志真と秘密の面会騒ぎ 6
今すぐどこかに逃げ出したい。
張り詰めた空気の中、志真は椅子の上でひたすら小さくなっていた。正面には、世にも恐ろしい顔をしたウィガー・ハルベルトと、冷ややかな眼差しを向けてくるリザレット・クラウラがいる。隣では、巻き込まれた形の各務伊吹が渋面を作っていた。
窓も無い、5畳ほどの狭い部屋だ。皆が座っている椅子と、間にあるテーブルの他には何もない。
「何故こんな真似を?」
リザレットが溜息を吐きながら聞く。すっかり呆れられている。
「……ごめんなさい。ただ、どうしてもモクに会って、話したかったから」
見つかったら怒られるだろうとは思っていたが、まさかこんな大事になるなんて思っていなかった。選ぶ日を間違えたかもしれない。
「短絡的ですね。それで、今回の計画は誰と?」
短絡的……。ぐさりと刺さる言葉だった。しかし言い返せない。項垂れつつ、後半の言葉に首を傾ける。
「誰と?いや、私一人で考えて」
「誰にも相談はしなかったのですか?唆されたりはしていない、と」
「してないよ!どっちかっていうと、無茶はするなとか止められてて……」
リキキには挑発されたけど。ここで名前を出すと余計にややこしい事になるのは、志真にも分かる。
「一人で」
何故か、リザレットは納得できないといった顔で、志真を見ている。
「本当に私だけだよ。良くない事だっていうのは、分かってた。だから、また他の誰かを巻き込むのは駄目だって思ったし。なるべく、誰にも迷惑はかけないようにしたかったから」
「……充分、迷惑をかけられているが」
そこで初めて、ウィガーが口を挟んだ。胡乱な眼差しを受けて、志真は首を竦めた。
「ごめん、つい名前言っちゃって」
「そういう問題じゃない。黙っていたところで、すぐに分かる事だ」
「そうだけど。でも、今回の事は私がウィガーにもばれないようにって気をつけてたことだし。大丈夫、どんな処分でも受けるから」
覚悟はした。
そう言うと、ウィガーが更に眉根を寄せた。眉間に深く刻み込まれた皺が、彼の怒りの深さを表しているようだ。
「お前は何も分かっていない」
低く静かな声だった。
「どんな処分でも受ける、だと。馬鹿か。そういう態度が偉いとでも思っているのか。しでかした事の責任も取れないガキの癖に大口を叩くな。未成年で、滞在期間が1年に満たないお前が何かした場合、一番責任を問われるのは保護者だ」
それは、つまりウィガー・ハルベルト。
志真は軽く目を見張った。
「え、そうなの」
「そうなっています」
リザレットが素っ気無く肯定した。それは、何というか。流石の志真も申し訳ない気持ちになってきた。
「ご、ごめん、ウィガー。私、知らなくて」
「一応、施設を出る前に教えましたけどね」
「え!?嘘、全然記憶に無いんだけど」
「……馬鹿」
伊吹が追い討ちをかける。
3者から、馬鹿を見る目つきで見られている。もう何も言えない。だが。施設を出る前の短い期間で、あんなに一気に説明されても、覚えきれるわけが無いのだ。
とは思うものの、口には出せない。
知らなかったではすまない。
どんなに言い訳をしたところで、ウィガーに迷惑をかけてしまう現実は変わらないのだ。
どうしよう。
志真は青くなった。
「ごめん、本当にごめんなさい。謝って済む話じゃないけど。あの……処罰とかって、どうなるの」
ウィガーもどこかに捕まってしまうのだろうか。保釈金とか、そういうのがいるなら、ちょっとは志真も協力できる。本当に、微々たるものだけど。
リザレットが口を開くのを、志真は固唾を飲んで見守った。
「今回は幸いにも、処分はありません」
予想外の返答に、一瞬反応が遅れた。
「え?」
無い?無いって言ったのか、今。とても信じられなかった。
「厳重注意で釈放です」
「……な、何で?何それ」
ここまで大事だという雰囲気をかもし出しておいて?良かったし、嬉しいけど、納得できない。そんなに大したことない件で、皆から責められていたのだろうか。
(そりゃ、悪かったのは私だけど)
