表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/193

志真と波乱の幕開け 4

 広いテーブルいっぱいに、辞書やら紙やらを散らかして、志真は唸っていた。

 何でこんなややこしい言葉ばっかりなんだろう。本当に嫌になる。以前にウィガーから貰った辞書は分かりやすいけど充分ではなくて、そこに無い単語もいくつかあった。

 異世界人の特有の、力?それを使ってはいけないとか、大体そんな事が書いてあるのは分かった。力って何。良く分からないが、やっぱりあの時の事のような気がする。

 志真を助けてくれたのは、モクだった。

 モクが何をしたのか、分からないが。もしそれが、ここに書いてあるような異世界人の力とかいう奴だったら。


 私のせいだ。


 志真を助ける為に、モクは。

 指の先から力が抜けていく。

 どうしよう。

 呼吸が速くなる。心臓がぎゅっと掴まれたように苦しい。


 モクが学校に来ないのも、保護施設に捕まってしまったのも、自分のせいにしか思えなかった。能天気な自分を殴りたい。どうして気がつかなかったんだろう。

 昨日、リキキが言っていたのも、きっとその事だったのだ。

 分からなかった。

 モクは志真を助けてくれたのに、志真はモクがそんな目にあっている事も知らないで、能天気に過ごしてきてしまった。不自由な生活に文句を言って、ラスがいなくて不安だとか、ウィガーが帰って来ないから何も分からないだとか、言いながら。

 私の馬鹿!

 何でもっと真剣に考えなかったんだろう。


 どうする、どうしよう?異世界人保護施設の場所は分かるし、行ってみようか。違う、それよりもウィガーにまず話を聞かないと。今度こそちゃんと、モクがどうなっているのか。

 今すぐに。

 志真は立ち上がった。

 拍子に座っていた椅子が、がたりと音をたてる。

「おう、やっと終わったのか」

 少し離れた場所で机に顔を伏せ、居眠りしていたニトロが顔を上げた。

「帰る」

「は?」

 驚きに目を丸くしたニトロを置いて、志真は走り出そうとした。慌てたニトロが素早く志真の右手を掴む。反動でのけぞった。

「離して!」

「こら、落ち着け。大丈夫だから、な」

 ニトロの力は強い。右手を引っ張り、志真の体を自分の正面へ向けさせると、もう片方の腕も掴まれた。動けない。

「ニトロ!」

「お前一体、どこへ何しに行くつもりだよ」

「……ウィガーに、聞く」

「ウィガーって誰だ?ああ……お前の保護者か。馬鹿だな、お前。聞いて教えてもらえるとでも思ってんのか?それに、もし聞けたとして、その後どうするんだ。何かできるのか。変えられんのか?」

「離して」

 ニトロが何を言っているのか、何となく分かった。泣きそうになって眉間に力を入れる。悔しかった。


 この世界で、志真の知らない事は沢山ある。

 何から聞けば良いのかも分からない。何を知っておかなくてはいけないのかも。それでも何とかなるって思っていた。


 駄目なんだ。


 それじゃ、駄目だった。

 今だってモクを助けたいと思うのに、何をすれば良いのかさっぱり分からない。

 モクがした事がどういう罪になるのか。自分のせいだからと証言したら、許されないかな。どこの、誰の言えばいいのか。知りたいことも、聞きたいことも、沢山あるのに分からない。

「だから、落ち着けって」

 小さい子どもにするように、頭をぽんぽんと撫でられる。

「モクなら大丈夫だ。ハルも。頼むから短気を起こすな。お前まで保護施設送りになったら、モクが悲しむだろ」

 低く囁くような声は、歌のように心地よく響く。ニトロの鋭い3つの目から、目が離せなくなる。綺麗な色。緑色と、光っているみたいな黄色。

 黄色?

 ふと覚えた違和感も、ぼんやりとした思考に沈んでいく。

 何だろう、たくさん考えなくちゃいけないのに。何も考えられない。

 ウィガーに聞かなくちゃ。何を聞くんだっけ。モク。

 モクを………。


「心配すんな。悪いようにはしねぇから」


 最後のニトロの呟きを、志真は聞く事ができなかった。



***


 胸騒ぎがした。

 背筋を這う悪寒に身を震わせて、ウィガーは顔を顰めた。一体何なのだろう。最近のつきの無さは異常だ。面倒事ばかり押し付けられているような気がするのは、絶対に間違いない。

 長年の友人であり、腐れ縁でもあるユーイの顔が頭に浮かんだ。

 あいつと縁を切るべきだろうか。

 真剣に悩むところである。

 菊乃は大丈夫だろうか。彼女のお陰で、ここ最近、異世界人を襲撃していたグループを捕まえる事はできた。

 だが、やはり止めるべきだったのだ。

 最後に見た菊乃は酷く青い顔をしていた。目を伏せじっと息を顰め、何かに怯えるように小さくなっていた。きっと、怖かったのだろう。かける言葉も見つからなくて、そのまま会わずに帰ってきた。

 宿屋の仕事を休業して、知らされないまま囮にされている菊乃の様子を、遠くから見守っていた。一応、何かあった時に対処できる距離にいたつもりだ。

 だが、まさかヤックに紛れ、空から来るとは。

 あの日、妙に騒ぎが多かったのも、敵の策の一つだった。

 空へ連れ去られてしまえば、ウィガーに追う事はできない。すぐにユーイに連絡を入れ、救援を送ってもらった。

 正直、間に合わないだろうと感じていた。

 多分あのハルラックという獣人がいなければ、菊乃は死んでいた筈だ。


 止めるべきだった。


 ユーイは、異世界人の周りで起こる事件に対しては、酷く神経質になる傾向にある。捕まえる為には手段を選ばない。その執着は、異世界人にではなく、そこに現れる者に対して向けられているものだと、ウィガーは気がついていた。

 まだ、忘れられないのか。


 生きているかどうかすら、分からないのに。


「ただいま」


 裏庭で箒を手に考え込んでいたウィガーは、その声にはっと我に返った。

「……シマ」

 学校から帰ってきたのか。

 ウィガーが見た時は既に、志真は裏口から中へ入っていくところだった。

 帰ってきたら、また一騒ぎあると思っていただけに、拍子抜けだ。モク、というあの風変わりな青年の事で。彼は今、保護施設にいる為学校に来ていない筈だ。その事を知れば、絶対に怒って暴れるだろうと覚悟していた。

 まだ、知らないのか。


 例えそうでも、いずれ知る。

 結局厄介ごとが先延ばしにされたに過ぎないのだと、ウィガーは知っていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