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志真と外出禁止令 1

 昔に見たドラマで、こんな場面があった。

 やけに深刻な顔をした親に不安を覚える。一体どうしたの、と心配する娘にどこか哀しげな顔で衝撃の事実を打ち明ける父親。

「実は、お前には生き別れとなった実の兄がいるんだ!」

 何ですって!聞いていないよ!


 みたいな、気分だった。正に。


 自分の他に、あの時この世界に迷い込んでしまった人間がいたこと。それを知らされたのは、つい昨日のことだ。こちらへ来て既に3ヶ月近く経っている。

 騙された、と腹を立てるのは無理ない話だと思う。

 しかし。

「騙していない。敢えて言わなかっただけだ」

 ウィガーは一欠けらも悪びれず、いつもと同じ陰気くさい口調で開き直る。余計に腹が立った。

「大人ってすぐそういうずるい言い方するんだ!汚い!最低!嘘つき!」

「お前は……なんでそういう言葉ばかり覚えるんだ」

 悪口のみ、こちらの言葉で言ってやると、ウィガーは更に苦い顔になった。そんなの勿論、嫌がらせに決まっている。

「何で言ってくれなかったわけ。私がこっちでどんだけ寂しい思いしたか分かる?言ってくれれば、少しは。うん、結構心強かったと思う」

「そうやって、甘えが出ることを危惧して、だ」

 一旦言葉を切って、ウィガーは志真を見下ろした。『きゃー、ウィガー様素敵……』と、ラスカゥルのテンション上がった黄色い声にはちっとも同調できない。

「特にお前はな」

「何が言いたいわけ」

「同じ世界の者同士が支えあうのは結構だが、その分この世界に馴染むのが遅くなる。言葉にしても、生活にしても。だから通常、一区切りがつくまでは、別々の場所で生活してもらうことになる。特別な場合……親子であるとか、夫婦であるとか、そういう時を除いては」


 勝手すぎる!


 確かに、話の分かる人が一緒にいれば、志真は甘えてしまっただろう。(今だって、現にラスカゥルに甘えてしまっている)だけど、やっぱり納得できない。

 腹を立てている志真を見て、ウィガーは溜息を吐いた。

「とにかく、様子を見て、もう良いだろうと判断がされた。明日からもう一人、お前の世界の人間が家へ入る」

「え!?ここに来るの!?」

「ああ。良かったな」

 滅茶苦茶どうでも良さそうに言い、部屋を出て行こうとするウィガーを志真は引き止めた。勿論、もう一人の世界から落っこちたという日本人について、色々質問する為だ。

 どうせ明日来るんだから良いだろう、と渋るウィガーを質問攻めにした。


 各務伊吹、男、23歳、大学生。

 痩せていて、背は普通で、あんまり印象に残らない顔らしい。顔色が悪く、不健康そうな感じ。大人しく、暗い。頭は良さそうで、礼儀正しいが、何を考えているのか分からない奴である、と。

 特記事項はとにかく病弱。


「………」


 まぁ、あれだよね。ウィガーの印象なんて偏見が入っているに決まってる。人間、実際に会ってみないとどんなもんか分かんないよ。

 散々聞いておいて、志真はその結論に達した。

『男の方なのね。シマ、もしかしたらシマの運命の相手かも。右も左も分からない異世界で、頼れるのはお互いだけ………、素敵だわ!』

 何やら盛り上がっているラスカゥルの妄想にはついていけないが、それでも志真も楽しみにしていたのだ。

 互いの境遇を分かり合える相手と会えることを。

 だが、


「来ないって、何で!?」


 翌日。

 昼前に出て行ったウィガーが帰ってきたのは、日が落ちた後だった。各務伊吹を迎えに行った筈なのに、一人で戻って来た彼は、出迎えた志真にこう告げた。

 予定が変わった、イブキは来ない

 ここで騒ぐなとウィガーが煩い為、昨日と同じく志真の部屋にて改めて。

「来ないってどういう事?何かあったの?」

「来れなくなったからだ」

「何それ」

 全然分からない。

 椅子を借りる、と言って腰を下ろすウィガーは、普段より更に疲れているように見えた。年よりも老けて見える渋面が、更に年齢を上げている。

 それにしても、可愛らしく華奢なピンクと白の椅子に座り込む姿……は。

(視覚の暴力!)

『素敵だわ……。私の部屋に今日もウィガー様が来てくれるなんて!』

(いや、どっちかっていうと私の部屋なんだけど!)

 ファンシーな部屋から浮いているという点では、志真も人の事は言えない。溜息をついて、ウィガーの向いの椅子に座る。

「ちゃんと説明してよ」

「……説明はする。色々と、お前にも注意しておかなければいけないからな」

 億劫そうに、ウィガーは半眼になった。そうすると、益々目付きが悪くなる。またお説教かなんかだろうかと、志真は身構えた。

「何?私注意されるようなことした覚えないけど」

「そういう意味じゃない。イブキが襲撃に遭い、怪我をした。犯人は追っているが、逃走中で何者かは不明」


 しゅうげき?


「襲撃!?何それなんで!?」

「だから、犯人も理由もまだ不明だ。騒ぐな、落ち着け」

「お、落ち着けって言われても無理だよ!だって、だ、大丈夫なの?怪我は?」

「保護施設前だったから、すぐに支援が入った。怪我の手当ても受けて容態は安定している。幸い、肩の傷は掠っただけだった。間に入った職員の方が重傷だ」

 力が抜ける。

「その人、助かる?」

「ああ。重傷だが、命に別状は無い」

 良かった。と思ったら、ますます力が抜けた。ぐったりと、椅子にもたれかかる。

 襲われたのは伊吹という人の方なんだろう。だとしたら、理由は、

「異世界人、だからなわけ?」


 答えを聞くまでも無く、志真は確信していた。

 衝撃だった。

 この宿屋にいる人は、みんな志真に優しい。ウィガーは違うけど、でも気は合わないけど嫌われているわけではないことは分かるし、異世界人だから憎いとかそういうのは無いと思う。店にくる客の中には、あからさまに嫌な態度を取る人もいたけど、暴力を奮われる事は一度も無かった。

 ユーイのことで、変な嫌がらせは受けたけど。

 町へ買い物に行った時も、学校の行き帰りにも、そんな危ない目にあった事は無い。

 差別って言っても、大したものじゃないと思っていた。


「志真」


 黙りこんでしまった志真を気遣ってか、ウィガーの声は心なしか優しい。弱っている時に優しくするのはずるい。嫌な奴だと思っていても、何だか良い奴のように思えてくるし、うっかり間違って好きに、

「そういうわけで、暫く外出禁止だ。学校も休め」

 なるわけないな。ウィガーだし。

 出てきたのは慰めの言葉ではなく、戒めの言葉だった。思わず睨んでしまっても、仕方が無いと思う。

「仕方が無いだろう。お前にいちいち付いてまわるわけにもいかないからな。死にたいなら勝手にしろ……と言いたいところだが、保護者となっている以上はそうもいかん。諦めて大人しくしていろ」

 分かっている。

 平和な日本で安穏と暮らしてきた志真なので、物騒なところにわざわざ出かけて行きたいわけでもない。

 だが何故だろうか。

 ウィガーに言われると逆らいたくなってしまうのは。おそらく、物言いのせいだろう。

「いつまで?」

「犯人が捕まり、安全が確認できるまでだろうな」

「それって結局いつなわけ」

「神にでも聞け」

 つまり、いつまでになるかは全く分からないのだった。


 明日かもしれないし、1年後かもしれないとか。そういういい加減な外出禁止令を、志真は出されてしまった。

 泣きたい。

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