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志真と外出禁止令 2

 外出禁止令が下って3日。

 なるべく人のいるところに出ないようにと言われてしまった為、仕事も厨房限定になってしまった。ミーチェやカオロン達が気を使い、色々お菓子をくれるので、新たな危機感を覚えている。多分、確実に太ったと思う。

 つい先ほども、羨ましいくびれたウエストを維持するルーミケラウスに『あらシマ、最近色艶が良いわね~』と言われてしまった。ぷにぷに、と頬を指でつつかれて、深く、深く落ち込んだ。

 せめて、運動したいところだが、室内でばたばたするわけにもいかず、慎ましく筋トレをするに留めている。


「29っ、さん、じゅうっ」


 腕立てを50、背筋を50、その後腹筋を行う。折り曲げた足を、ベッドの足に引っ掛けて、半身を交互に捻りながら起き上がる。

 流石にきつい。

『シマって、逞しいわね』

 感心しているのか、呆れているのか、ラスカゥルがか細い声で呟いた。

「っていうか、ごちゃごちゃっ、考えるよりっ、体動かすほうがっ、得意なの」

 起き上がる合間に答える。

 元々、体を動かす方が好きだし、何よりストレス発散にもなる。本当なら思い切り体を動かしたいものだけど。それは流石に無理だろう。

 早く犯人捕まんないかなー、と志真はごろりと床に寝転んだ。

 額にかいた汗を手の甲で拭いながら、見えない友人に呼びかける。

「ねー、ラス」

『なぁに?』

「ラスは幽霊だし、何か分かっちゃったりしないの?その、犯人が誰かとか」

『分からないわ。基本的に私はずっとここにいたし、今はシマにとり憑いているから』

 改めて、変な状態になっちゃっていると自覚する。

 大丈夫なんだよね、本当に。誰にも聞けないから困る。今のところ特に体が不調とかそういうのは無いから、平気だろうと思うけど。

 暫く床でごろごろしているところへ、ノックの音が響いた。

 ぱっと起き上がって、自分の格好を確認する。今日はもうバイトも終わっているし、出かける予定も無いからと、古着屋で買ったゆるい感じのミニワンピとショートパンツだ。この間、ウィガーにそんな格好でうろつくなと叱られたばかりの部屋着である。

「誰?」

「私よ、シマ。ルーも一緒」

 フィオーネの声だ。ルーミケラウスも一緒にいるらしい。まぁ、2人とも女だし良い、筈。

「いいよ、はいって」

 ドアが開いて、2人が入ってきた。

 飲み物の入った瓶と、菓子の入った籠を掲げて、フィオーネが笑う。

「シマが暇なんじゃないかと思って」

「私は1時間くらいしかいられないけど、お姉さんとお話しましょ」

 色っぽく、片目を瞑るルーミケラウス。2人とも、何て良い人達なんだ!と思わず泣きそうになってしまった。精神的に凹んでいる時って、本当に人の優しさが身に染みる。男だったら、それこそ恋に落ちていたことだろう。


 オレンジジュースと紅茶。それからビスケットに芋のケーキを床に並べて、胡坐をかいてまったりと。一応下に絨毯は敷いてあるものの、こんなところをウィガーが見たら大変だ。

 そう思って、ちゃんと鍵はかけてある。

「兄さんももうちょっと融通が利くと良いんだけど。頑固だから」

「フィオーネちゃんも、大変よねぇ」

 赤い唇をにんまりと吊り上げて、ルーミケラウスがフィオーネの方へ体を傾ける。つい、と顔を近づける仕草がいちいち色っぽい。

「口うるさいお兄さんがいちゃ、恋人を作ろうにも男がしり込みしちゃうものねぇ」

「恋人ができないのは、流石に兄さんのせいにはできないわ。私ががさつで可愛げが無いから」

「あら、そんな事無いわよ。フィオーネちゃんは美人だし、可愛いわ。ね、シマ」

「うん!フィオーネはキレイ、優しいし」

 力いっぱい肯定する。フィオーネは顔を赤くして、照れたように笑った。いや、本当に可愛いと思う。

「好きな人はいないの?」

「残念ながら。ほんと、そういう話には縁遠くて」

「そお?でも私、この間見ちゃったわよ~?お客さんに言い寄られてたでしょ」

「あ、あれはお客さん酔ってたし……っていうか、ルーこそ!」

 今やトマトのように真っ赤になったフィオーネが、にやにや笑うルーミケラウスに反撃を試みる。志真は興味しんしんと、2人のやりとりを眺めていた。ラスカゥルも先程からわくわくしているのが伝わってくる。

「いっつも言い寄られてるじゃない」

「あれくらい、当然よ」

 認めた!

