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志真と外出禁止令 4

 志真の初恋は、小学校の教頭先生だった。

 白髪交じりの初老の男性で、年齢は知らないが60代くらいと思われる。優しくて、穏やかで、紳士的なとても素敵な人だった。後に友達にそれを話すと「あんたそれは違う」「お菓子くれたから懐いたんでしょ」とか散々否定されたが、あれが初恋じゃなかったら、志真は未だに人を好きになったことが無いということになる。

 恋もまだなら、当然告白とかした事もないし、生憎されたことも無い。


 さて、今志真の体を動かしているのはラスカゥルかもしれないが、実際はというか外から見たら志真でしかなく。

(その場合、どうなんの!?っていうか、人生初告白がこれになっちゃうわけ!?)

 嫌過ぎる。

 羞恥と混乱にのた打ち回っている志真を無視して、ラスカゥルは口を開く。


「ウィガー様の凛々しいところも、厳しくみえて本当はとても優しく、繊細なところも、不器用でいつも苦労を背負い込んでしまうお人よしなところも。私は全部」

 青い顔で硬直しているウィガーを、ラスカゥルは熱っぽく見つめる。うわぁ、本当に気がついて!こいつ気でも狂ったかとどんびきされている。しかも、気が狂ったのではと疑われるのは、志真なのだ。


「す、」


 嫌だー!

 その瞬間、何か冷たいものが顔にかかった。ねばねばとした森林のような匂いを発するものが顔から首へと滴り落ちる。

「!?」

 目に入るのを防ごうと目を瞑り、手で拭おうとしたのを誰かが止める。冷たい掌が、そっと顔を鷲掴みにしていた。

「……ごめんね、遅くなって」

 聞いた覚えの無い声がすぐ近くで聞こえた。ウィガーじゃない。少し低くて、透き通ったとても優しい男の人の声だ。

「シマ、戻って」

 名前を呼ばれたという事は、知っている人なのか。誰?それよりも、

「あ」

 声が出た。ちゃんと自分の意思で出た声だ。ゆっくりと手を握ってみる、開く。

「うごく」

 声が掠れた。それを聞いて、志真の顔を掴んでいた手がゆっくりと離れていった。慌ててべとべとしたものを、手の甲で拭い顔を上げる。最初に目に飛び込んできた色は、白だった。白いシャツから伸びる華奢な腕、少し顔を上げれば少年の顔があった。


「モク!」


 薄い唇が小さく笑みの形をつくる。

 円に十字の目隠しがあるせいで、モクの表情はそこでしか分からないが、優しく笑っているのが雰囲気で伝わってきて、志真はとてつもなく安堵した。

 すとん、と何かが心の中に嵌りこむ。

「モク」

 何だか分からないが、泣きそうだ。本当に怖かったし、もう駄目かと思った。誰も気がついてくれず、ずっとこのままだったらどうしようと思ったのに、モクが来てくれた。

 モク、が?

「え、っていうか何で、モクがここにいるの?それにさっきの」

 声は、

「モク、喋れるの!?」

 驚きのあまり日本語になっていたが、問題は無かった。モクはこくりと、どこか困ったように頷く。

「な、何で……」

 分からないことがあり過ぎて、どこから聞けば良いのか分からない。馬鹿みたいに呆ける

志真の肩を誰かが掴んだ。

「一体何なんだ。そいつは、異世界人だな?知り合いなのか?」

 未だ青い顔をしたままのウィガーだった。

「説明してもらうぞ」

 ウィガーの手の甲に鳥肌が立っているのをみてしまった志真は、流石にやさぐれた気持ちになった。



 裏庭とはいえ、外だ。客の出入りはなくても、従業員が通りかかるかもしれない。そんなわけで、ウィガーの説教と尋問は志真の部屋で行われた。華奢なデザインの椅子に座り、重々しい雰囲気を背負って腕を組むウィガーの背後で、レースとピンクのカーテンが揺れる。

 その正面で、志真とモクは床に正座させられていた。(モクは自主的に志真につきあってくれただけだが)その様子を、ベッドの上で見守る白兎と黒兎のぬいぐるみ。

 なんだか今一、空気が締まらないが、今回のウィガーは心底怒っている。


 本気で、どうしよう。


 一難去ってまた一難。最近、本当についていない気がするのだけど、呪われているのだろうか。やっぱりラスカゥルとはいえ、幽霊にとり憑かれていたせいで、運気とか吸い取られちゃっていたのだろうか。

