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志真と悪夢の欠片たち 1

 シマ


 名前を呼ばれた気がして、志真は振り返った。周りには沢山の人がいる。老人から子供まで、男も女も。様々な色彩を纏い違う少しずつ形の違う人々の姿を見渡すが、知っている顔は見つけられない。

 ただ、後ろにいる渋い顔をした男以外は。

「急に立ち止まるな」

 邪魔だろう、と相変わらず小言を呟くウィガーに、志真は目を向けた。

「今、呼んだ?」

「いいや」

 まぁ違うか。何だか女の人の声だったような気がする。

「……って、アルジャラーは!?」

 気がつけば、一緒にいた筈の小柄な緑色の少女がいない。

「………俺に聞くな」

 どうやらはぐれてしまったらしい。この人ごみでは探し出すのは無理だろう。常にぼうっと、ふらふらしている少女のことはかなり心配ではあるが。

(大丈夫、かな。でもあれ、アルジャラーの声じゃなかったような)

 もっと、大人の声だった。

「あ、もしかしてフィオーネかも」

 先程この馬鹿でかい聖堂の前で会った友人の姿を思い出して、志真は上を見た。ドアは遠く、この人ごみでは声が届くとは思えないが。

「バイト、知ってた?」

「……ああ」

 ふうん、そうか。

 かなり面白くない気持ちだ。志真は全く知らなかった。フィオーネがバイトをする事も、一緒に伊吹がいる事も。

(別に良いけどさ)

「どうしよう、アルジャラー大丈夫かな」

「……これで探すのは無理だぞ」

 ため息混じりに言われてむっとする。確かにそうかもしれないけど、少し冷たくないか。アルジャラーの小柄な姿を思い出して、志真は後悔した。手を繋いでおけば良かったのだ。つい、聖堂の大きさに目を奪われてしまったのもいけなかった。

「とりあえず、ここに止まっていても仕方が無い。どこかに座るぞ」

 心配だが、どうしようも無かった。

 元々、偶然教会の前で出会っただけで、一緒に来たわけではない。

 それに、ここは仮にも宗教の場だ。そう思うと、かなり大丈夫な気がしてきた。何せイスルド教……というのは表向きで、本当はシュターク教派かもしれない場所なのだ。シュターク教派とは、異世界人がとても大切にされるというかなり変わった宗教である。



 ニトロの説明は結局よく分からなかった。分かったことをは次の2つ。

 1つ、シュターク教派は異世界人を神の使いだと信じている

 2つ、シュターク教派は異世界人を監視下においている者たちを神の敵だと思っている

 だから、異世界人を『救う』為に、シュターク教派は宿屋の営業妨害を続けている、らしいのだ。うん、意味が分からない。

 ニトロも確たる証拠は無いと言っていた。只の予想、でも。今はそれ以外に手がかりが無かった。それでとりあえずシュターク教派とやらに探りを入れてみようと思った、のだが。

 シュターク教派はあまりに過激な思想や行動に走るものだから、今は取締りの対象となってしまっていたのだ。シュターク教派を名乗れば捕まる。そんな状況でわざわざシュターク教派を名乗る人はいない。例え実際はシュターク教派を信仰していたって。

 志真にしても、ニトロから忠告を受けた。

 シュターク教派に自分から近づいた事が知られれば、マズイ事になるぞ、と。やめておけと言われた。『お前の手には負えないから』悔しいが、正しい。

 大体、近づこうにもその方法すら分からなかった。


 そんな志真に、この教会の情報を持ってきたのは天敵ともいえる吸血鬼の少女、リキキだった。

 午前中の学校。

 窓際で、暖かい日差しを浴びながら眠るアルジャラーがいた。志真は解読中の絵本を開きながらも、他ごとを考えていた。宿屋の現状とシュターク教派のこと、それからモクのことを。

 ぼんやりしていたために、背後から近づく密やかな足音に気がつかなかった。

「相変わらず無能な生ゴミですの」

 唐突に吐きかけられた暴言で初めて、志真は彼女に気がついた。ちなみに、無能の意味は分からなかった。むっとしながら振り返ると、黒いドレスを身に纏った華奢な少女がいた。リキキ。病的なほど青白い肌に、大きな赤い瞳。人形のように整った美少女は、志真を蔑むような目で見下ろし、黒いレースの日傘をくるりと回した。


 ここは教室の中だ!


