもオレのことを憶えていたようだった。
「何、大河くん? キミこんな美しい女性とお知り合いだったわけ?」
トサケンが鼻息を荒げて訊いてくる。
「いや、別に知り合いってわけじゃ。今朝、忌野神社で」
「ステキな彼女とご一緒でしたわね」
「あ、それはきっと彼女ではありませんよ。あぁ見えてもあの人は大河くんのお母様なのです」
あの場にいなかったというのに、トサケンはまるで自分がいたかのように会話に割り込んでくる。
否定するのも面倒だし、まあ母さんが入れば母親なわけだし、どっちでもいいか。真坂鈴とは二度と会うこともねぇだろうしな
「若くて美人なお母さんでうらやましいわ」
そう言った真坂鈴の双眸はどこか悲しげに見えた。
「トサケン、帰るぞ」
「え? 急に何を言い出すんだい?」
「もういいだろう」
オレはヘビ男に会いたくねぇんだよ。しかし、トサケンは真坂鈴の手前もあり、引き下がろうとはしなかった。こいつ、女が絡むと理性がぶっ飛ぶからな。
すると、再び扉が開く音が聞こえてきた。
「お待たせして申し訳ありませんね」
しゃがれた声と共に、社長室と書かれたプレート(これも純金製のようだ)が貼られた隣の部屋から紺と白のストライプ柄のスーツを着た男が出てきた。
やっぱりヘビ男かよ。向こうはオレのことは覚えていないようだった。しかし、ここまできたらもう引き返せない。
「何せ小さな会社ですので、社長が動かないと仕事が回りませんでしてね」
「お、お忙しいところ、我々のような若輩者に時間を取らせてしまって誠に申し訳ありません!」
トサケンは慌てて立ち上がると、しゃちほこばってお辞儀をした。こいつ、完全に相手に呑まれてるな。さっきまでの余裕はどこに消えちまったんだよ。
ヘビ男はオレたちの前に足を組んで座ると、名刺を差し出した。今のトサケンは動転しまくっていてあてにならないので、オレが受け取る。よく見れば、枯れ枝のように細い指にはこれ見よがしに貴金属の指輪がはめられていた。笑ったら、歯が全部金でした、なんてのだけは勘弁してくれよな。
ロック・ゴールド。代表取締役社長、岩金仁志。
「当社で働きたいということですが」
「は、はい! 鉄砲玉でも何でもやります! だから、入れてください! ほら、大河のような目付きの悪い男がいれば他の組に眼付けでも負けたりしませんし」
おいおい、人をダシにして好き勝手なこと言ってんじゃねぇぞ。だいたい鉄砲玉の意味を知ってて言ってんのか? 鉄砲玉ってのは、敵対している暴力団の奴らを殺害する人間のことを言うんだぜ。お前にそんな役が務まるわけねぇだろう。返り討ちに遭って、錨と仲良く海に心中させられるだけだ。今のトサケンなら不味くて魚の餌にもならねぇだろうな。
「おやおや、穏やかではありませんね。うちはそんな危険な仕事を社員にはさせていませんよ」
「雑用でも何でもいいんです。どうかお願いします!」
トサケンは土下座する。そこまでする必要はねぇんじゃないか。
「やれやれ、困りましたね。そこまで我が社に入りたいというなら、テストさせていただきましょうか?」
「ありがとうございます!」
トサケンは頭がもげるんじゃないかと思うくらい何度もしつこく頭を下げた。
面倒くせぇことになってきたな。
「この娘を連れてきてくれませんか?」
岩金は懐から一枚の写真を取り出し、ガラス製テーブルの上に置いた。
「!」
オレは漏れそうになる声を必死に抑えた。
萌花じゃねぇかよ。どうしてこいつが萌花を?
オレは岩金を射殺すように睨みつけた。
「そんな恐ろしい目で見ないでください」
岩金は懐から金屏風のような扇子を取り出してあおぎ始めた。
横に立っていた真坂鈴の首にぶら下げている携帯電話が鳴った。応接室の隅で何度か受け答えをすると電話を切り、岩金に告げる。
「社長、例のモノが手に入ったそうです」
「そうですか」
岩金は扇子をたたむとオレたちの方へと向き直り、
「今のテストは冗談ですよ。確かに父はヤクザと呼ばれる稼業でしたが、私は堅気の金融業です。それに、あなたたちを雇うほど人材も不足しておりません」
時代劇に出てくる悪代官、いや越後屋の性悪番頭のように口の端を吊り上げてせせら笑う。
「私は忙しいのでこの辺で失礼させていただきますよ。鈴、彼らを丁重にお送りしてあげてください」
「わかりました」
岩金は社長室へと戻っていった。
「そういうわけですので」
「鈴さん、ボクは真剣なんです! ぜひあなたのお役に立たせてください! あなたのためなら死ねます!」
応接室の扉を開けて退出を促す真坂鈴の手を、往生際の悪いトサケンはどさくさに紛れて握りしめて懇願した。
真坂鈴はあくまで笑顔を装ったまま、トサケンの手を優しく引き離す。さすがは秘書だな。ゴキブリ以下の存在のような奴にでもちゃんと大人の対応をしてみせる。
「私が言うのも変ですけど、ヤクザになろうなんて考えは改めた方がいいと思います。ご家族が悲しまれますよ」
「その通りですよね。というわけだ、大河くん。ヤクザになろうなんてバカな考えは今すぐに改めたまえ。ぐえっ」
オレはトサケンの脳天にかかと落しを食らわせた。
何調子のいいこといってやがんだ、こいつは。ヤクザになりたいと言い出したのはお前だろうが。
「ここへは二度と来るつもりはない」
オレはそう短く言い放つと、白目をむいたトサケンの首根っこを掴んで『ロック・ゴールド』を出て行った。
そして、オレは路地に設置してあるゴミ箱にトサケンを投げ捨てる。
「ひどいじゃないか。大河」
首をコキコキさせながらトサケンがふらりと立ち上がる。
「自業自得だ」
「それにしても、鈴さんってまるで聖母のように優しい人だったなぁ。どうしてあんな人が岩金の秘書なんかやっているんだろう? はっ? もしや鈴さんは岩金に脅されて無理矢理働かされているのでは!」
おいおい、オレを無視するとはいい度胸だな。
「きっと鈴さんはボクに助けを求めていたに違いない!」
トサケンは拳を握りしめて力説する。ヤクザになる気がなくなったのはいいが、何か大きな勘違いをしているみたいだな。
それよりも気になるな。あいつら、萌花を誘拐するつもりでいるらしいが、何を企んでやがるんだ?
しかも、さっき例のモノが手に入ったとか言ってやがったな。まさかもう萌花を誘拐したってことなのか?
あいつらが何を企んでるかなんて、詮索している場合じゃねぇ。萌花がやばい。
「よし、これから鈴さんを悪の手から救い出す作戦会議だ。って、おい大河、どこに行くんだよ?」
オレは忌野神社に向かって自転車をこぎ始めた。




