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志真と悪夢の欠片たち 2

 思わず立ち上がってしまった志真を、ウィガーは不審そうな目で見た。しかし、そんな事を気にしている余裕は無い。

 ラスカゥルだ、ラスカゥルがいる!

 志真はざわざわと煩い音の中から、もう一度彼女の声を聞こうとした。どんなに煩いところにいても、それは難しいことじゃ無かった筈だ。ラスカゥルの声はいつだって、頭に直接響いてくる感じではっきりと響いていた。

 しかし、一向に聞こえない。気のせい?そんな事はないと思うのだが。

「おい、シマ。いい加減に座って大人しくしていろ」

 うんざりした様子のウィガーに言われ、志真は渋々椅子に座った。この椅子、冷たくて固すぎると思う。座布団とか欲しいところだ。

 それは兎も角ラスカゥルだ。確かに聞いた「シマ!」と呼ぶ彼女の懐かしい声。幻聴と言う奴、なのだろうか。それともやっぱり単に誰かの声を聞き間違えただけ?分からない。

 確かに少し、違和感は感じた。

 聞こえているんだけど、どこか遠いところから響いているみたいな。ラスカゥルの声だったら、もっとはっきり分かる筈。やっぱり、勘違いだったのだろうか。

 時間が経つに連れて、自信がなくなってくる。


 何だ


 志真はがっかりした気持ちで椅子に深く沈みこんだ。自然に顔が上を向く。乳白色の天井はキラキラと輝いていて綺麗だけど、少しだけ眩しい。何の石だろう。何か模様が描かれているようだけど、天井が高すぎてよく分からない。

 しかし本当に大きな教会だ。本日初公開の新築された聖堂は確かに立派で、集まった大勢のお客さんを興奮させている。芸術的っていうのだろうか。志真には何か良く分からないが、素晴らしいと喜んでいる人もいるようなので、きっと凄いのだろうと思う。

 例え、何か変な形、としか思えなくても。

 それにしても、今日のお祭りってどういうものなんだろう。

 下の方、真ん中辺りに舞台っぽいものがあるから、何か出し物があるのかもしれない。別に遊びに来ているわけじゃないのだが、わくわくする気持ちは抑えられなかった。

 舞台の両端に丸い穴が開いていて、そこから白い階段が斜めに伸びている。あれも何か仕掛けがありそうだ。階段はずっと上の方、壁からせり出した縦長のベランダみたいなところに繋がっていた。ベランダの奥にはドアが見える。

 あそこから誰か出て来るのだ、きっと。

 細長くせり出したベランダがある位置は、かなり高い。怖い気もするが、ちょっと上ってみたいとも思った。

 それにしても凄い人だ。

 先程よりも更に人が増え、もう席は殆ど埋まっている。上空に設置されたVIP専用みたいなボックス席にも人が入っていた。

 あの人達はシュターク教派なんだろうか。それとも単に騙されているだけ?ここにいる、大勢の人達はどっちなんだろう。


(そもそも、本当にここシュターク教派なわけ?)


 リキキの持ってきた話だ。本気にするなんて馬鹿ですの、とか言われてもおかしくない。想像するだけで、むかついてきた。

「……あのさ、ウィガー」

「何だ」

「ウィガーも、その、イスルド教信者っていうやつなの?」

「ああ。この国の殆どの人間はそうだ。とはいっても、それほど熱心に信仰してるわけじゃないが」

「じゃ、ここの人達も大体そうなんだ?」

「まぁ、そうなんじゃないか?」

 どうでも良さそうにウィガーが言う。駄目だ。埒が明かない、もうちょっと踏み込んでみよう。

「イスルド教の人かどうかって、見分ける方法とか何か無い?」

 ウィガーの濃い眉がぴくりと動く。しまった。踏み込みすぎたかもしれない。空色の瞳に疑念が宿った、ように見えて志真は焦る。

「いや、ほら例えば十字架とか!あー、えっと知らないかもしれないけど、うちの世界でキリスト教っていうのがあって。そこの信者の人とかは十字架持ってたりするんだけど。私は違うし、まー、良くは知らないけどさ」

「……お前、また妙な事考えているんじゃないだろうな」

「違うって、ただの、えーっと、知的好奇心、ってやつ?」

「………」

 沈黙が痛い。くそう。完全に怪しまれている。全力でスルーだ。

「あ、家は仏教だったんだ。だから一応数珠は持ってたよ。お葬式くらいでしか持った事ないけど。後はお守り、かな。お正月に初詣に行った神社で買ったやつ。全然ご利益なかったなー」