 と、言いたいけど言えない。

 教室の中で、いや、彼女の姿を見るのは、彼女が宿屋にやって来て以来だった。その時のことを思い出して、少しだけ気まずい気持ちになる。

 そんな志真の後ろめたさを見透かすかのように、リキキは赤い唇の端を吊り上げた。

「あんまりに愚かで、哀れみすら感じるのです」

「……何よ。口、話すしないって言った」

「良く考えてみれば、虫に本気で怒るのも馬鹿馬鹿しい話ですの。あなた、探し物をしているでしょう?私がその場所、教えてあげます」

「なに?」

 色々な意味で、不審だった。探しているものを、教えると言っているようだが、まずそれが何を指しているのかが分からない。そんな志真に、リキキはそっと顔を寄せた。耳元でそっと、微かな吐息を漏らす。


 シュターク教派


 そう、確かに聞こえた。はっとする志真の手に、リキキはメモを手渡した。

「何で」

 間近で、血のように赤い瞳が妖しく煌めく。

「この世にモク様を助けられる者がいるとしたら、彼らしかいないのです」

 ……何か勘違いが発生しているような気がする。

 志真がシュターク教派を探している理由は、彼らと親しくなるためではないし、モクを助けてくれるように頼むためでもない。

 確かにシュターク教派の考え方なら、モクのことを話せば味方になってくれそうな気がする。危険を冒して、手段を選ばずモクを自由にするかもしれない。でも、それって何か違う。モクだってそんな事をされても、喜ばない気がする。

 それに、宿屋に対する彼らのやり方は、絶対に許せるものではない。

「5日後、ここでお祭りがあります。参加すると良いのです」

 それが、イスルド神の聖誕祭だった。


 リキキから渡されたメモには地図と、シャーリン教会の名前が書かれていた。調べてみるとそこはイスルド教の教会。最初は「はぁ?」と思った。またリキキの嫌がらせかと。無駄なことをさせてあざ笑う、それくらいの事はしそうであるし、されてもおかしくない。

 しかし、もしも本当だったら。


 シュターク教派を堂々と名乗ることはできない。だから表向きはイスルド教を名乗っている。カモフラージュだ。ありえない話ではない。

 現にドラマや映画でそういう話を見たことがある。枝を隠すには森の中、死体を隠すには……なんだっけ?

 確かめる必要があった。

 イスルド神の聖誕祭は確かに絶好の機会だった。何でも人が沢山集まると言うし、その時ならたとえ信者じゃなくても教会に行ったっておかしくない。


 最初は伊吹を誘おうと思ったのだ。しかし何かにつけて志真を邪険に扱う伊吹は、今回もさも迷惑そうに断った。事情を話そうとも思ったが。

(いっさんは絶対嫌がる。その上絶対邪魔してきそう。それにまた嫌味とか小言とか山ほど言う、絶対言う!)

 と言うことで、止めた。

 最悪の場合は一人でいくしかない。ダメもとでウィガーにお祭りに行きたいと言ってみたら、何と了承してくれた。大分、渋々ではあったが。


 とにかく、今のところは順調だ。

 後は、ここがシュターク教派の隠れ家であるかをつきとめるだけ!


 ……どうやって?


 あれ。

 椅子の列の中段で、志真は我に返った。しまった何も考えていない。

 どうすれば。

 必死で考える志真の耳に、再び声が聞こえた。今度のは、先程よりもはっきりと。


 シマ!


 懐かしい声に、志真は目を見開く。それは確かにラスカゥルの声だった。

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