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志真と外出禁止令 5

 結局、私が悪い。

 一人になった部屋で、ぐるぐる今までの事を反芻した後その結論に達した。

 ウィガーが怒るのも無理は無いし、この事でモクが怒られるのは筋違いだ。それなのに、ちゃんとモクを弁護できなかった。

 あの時、どうしてモクが来てくれたのか分からないが、多分志真を助けに来てくれたのだ。その上庇ってもらってしまっている。情けなくて哀しくなった。ずずっと、鼻をすすりながら考える。ラスカゥルはどうなってしまったのだろう。さっきから呼びかけてみても、全く反応が無い。

 お払いとか、除霊とかされちゃったんだろうか。


 一気に色々なものを失ってしまった気がする。

 暗い部屋で広いベッドにしがみ付き、志真は涙を堪えていた。寂しい。不安で胸が押しつぶされそうだ。

 幽霊だったけど、一番の友達だと思っていたラスカゥルは消えてしまった。

 口煩いし嫌な奴だけど、それなりに気にかけてくれていたウィガーの信用も、益々無くなったことだろう。最初から無かったのに、マイナスになった気がする。

 それに、モク。

 モクだって呆れたに違いない。助けてくれたのに、ありがとうも言っていない。

 じわりと新たな涙が滲んできて、志真は唇を噛み締めた。


 泣くな、馬鹿。泣いたってどうにもならないのに。


 モク達が行ってしまってから、どれだけ時間が経ったのか分からない。気がつけば明かりの無い部屋の中は真っ暗になっていた。うとうとしていた志真の耳に、ノックの音が届いた。ばねのように飛び起きて、ドアまで走る。

「ウィガー!」

 勢いよく開いたドアの向こうで、きょとんと大きな目を見開いていたのは、リアラだった。小柄で華奢なこの宿屋の女主人だ。

「あ、あの」

 目を白黒させる志真を見上げて、リアラはにこりと笑みを零した。

「こんばんは、シマ。少しお話をしたくて。中へ入れてくれる?」

 戸惑いながらも、志真はリアラを部屋に入れた。今まで、こんな風に彼女が訪ねて来た事は無い。時々会って、気遣いの言葉をかけてくれるくらいの相手だ。

「座って話しましょうね」

 促されるまま椅子に座る。テーブルを挟んで向かい側に、リアラは腰を下ろした。

 窓から差し込む星の微かな光で、ふわっと広がる長い髪が光って見える。白くて小さな顔は綺麗な人形のようで、子どもを生んだ母親にはとても見えない。

「ウィガーに、少しだけ話を聞いたわ」

「少し……」

 それは一体、どのくらいなのだろう。可笑しそうにリアラが笑った。

「あの子は昔から周りがやきもきするくらい秘密主義だから。何でも一人で抱え込むのは悪い癖ね」

 ゆっくりとした口調でも、やはり分からない言葉が多い。ラスカゥルがいないと駄目な自分に、志真は落ち込む。

「あ、ごめんなさい。まだ言葉があまり分からないのね……、どうしようかしら。でも、まぁ良いわよね、今は貴方の話を聞きに来たのだもの。胸にね一人で抱え込んでいると、とても辛くなってしまうものでしょう?私は何にもできないけど、話を聞く事くらいはできるわ」

 リアラの言葉はどこまでも優しく、暖かい。例え、ちゃんと意味が分からなかったとしても、とても労わられていることだけは伝わった。

 じわり、と涙が滲み、慌てて目を擦る。その手をそっと握られた。

「駄目よ、シマ。擦ったら腫れてしまうわ。泣いてもいいから、我慢しないで。私は誰にも言わないし、笑ったりもしない。ね?」

 手がとても、暖かかった。

 一旦流れ落ちた涙は、後から後からぼろぼろと溢れてきた。


「も、モクは……助けてくれただけ、なのにっ」


 きちんと言えなかった。聞いてもらえなかった。ウィガーが怖かった理由も分からなかった。

「ら、ラスがいなくなっちゃった!う、ウィガーが、な、何であんなに怒ってるのか、分かんないしっ、ちゃんと言ってくれない、しっ……」

 ずるずると鼻をすすりあげながら、しゃくりあげる。

「モク……、モクは、怒られて、ないかな。わ、私のこと、呆れて、嫌に…な、なったり」

 皆がいなくなって、部屋に一人取り残されて、見捨てられたような気持ちになった。また全部無くなって、世界に一人ぼっちになってしまったみたいな。惨めで、寂しくてたまらない。

 帰りたい、お母さんやお父さん、友達の事とか。考えないようにしてきたこと全部が浮かんできて、志真は暫く泣き続けた。


 少し気持ちが落ち着いて、涙が収まってきた頃にリアラはそっと握っていた手を離して席を離れた。白いハンカチをテーブルに置き、ちょっと待っててね、と言い残し部屋を出て行く。

 思い切り泣いてしまった。

 べたべたする顔を渡されたハンカチで拭きながら、ほっと息を吐く。瞼が腫れぼったい。恥ずかしいが、気分は大分すっきりしていた。

 間をおかず、リアラは戻って来た。持ってきた大き目のカップを、そっと志真の前に置く。ハチミツの匂いがする、暖めたミルクのようだった。

「泣いたら喉が渇いたでしょう?どうぞ」

 勧められるまま、志真はカップに手を伸ばした。優しい甘さが心に染みる。


「ウィガーはちょっと言葉が足りないし、きつく当たりすぎるところがあるから、誤解されてしまうのだけど、本当はとても責任感が強くて優しい子なの」

 穏やかな、母親の顔を志真に向けてリアラは語る。

「貴方達を守る為に、あの子はとても頑張っているわ。だから、心配しないで、信じてあげてね、シマ」



 言えない事が、また一つ増えた。


 ウィガーは胃が痛むのを感じながら、だらだらと歩いていた。宿屋の仕事があるものの、家に帰りたい気分ではない。志真と顔を合わせれば、確実に言い合いになるだろう。

 まるで何も、分かっていないくせに。

 苛立ちは、しかし彼女ばかりに向けるものではない。あまりにも多くのことを、彼ら異世界人の目から隠し続けている。その結果の無知を責めるのは、やはりフェアではない。


 隠し通さなければ。


 もし、あの次々と問題ばかり起こす異世界人がこの事を知ればどうなるか。考えるだけでぞっとする。目先のことしか考えず、感情で動く。結果がどうなるかなんて考えたことも無いだろうその向こう見ずなところを、少しだけ羨ましくも思った。

 イブキの事も心配だが。

 立ち寄った保護施設で、イブキの様子を確認しようと思ったが面会を拒否された。怪我の具合よりも、心に負ったダメージの方が重傷のようだ。

 無理もない。

 あの襲撃の犯人も、未だ捕まっていない。ユーイが何か対策をすると言っていたが。

 キクノは、元気だろうか。

 暫く顔を見ていない。3人の中では、1番しっかりしているように見えるが、何故か妙に危なっかしくも思えた。久しぶりに、ユーイのところへ寄っていくか。

 余計なところにまで気を回してしまう為に、いらぬ苦労を背負うのだと彼はまだ気がついていなかった。

 

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