 あはははは、と乾いた笑いが漏れる。

 いや、考えてみたら本当に全然ご利益無くないか?最近の状況を振り返って、思う。そういえば、神社って仏教だったけ?いや、確か何か違った気がする。仏教は、寺院だ。他宗教だったから駄目だったのだろうか。

 うーん、と考え込む志真の隣で、ウィガーが疲れたように溜息を吐いた。

「そういう話がしたいんなら、ユーイにしろ。あいつは異世界研究に熱心だからな。喜んで話を聞くんじゃないか?」

「絶対嫌」

 全力でお断りだ。


 結局、肝心の手がかりも、手がかりを見つけるための方法も分からないまま、開始の時間になった。志真の位置から正面左手側の階段から、真っ白な裾の長いつるんとした服を着た女の人が上ってくる。鈴のようなものを持っているようで、彼女が歩くたびにしゃりんしゃりん音を立てていた。

 ざわついていた聖堂は、波が引くように静かになっていく。

 真っ白な長い髪を靡かせて、女性は舞台の端へと移動する。ここからでは顔は良く見えないが、雰囲気的に美人だ。続いて、階段の下からぞろぞろと、今度は黒い服の集団が現れた。男も女も同じ服。腰の辺りを紐で縛るワンピースみたいな格好だ。

 ただし男の場合は、下にズボンを履いている。

 伊吹もフィオーネも同じ格好だった。教会の制服にしては、何か胡散臭い感じの。でも誰も特に何も言わないから、あれが普通なのかもしれない。

 出てきた数十人の男女は、舞台の上で輪になった。

 指を組み合わせて、お腹にあてる。やがて聖堂に、パイプオルガンのような音が鳴り響いた。どこから?辺りを見渡すが、それらしきものは無い。ただ音だけが会場全体に響き渡っている。

 舞台の上の男女が歌い始める。それにあわせて、客席の人々も歌い始めた。大合唱だ。勿論知らない歌だったので、志真は聞いていることしかできない。ゆったりとした曲調の、ちょっと物悲しい雰囲気の歌だ。

 歌詞の意味は分からない。

 歌っているせいで、一層言葉が分かりにくくなっていた。私たち、光、雨、そんな言葉が辛うじて聞き取れた。歌にあわせて、白い髪の女性が舞台をくるくる回りながら踊っている。手首や足首で、きらきらと何かが光っていた。

 歌が終わると、再び聖堂は静寂に包まれる。不思議な雰囲気がその場を支配していた。胸が圧迫されるような、息苦しさ。しかし不思議と嫌ではない。興奮と、期待と、それから少しの不安。泣きたくなるような、安心感。


 何、これ。


 皆が同じような顔で、息を詰めていた。

 上の、細長いベランダみたいなところに、人が立った。遠くてはっきり見えないが、白い服を着た男だ。多分、そんなに若くない。

「この良き日を皆様方と迎えられたことを、主に感謝します」

 良い声だ。ちょっと枯れているけど、深みがあって良く響く。

「遥かなる昔の今日この日、1人の神が意思と信念と使命を持ってこの地に生まれました。過ちを続ける人々に嘆き、救いを与える為。正しき道へと導く為。己の全てを投げ打って、人々を救おうとした、その行動は今も尚私たちの胸に深く刻み込まれています」

 声は良い、が。知らない単語が多すぎて、何と言っているかさっぱり分からなかった。

 神とか人々とか、そういう単語が出て来ているから、きっと宗教について話しているのだろう。

 こんなシーンと静まり返っていては、ウィガーに聞くわけにもいかないし、大人しく椅子に座っているが、退屈で寝てしまいそうだった。

(何か朝礼の校長先生の話みたい)

 あれも長く、退屈だった。時々貧血で倒れる人もいたっけ。ここではみんな椅子に座ってるから、まだマシなのかもしれない。

 他ごとを考える間にも、長々と話は続いている。

「神が伝えようとしている事は何なのか、私達はそれに気がつかなければなりません。常に目を開き、耳を傾ける事こそが、過ちを犯さない為に必要な事なのです」

 眠気を誤魔化す為に、志真は瞬きを繰り返した。

 どうにも、眠い。

 昨日、遅くまで起きていたせいだ。


 シマ!


 びく、と志真は体を揺らした。眠気が一気に吹き飛んだ。まただ。また聞こえた。今度は確かに、絶対に。

「……ラス?」

 そっと小声で呼んでみる。

 今度はもっと、はっきりと声が聞こえた。


 シマ、逃げて!


 切羽詰ったような言葉に、志真は思わず立ち上がっていた。

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