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志真と波乱の幕開け 2

 部屋へリキキを入れる、という事は、あの志真に似合わない夢見る乙女チックな部屋を彼女に見られる、という事でもあった。

 それに気がついたのは、部屋のドアを開けるためにドアノブを握った時だ。

 うわ、凄く嫌だ。絶対、馬鹿にされる。

 思ったものの、後の祭りだ。どこかの開いている部屋でも借りれば良かった、と思いつつ志真はドアノブをまわした。

 先に入って、部屋に入るリキキを眺める。

 何を言われたって気にしないでおこう。この部屋は志真の責任では無いし、どうしようも無い事なのだ。内装なんかに目を瞑ると、条件の良すぎる物件なのだし。

 何を言うかと見守っていたが、予想に反してリキキは何も言わなかった。ゆっくりと目を閉じて、僅かに顎を引いて俯く。

 くる、と巻いた睫の長さに感心する。白いから、あんまり目立たないけれど。くん、と小さく尖った鼻が動く。

 もしかして臭い?

 変なものは置いていないし、臭くない筈だとは思うが不安になる。


「モク様の匂い」


 部屋に入っての第一声に、志真は思わず口が半開きになった。

 モクの、においって。

 拍子抜けしているところへ、かっとリキキが目を見開いた。険しい顔で睨まれる。悔しげに噛み締めた唇の間から、尖った牙が覗いていて怖い。

「ここへ、モク様が来たんですの?」

「な、何」

 確かにモクはこの部屋に来たことがある。でもそれは、1週間以上前の話だ。匂いなんて残っている筈が無い。

 あ、でも、と志真は思う。

 吸血鬼だから、匂いとかにも敏感だったりするのだろうか。それともモクの匂いがきついとか。そんな覚えは無いが……、モクの匂いってどんなのだっけ、と志真が思い返していると、リキキが足を踏み鳴らした。

「来・た・ん・で・す・の?」

 どうなんです、と更に詰め寄られて志真は思わず目線を泳がせた。何でこんなに追い詰められなくちゃいけないんだ。

「き、来た、でも」

 別に遊びに来たわけじゃ無いし、2人きりでもなかった!と、何故か言い訳みたいな言葉が浮かぶ。友達なんだし、遊びに来たって別に変な話ではないのに。

「では、やっぱり貴方が原因なのです」

 怒りに満ちた低い声に、背筋が冷えた。

「なに?」

「貴方みたいな無知な女のせいで、モク様が不遇な目に遭うなんて許されないです。何の力も無い役立たずの上、人に迷惑をかけるなんて本当に許しがたい愚か者ですわ!モク様の優しさに付け込んで、いい気になってへらへらとだらしなく笑ってるだけで、何にもできないくせに!何にもできない、何も知らない、だからモク様は貴方に優しいんです。そうですわ、それなのに勘違いしないで欲しいです!」

 堰を切ったようにまくし立てられる。

 口を挟む隙間も無い。いや、あったところで何を言われているのか分からないから、挟みようも無いのだが。

 興奮の為か、いつもよりも早口の上、声が高くて聞き取りにくい。

 ラスカゥルがいないから、さっぱり分からないが、きっと、また酷い悪口を言われているのだろう。

 気になるのは、合間に出て来るモクの名前だ。2、3回出てきたように思う。

 いつもがそうであるように、今回も彼女はモク絡みで怒っているようだ。

(あ)


 もしかして、部屋にモクが来たことを怒っているのか。


 そうかもしれない。

(つまり、ヤキモチ……?)

 リキキはモクのことが好きらしい、というのは見ていれば分かる。だから、モクと仲良くしている志真のことが気に入らないのだろう。

 でも、友達……だし。

 リキキが怒るようなことは何も無い、と思う。

「………」

 未だ捲くし立てているリキキの様子をぼんやりと眺める。いつもは血の気の無い頬が、怒りのためかほんのり赤く染まっている。

 可愛い、よね。

 性格は兎も角として、外見は人形みたいな美少女だ。

 何だか胸がざわざわと落ち着かない。


 モクは、どうなんだろう。


 ぽん、と頭に浮かんだ疑問が離れない。いつも、逃げている感じだけど、本心ではどうなんだろうか。あんな可愛い子に好かれていたら、普通、好みじゃなくても嬉しいのでは。嬉しいとまでいかなくても、悪い気はしない、よね。

 好きって言われると好きになっちゃう事もある、と友人が語っていた余計な事まで思い出してしまった。

 モクもそうなったりして……。

 う、わ。

 いきなり胸がずしりと重くなった。もやもやする。面白くない。この感じ、覚えがある。


 これって、ヤキモチだ。


 梢と将太が付き合うと聞いた時にも、ちょっとだけ感じたもやもや感。今回のはその時よりももっと重く、ずっしりくる。

 何故。


 まさか、私ってばモクの事を


「聞いてるんです!?」

 はっと、志真は我に返った。いつの間にか、至近距離でリキキに睨みつけられている。しまった!思い切り目を見てしまった。慌てて視線を反らす。セーフ、だよね。心臓がばくばく音をたてていた。

「な、なに、ごめん」

 さっぱり聞いてなかったので、腹を立てているのだろう。

 リキキの赤い瞳に浮かぶ怒りに、軽蔑がプラスされた。

「……呆れかえるんです。貴方、モク様のこと心配もしないなんて、無能な上に薄情ですわ。もう良いです。必要な事だけ喋りなさい。モク様に貴方が何をしたのか、ここで何があったのか、モク様が何をしたのか。さぁ、きりきり白状するのです」

「ごめん、言葉、分からない」

 何を言いたいんだか、さっぱり。

 いつもならば、もう少しマシだと思うけど、今は言葉に集中できない。最早リキキは虫けらを蔑むかのような目で志真を見ている。


「……帰る」


 くるりと背を向けて、リキキが部屋を出て行く。

「え、ちょっと、リキキ?」

 結局何しに来たの。

 リキキは振り返りもせず、ただ低い声で言った。

「貴方に私の名前を呼ぶ資格なんて無いです。もう2度と、口もききたくないですの」

「え、えーっと、何か、ごめん。言葉、勉強する」

「………」

 流石に悪いと思ってかけた言葉に、リキキは無言で部屋を出て行った。本当に、言葉が分からないというのは不便だ。彼女が何を言っていたのか、物凄く気になる。モクについての事だった筈だ。

 単に、モクがこの部屋へ来た事を怒っているようには見えなかった。


 ラスがいれば。


 消えてしまった友人の事を思って、志真は溜息を吐いた。ラスカゥルは消えてしまったんだろうか。それとも単に志真から離れていっただけ?あの時モクは何をしたんだろうか。

 ラスカゥルのことを知っているのはモクだけだ。他に誰に聞けば良いのか、分からない。

 明日、モクに会ったら相談してみよう。

 モクに会えば、不安も心細さも解消されるような気がした。


 やっぱり私、モクの事好き……なのかも。


 その辺りの曖昧な気持ちも、モクに会えばはっきりするだろう。

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