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伊吹、異世界人と知り合う 2

 朝食を終えると、一応職員に外出しても良いか確認をしてから、図書室に向う。

 そこで子供向けの簡単な本などの解読に勤しみ、昼になったら部屋へと戻り昼食を取る。1時間ほどのんびりした後、特に予定の無い日は庭へと散歩に出る。

 そんな生活パターンができていた。

 行ける所は粗方行き尽くしている。最近は、庭の東にある果樹園と畑まで足を伸ばし、ちょっとした仕事を手伝ったりもしていた。寡黙で穏やかな老人が管理責任者であるが、伊吹は初めて彼の姿を目にした時には、迷わず逃げ出した。


 やばいものがいる。


 一気に部屋へ駆け込んで、それでも恐怖は治まらなかった。今にもそれが、追いかけてくるのではないかと気が気では無く。知らない間にホラー映画の世界にでも迷い込んだのか、それとも今度こそ夢なのかと、混乱する頭で考えた。

 畑をうろついていた老人は、枯れ木の化物にしか見えなかった。

 身長2メートル弱。皮膚の色が赤茶けており、手が地面につくほど長かった。長細い頭部には、風にたなびく黄緑の髪。顔は固そうながたがたした皮膚に覆われ、ひび割れのような皺の間に落ち窪んだ目があった。垂れ下がった長い鼻の下に、やけに小さな口が見えた。

 そのインパクトは凄まじく、暫く夢に魘される程だったのだ。


 彼の名はシエンゾ。

 伊吹と同じく異世界人だと教えてくれたのはリザレットだ。貴方のいたところとは別の世界の出身です、と付け足してくれたのだが、そんなのは言われなくても分かっている。

 彼女は時々マジメな顔で妙な事を言うのだが、冗談なのか判断ができないため、笑えたためしがない。

「いつ、こっちへ来たんですか?」

「そうですね。確か40年ほど前だったと記憶しています」

「は?」

 それなのに、まだ保護施設から出ていないのか。リザレットは、伊吹の疑問を敏感に察知し答えをくれた。

「彼はここで働いている。見たでしょう、畑。あれが彼の仕事というわけです」

「農作業、ですか」

「正確に言えば、こちらへ持ち込まれた異世界の植物の栽培、研究ですね。そういえば、貴方もいくつか持ち込んでくださっていますね」

 正直、本当に何の事か分からなかった。

 既に引き渡してしまったジーパンのポケットに入っていたもの。そう言われても、すぐには思い出せないほど、伊吹にとってはどうでも良いものだった。


 あの日、伊吹は商店街にいた。

 妹の仏壇に供える花を頼まれたからで、花屋へ寄ったのだ。適当に、仏壇用として用意されている花を買った。その時に貰ったのだ。花屋の宣伝チラシと共に、小さなビニール袋に入れられた種をいくつか。ひまわりと朝顔と、きゅうりだった。


「どうします?」


 リザレットは無表情に、伊吹に訊ねた。

「お譲りしてくださるなら、相応の謝礼を支払いますが」

「え」

「草花の類ならばそうですね、そちらのお金に換算して……200万程度。食料になるものなら、1000万程度……ただし、完全な新種の場合ですが」


 売った!


 即引き渡して調べてもらったところ、きゅうりに近い種があったとかで、きゅうりは320万という値に落ち着いた。それでも全部あわせたら720万円。もっと貰っておけば良かったと思ってしまう、人の欲。

 しかし人道的だ。

 荷物を全部取り上げられても、文句を言えない圧倒的弱者の身としては、有難すぎる措置だった。リザレットが言うには、過去それで酷く揉めたことがあるらしく、交渉し契約するという今の形に落ち着いたらしい。

 その揉めたという人の勇気ある行動には、心より敬意を表したい。

 植物の種等は持ち込まれる事が少ない上に、実用化すれば売れるという事で、それなりの値がつくのだそうだ。そう考えると安い、ような気もしてしまった為、とりあえず一つは手元に残しておくことにした。