「さっさと説明しろ」

 正座させられた足がそろそろ痺れてきたところで、ウィガーが地の底を這うような低い声で言った。

「言葉、まだうまく、よくない。説明、ムリ!」

「遠慮するな。日本語で言え」

 だよね。

 仕方無い、ここは覚悟を決める。

「えーっと、でもさ、私にもよく分かんないっていうか」

 誤魔化す方向で。

「急に体が動かなくなったと思ったら、勝手に動いたり、喋ったりしだして……、で、気がついたらウィガーのところにいたけど、何かあんまり覚えてないし」

 ちらり、と様子を伺ってみる。ウィガーは笑っていた。怖い。こめかみをぴくぴくさせながら、座った目で引きつった笑い浮かべる姿に、志真は震え上がった。

「ごめん!ほ、本当は覚えてる!実はラス……、ほら、あの例のここで死んだっていう女の子の幽霊と友達になったんだけど、その子が変わった趣味でウィガーのこと好きになっちゃってて、私にとり憑いてたんだ。何か最初は見てるだけで良かったのが、段々我慢できなくなったらしくて、本格的に告白とかしたくなって私の体を乗っ取っちゃった……みたいな感じ?」

「……お前は、本気で俺を怒らせるのが上手いな」

 いや、それほどでも。っていうか、本当の事を言ったのにより腹を立てている。説明が下手だという事もあるが、そういえばウィガーは幽霊とか信じない人だった。

 打つ手なし。

 幽霊がいる事を証明するところから始めなければいけないなんて。頼みの綱のラスカゥルは、さっきから応答しない。一体どうなっているのか、志真にはさっぱり分からなかった。

 モクが何かしたのだろうとは思うが。

 ちらりと隣のモクを見てみる。視線に気がついたのか、彼はちょっとだけこちらへ顔を向けて微笑んだ。

「そいつは、どこの誰だ?」

「モク?モクは学校の友達だよ」

「学生、という事は未だ永住権も市民権も得ていないという事だな」

 何故か、ぴりっと緊張した空気がウィガーから発せられている。厳しい目は、今はモクに向けられていて、志真は焦った。

「ちょっと待って、ウィガー!何だか良く分かんないけど、モクは全然関係ない、悪い事なんか何にもしてないよ!ただ私を助けに来てくれただけで」

「シマは黙ってろ」

「黙ってられるか!」

「お前は全く何も分かっていない!」

 怒鳴られるのには慣れている。ウィガーとはいつも言い合いになってしまうから、怒鳴りあう事も珍しく無い。だが今回のそれは、いつもと何かが違った。

 こちらを責めるような目で見るウィガーに、志真は言葉を失った。一体、何。知らない内に何か取り返しのつかない事をしてしまったのか?不安な予感が湧き上がる。

「こいつはな」

 その答えを話そうとしたウィガーを、モクが立ち上がる事で止めた。ふるふると、小さく首を横に振った後、白いシャツのゆったりした裾の部分から小さな紙の束とペンを取り出す。手の上で、すらすらと何かを書いた後、ウィガーに見せた。

「……だが、それでは」

 何て書いてあるのか、志真には読めない。眉間に皺を寄せ、渋い顔になるウィガーに対して、モクは再び何かを書き付ける。


 というか、さっき話してたのに、何でまた筆談?


 分からないことだらけだ。

 口を挟みたいのに、それをさせない張り詰めた空気がある。モクが書いた文章を読んでいたウィガーが、ゆっくりと顔を上げた。

「お前は……本当にそれで良いんだな」

 こくり、とモクが頷いて、ウィガーは疲れた様な溜息を吐いた。

「シマ、お前はここで反省してろ。部屋から出るなよ。俺はこいつを……送っていく」

「え、でも」

「良いから言う通りにしろ。これ以上俺の手を煩わせるな」

 今回は自分が悪いし、ウィガーを怒らせているのも分かっている。だが、それでも黙っているのは嫌だった。よく分からないが、黙って行かせてはいけない気がした。

 言い募ろうとした志真の頭に、ぽんと誰かの手が乗った。

「モク」

 見上げる志真を見下ろして、モクは口元に柔らかい笑みを浮かべる。大丈夫、とでも言うように、そっと頭を撫でられた。

 離れていく手に、じわっと寂しい気持ちが湧き上がる。

 行っちゃ駄目な気がする。止めないと、いけないような。


「モク!待って!……っう!」


 立ち上がろうとした志真はそのまま床にダイブした。足に力が入れられない。痺れすぎて感覚がなく、ちょっと動かすだけでじんじんと痛みが這い上がる。

 途中で足を崩しておけば良かった!

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