むくむくと、志真の心に湧いてきた不満。それを見抜いたかのように、リザレットが鋭い目で志真を見る。
「言っておきますが、今回は特別です。本来なら相応の処分が下されるのですが、今回は色々な問題が重なったこと。更に、貴方が助けたお方の温情があったこと。運が良かったのだということを忘れないように」
「あ、私が助けたって、部屋にいた子どもだよね?大丈夫だったんだ」
「……ええ。おかげさまで」
人助けをした事が、結果的に志真の……ウィガーの身を助けることになったようだ。
良かった。
自分の行動を反省するばかりだったが、それでも一つ、誇りに思える行動ができた。
下手をしたら、死んでいたかもしれないけど。見捨てなくて本当に良かった。
「でも、あの変な動物の骸骨とか被った人達って、何だったの?」
一瞬間を置いて、リザレットは言った。
「調査中です」
***
きな臭い。
今日一日で起きたことを考えれば、志真の件も無関係とは言い切れなかった。しかし、敢えて追求することなく、リザレットは彼女を解放した。
「……良いのか?」
ウィガーの問いに、リザレットは頷く。
「どうせ大した事は知らないでしょう。それに」
ほんの少し目を細めて、溜息を吐く。
「王家の意向でもある。仕方ありません」
黙って聞いていた伊吹だったが、思わず声を上げてしまった。
「王家?」
「ええ。……今日は、ユリウス殿下による定例視察会の日でした。今回はそれに、チャタレイ殿下が同行していたのです。やんちゃな方で、一人で姿をくらませた後にあの騒ぎに」
という事は、あの悲鳴の主は王子だったのか。
志真の無茶な行動が、王家に恩を売る結果に繋がったようだ。運の良い奴である。
この国での一番の権力者である王を始め、身分の高い貴族達は首都ブラスタに住んでいる。ブラスタは、空に浮かぶ小さな島らしい。言葉の通りに、雲の上の住人。知り合う機会などまず無いと言って良い。
しかし、その王家の人間が定期的に視察に来ているとは、初めて知った。
「じゃあ、今回の騒ぎは王子を狙ったのものなのか?」
「シュターク教派の者達は、そうでしょうね。彼らは異界から持ち込まれた宗教と神に心酔しています。異世界人を神の遣いとして特別視し、その為管理している王家を排除すべき悪として考えている」
「神の遣い……」
ひく。
元々、信仰心の薄い伊吹には、宗教は厄介で怪しいものという偏見があった。その上、子どもを襲ったり、妙な格好をしていると聞いてしまえば、もうまともな人達だとは思えない。
神の遣いとして扱われるなら、待遇は良さそうだが、あんまり係わり合いになりたくない相手だ。
「……者達、は、って。他にもいるのか?」
「一部システムをダウンさせたのは、異世界人排斥派の過激派です。彼らの目的は、保護施設内にいる異世界人の殺害」
「前、捕まえた奴らとは別か?」
ウィガーの問いにリザレットは頷く。
「最近、何故か増えているようですね」
若者の間でブームとなっているようです、という文句が何故か頭に浮かんだ。物凄く、迷惑な話だった。
「それに、門のところではいつもの異世界人の人権を守るデモもありました。途中から、反異世界人グループと乱闘になる騒ぎで。まぁ、こちらはいつも通り」
恒例なのか。
もしかして、裏口から出されたのはそういう理由なのだろうか。
「結局、吸血蜘蛛を施設に逃がした者が誰かは不明」
「吸血蜘蛛?」
「洞窟等に生息する攻撃性の高い生物です。小さいですが、大群で襲い掛かる。主食が血液で、人も襲います」
ぞっとした。ただでさえ、蜘蛛はあまり好きになれない伊吹だったが、もう見るだけで嫌いになりそうだ。
「……っていうか、何かおかしくないか」
一日で、色々と起こりすぎだ。
「おかしいですよ。この騒ぎに紛れて、地下に侵入した者がいる形跡があります」
「地下って」
あの化物がいるところだ。
「……大丈夫なのか」
「非常事態です」
そう言うリザレットの顔は、いつも通り能面のようだった。