 選んだのは向日葵の種だ。

 得た520万はこの世界でいう銀行に口座をつくり、入れてもらった。ついでに種も預けておいた。

 伊吹の持ってきた朝顔ときゅうりは、まずは施設で栽培するとの事で、それを任されることになるのが、例の枯れ木のお化けのようなシエンゾだった。


 広い畑の一角で、シエンゾは今日もせっせと土を弄っている。引き渡した朝顔ときゅうりの様子を見に行く内に、自然とその仕事を手伝うようになっていた。

 ここでは異世界から持ち込まれた様々な植物が栽培されている。色とりどり、形も様々な植物を見るのは単純に面白かったし、後々何かの役に立つかもしれないという打算もあった。しかし一番の目的は、この世界に迷い込んだ異世界人の先輩の話を聞く事、である。


「イブキ、まだ出られない、のか」


 第一声はいつもそれだ。小さな口から出るのは、くぐもって聞き取りにくい太い声だが、口調はゆっくりなので聞き取る事は充分にできた。

「出る日、は、決まっている、のか」

 そう問いかける彼の眼差しは、大変心配そうに見えた。固い皮膚のせいか、あまり表情が変わらない彼だが、何となく感情は伝わってくる、気がする。

「ない」

 伊吹自身は出たいとも思っていないのだが、シエンゾは早く出た方が良いと思っている様だ。

「なぜ。イブキ、は、問題ない。隔離、必要ない、筈だ」

 しゃがみ、堆肥を土に混ぜ込みながらシエンゾは呟く。伊吹はそれを手伝いながら、黙って彼の呟きに耳を傾けていた。

 彼が頻繁に出す隔離という言葉の意味はもう知っている。

 間違っていない筈だが、あまりぴんと来ない言葉だ。隔離、というよりは保護されている。その認識が間違っているのだろうか。

「スイ、のように、エーデの、ように、彼、のようにならない、なっては、いけない」

 誰だ。

「誰?ともだち?」

 聞いてみると、何故かエンゾは沈黙した。彼が動きを止めてしまうと、服を着た枯れ木のように見える。

「知らぬ、人。だが、見て来た。記憶を、継いで」

 難解だ。難解すぎてよく分からない。

 彼のわさわさと揺れる黄緑の髪を見上げて、伊吹は遠い目になった。いつ見ても目に優しい色である。

「落ちる者は、みんな、寂しい。恐れて、いる。生きるのは、苦しい、辛い、時には。囚われる」

 彼の人生哲学だろうか、あるいは人生論?年を取った人間は、色々と語りたがるものだ。彼の年齢は確か120を超えていると聞いている。

「なぁ、イブキ」

 呼びかけられて、伊吹は顔を上げた。しかし、彼の高い位置にある顔は、ぼんやりと空を見上げている。

「今なら、分かる。わし、の世界、は、故郷は、とても美しい。満たされる、緑、花の色、輝く、光は、もっと優しい。ここも、悪くはない、が。根が育たぬ、子は、育てられぬ」


 帰りたい、なぁ。


 シエンゾが言う。その言葉に込められた寂しさは、伊吹の心にも響くものがあった。

 特にあの世界に未練は無い、つもりでいた。

 面白くも無い退屈な人生。社会人になるのが億劫で、特にやりたい事も見つからなくて。いっそもう世の中がひっくり返るような事があれば良いとか、どこかで思っていた。

 結局、ひっくり返ったのは自分だったわけだが。


 帰りたい。


 何の苦労もせず大金を手にして浮かれていたが、先の苦労を思えば途端に不安が沸き起こる。右も左も分からぬ異世界、頼れる身内はいない。

 こちらでも生かせるような特技、あるいは知識があれば良かったが、生憎何も無かった。

 結局世界が変わっても、必要なのは手に職か。言葉ももっと覚えなくてはいけないし、何やら問題事もありそうだなんて面倒すぎる。


「帰りたい……」


 気がつけば伊吹も呟いていた。


 しかし、帰ることはできないのだ。だから、面倒でもしなければいけない事は山ほどあった。


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