 豊かな黒髪をかきあげて胸を反らすルーミケラウス。ぱんと張りのある谷間が服の間から覗いていて、思わず志真は自分の胸を見た。哀しいほど、何も無い。

「大丈夫よ、シマ」

 慈愛に満ちた表情を浮かべ、ルーミケラウスは言った。

「人の好みは千差万別なんだから」

 それは慰めになっていない。


「ルーさんは、恋人いるの?」

「今はいないわ。中々良い男がいなくて」

 選ぶ立場での発言だ。そんな風に言ってみたい。あれ、でもとフィオーネが首を傾けた。

「時々訊ねてくる人いるじゃない。あの人は違うの?ルーと同じ褐色の肌の、背が高くてちょっと怖い雰囲気だけど綺麗な人」

「ああ、あれは弟」

 え!と2人の声が揃った。

「ルーさん、弟いるの!」

「いるわよ。そんなに驚く事じゃないでしょ」

 ルーミケラウスは苦笑する。確かに、別にいたっておかしくないのだが。

「改めて思えば、あんまりルーのこと知らないわね」

「働き始めてまだそんなに経っていないし、そう取り立てて話す事もないから。家族はもう弟だけなの。だから、これからも時々顔を見せるとおもうけど、よろしくね」

 何か事情がありそうな雰囲気を感じ取った。でもきっと、簡単に聞いていい話じゃない。

「ルーさんの弟、私も会ってみたい」

 無難な言葉を選んだつもりだった。だが、何故かルーミケラウスの笑顔が曇る。何故。

「ああ、えっと、そうね……そのうちにね」

 あからさまに歯切れが悪い。

 この態度と返答から得られる答えは簡単だ。会わせたくない、である。でも何で。もしかして実は嫌われていたりするのか。弟を会わせたくないほど?

「シマに問題があるわけじゃないのよ。なんていうか、難しい子で」

 物憂げにルーミケラウスは溜息を吐く。

「ごめんなさいね」

「あ、良い。全然」


 何が本当なのか分からなくても、そんな風に謝られたらもう聞けない。結構問題児な弟なんだと納得しておこう。その方が精神衛生上にも良い。


「シマは?」


 何となく落ちた沈黙を破ったのはフィオーネだった。

「何?」

「シマは気になる人とかいないの?」

「うーん」

 正直、今はそれどころじゃないというのが本当だ。学校や、バイト。言葉をもっと覚えないと、会話だってままならない。最近は、ちょっとだけ余裕が出てきたが。

「学校の人とか」

 最初にニトロの顔が浮かんで、次にモクの顔が浮かぶ。

「あ、兄さんとか」

「無い」

 ぱっとウィガーの渋い顔が浮かび、反射的に即答してしまった。あ、と思う。妹であるフィオーネの前だった。思わず顔を見ると、笑っていたのでほっとする。

「兄さん、見た目は悪くないんだけど、口うるさいし無愛想だし頑固だから」

「その上堅物だし?でも、そこが良いところだと思うわ」

 うふふ、と優しく笑いながら言うルーミケラウスに、志真とフィオーネは思わず顔を見合わせた。今、何かぴんと来た。気のせいかもしれないけど、何となく。

「えーっと、ルー、もしかして」

「内緒」

 人差し指を唇にあてて、ルーミケラウスは片目を瞑る。意味深過ぎる。何だか分からないけど、うわあ、と思った。うわあ。人事なのに、何か胸がどきどきした。

 背後でラスカゥルが嫉妬の炎を燃やしていたせいもある。


 そのまま悪霊にクラスチェンジするのはやめてくれ、と志真は祈っていた。

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