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志真と秘密の面会騒ぎ 5

 灰谷志真。

 自分と同じ、妙な世界に来てしまった不幸な日本人。よりにもよって女子高生。想像する女子高生像とは違ったが、それでも厄介そうな人間に思えた。

 何と言っても馬鹿だ。

 友達に会うために、ほいほい封鎖区域に足を踏み入れるような女だ。多分、その意味を志真は分かっていない。

 何故その区域が区切られているのかというと、危険だからだ。

 危険な力を持つ異世界人、そして、敵対者。

 そこに志真の言う友人がいるとするなら、そのどちらかなのだろう。


 問題は、壁が消えたことだ。

 建物を隔てるあの壁。あそこが入り口になっている事も知らなかったが、あのタイミングで入り口が開いたことも気になる。志真がやったとも思えなかった。あの警報音と何か関係があるのか。

 大体、職員の誰も駆けつけてこないのもおかしい。


 一体、何が起こっているんだ。


 伊吹は不安だった。今にも地下から、あの化物が這い出てきそうで。志真に構っている場合ではなかったかもしれない。

 逃げた方が良い、か?


 考え込みながら歩く伊吹の後ろを、すっかり元気を無くした志真が歩いていた。


 もうちょっとだったのに、モクに会う事すらできなかった。これじゃ、リキキに罵られても仕方が無い。情けなくて哀しくなる。

 今から引き返そうかと、何度も考えた。でも、例え伊吹を振り切って、引き返したところでモクの居場所が分かるわけでも無い。うろうろして、誰かに見つかるのがオチだ。

 結局、自分一人じゃ何もできない。


 消沈しつつ、階段を下りていた時だった。階下から、悲鳴が聞こえた。子どもの、多分少年のものだろうか。ただ事ではない絶叫に、2人は思わず足を止めた。

「な、何」

「……分からない。けど、何かやばそうだ」

 甲高い叫び声は、何を言っているのか聞き取れないが、助けを求めているように聞こえた。子どもが何か危ない目にあっているのだ。志真は堅い表情で黙り込んでいる伊吹を見上げた。

「行こうよ」

「……行って、どうしようもない事態だったらどうする」

「どうするって、だって行ってみないと分かんないじゃん。大体、子どもが助けを求めてるんだよ!フツー行くでしょ!」

「普通って何だ。大体、二次災害の危険があるから素人が手を出す方が迷惑なんだ」

 それらしい事を言う伊吹を、志真は冷めた目で見た。偉そうな態度を取っておいて、結局は。

「怖いだけでしょ。男の大人の癖に情け無い」

「煩い。大人だから慎重になるんだ」

「弱虫!」


 これ以上付き合っていられない。


 悲鳴は途切れ途切れに続いている。志真は、伊吹を追い越し走り出した。2階の廊下に降り立って、声のする方向を確認する。すぐに怪しい黒フードの人物達を発見した。人数は全部で3人。手に大きな斧みたいなものを持って、ドアを壊そうとしている。

 がつがつと、ドアが攻撃されるたびに、中から少女の悲鳴が上がっていた。多勢に無勢、その上相手は刃物を持っている。早く助けなきゃ、と思うのに、足が動かない。

 どうしようもない事態だったら、という伊吹の声が蘇る。

 弱虫、と罵ってしまったが。

(怖くなって当たり前だ。だって、ここは日本じゃない)

 何があるか分からない、予測のできないところなのだ。志真は普通の女子高生で、多少運動神経には自信があるものの、喧嘩なんかしたこともない。

 そもそも、あれは喧嘩のレベルを超えていそうな相手だ。

(助けるなんて無理。……でも、多分)

 ちょっとくらい、時間を稼いだりはできるかもしれない。そうしたら、誰か。今は何処にいるか分からない施設の職員とかが、来てくれるんじゃないだろうか。既に全員殺されているとか、そういう事態でなければ。

(いやいや、まさかそんな)

 嫌な想像を振り切るために、軽く頭を振る。

 これだけの事態だ。警察、とかそういうところにも、通報が行っているかもしれない。いや、待て。窓を開けて大声で叫べば、相手の注意も引けるうえ、外に助けを呼べるかも。


 よし、と志真は大きく息を吸い込んだ。一番手近にあった窓を思い切り押し開く。そして。


「火事だー!じゃ…なくて、大変!子ども、死ぬ!助けてー!」


 最初にうっかり出てきたのは、何かあったらこう叫べと言われていた言葉だった。勿論、異世界では通用しない。こちらで火事って何ていうのだろう。知らないから、とにかく知っている中で緊急性が伝えられそうな言葉を喚く。

 ドアに向かっていた黒フードの男達が、一斉にこちらを見た。

「ひ!?」

 思わず悲鳴が上がりかけた。物凄く趣味の悪い事に、全員獣の骸骨を被っている。何それ、ファッション?流行っているの?

 おそらく顔を隠すためというのが正解だろう。鼻の下まで覆われて、口元くらいしか分からない。怖すぎる、志真はごくりと息を飲んだ。


「異世界人か」


 いきなり襲い掛かられるような事は無かったのは、意外だった。その問いになんて答えれば良いのかわからない。異世界人かどうか確かめて、どうするんだろう。もしかしてこの人達が、ウィガーの言っていた過激な異世界人排斥者たちなのだろうか。

 正直に言った途端、殺されたりして。笑えない想像が頭を過ぎる。

 ウィガーの嘘つき!と志真は心の中で罵った。犯人は全員捕まったって言っていたのに。

「どうした。まだ言葉が分からないのか」

「……異世界人だったら、何!?」

 ヤケになって叫び、志真は身構えた。いつでも逃げられるように。

 しかし。


「神の導きにより、この世界の導き手として降臨された異界の客人よ。我らの仲間の愚かな行いを代わってお詫び申し上げる」

「……は?」


 何だって。小難しい言葉ばかりで、さっぱり分からない。でも、何か様子がおかしい。襲ってくる気は無いようだ。それとも、油断を誘っていきなり、とかそういう手なのか。

「この迎合は、我ら神の思し召し。神の意思は確かに我らの手に!」

 白い掌を掲げ、高らかに叫ぶ。

 さっぱり分からなくとも、何だかヤバイ雰囲気だけはばっちり伝わってくる。例え言葉が通じても、意志の疎通を図れるかどうか。

 びん、といきなり、耳に幕が張ったみたいになった。

 次の瞬間、展開についていけない志真と、黒ローブの男たちの間にあった窓ガラスが、音を立てて砕け散った。細かい硝子片が、キラキラと舞う。風と共に飛び込んでくる人影が、身を翻して逃げていく黒フードの男たちを追いかけていく。

 ただ一人、志真だけが動けなかった。

 割れた窓から、次々と男達が入り込んでくる。皆同じ、白に金の刺繍が入った服を着ているから、何かの制服なのかもしれない。警察とか、軍隊とか、そういうのだろうか。


 助かった、のか?


 制服の一人が、こちらに近づいてきた。随分と険しい顔をしている。

「お前は何者だ。何故ここにいる」

 私も何か疑われている!

「わ、私は、シマ、ハイタニ。異世界人で、えーっと」

「異世界人?……保護者は誰だ」

 反射的に志真は答えていた。

「ウィガー・ハルベルト!」


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