伊吹、異世界人と知り合う 1
あの日、日本の商店街から姿を消したのは4人。自分たち兄弟の他に2人もいたとは驚きだ。いや、良く考えればあれだけ人がいたのだから、当然考えられる結果だった。
むしろ、今まで何故考え付かなかったのか。
リザレット・クラウラの話によれば、2人とも既に施設を離れ、町で暮らしているらしい。
その時のリザレットの伊吹に対する意味ありげな微笑みには、気がつかなかったことにした。笑っていない目の奥が何を語っているのか、敢えて考えまい。
昨今の女性は全く逞しい。決して自分がひ弱なわけではない。
対人スキルが低い伊吹は特に女性が苦手だった。特に若い女性は鬼門である。
よりにもよって2人とも女子高生だと聞いた時には、思わず心の中で呟いていた。
最悪だ。
ひきこもり気味の伊吹にとって、女子高生というのは恐るべき未知なる生き物である。理解のできなささにおいては、異世界人と変わらない。
奴らはいつも徒党を組み、何故か世界で自分が一番だというような顔をして道を譲らず、口を開けばうざいきもいしんじゃえばいいのに、等という死の呪文を容赦なくぶつけてくるのだ。特に、伊吹のような(彼女たち曰く)いけてない男には。
電車に乗れば痴漢を見るような目で見られ、夜道ですれ違えば足早に距離を取られる。
伊吹はいつも言ってやりたかった。
何でそんなに自意識過剰なんだ、こっちだってお前達に一切興味は無い!
勿論口に出せた試しは無い。
言ったら最後どんな酷い目にあうか、考えるだけで寒気がする。
女性が弱いなんて幻想だ。寧ろ強い、強すぎる。
よりにもよってその女子高生。
異世界で唯一互いの不幸を分かり合えるかもしれない相手……、だというのに、さっぱり分かり合える気がしなかった。現実とはとことんまで無常なものらしい。
その女子高生の内の一人は、伊吹の言語習得に協力してくれている男の家にいると聞いた。
ウィガー・ハルベルト。
彼の家は宿屋を営んでおり、余った部屋の一室を使ってもらっているらしい。宿屋の仕事を手伝いながら、学校へ通っているところだとか。
午後1時。ウィガーは週に3度、伊吹に言葉を教えにやって来る。いつものように2時間勉強した後、茶を飲みながら雑談する。その時に、その女子高生がどんな奴なのかを訊ねた。ウィガーは疲れきった胡乱な眼差しを、遠くへ向けて溜息を混じりに答えた。
「煩い。とにかく騒がしい」
諦めろ、ウィガー・ハルベルト。日本の女子高生とはそういうものだ。大体は。
「泣く、怒る、喚く、笑う。その辺りの感情の変化が激しすぎて、正直扱いに困る。だが、妹とは気が合うようでうまくやっているし、明るく人懐っこいから、他の従業員にも可愛がられているようだ」
「ウィガーとは?」
軽い気持ちで訊ねたのだが、何故か疲れたような顔をされた。
「どうかしました?」
「いや。……別に、特に何も無い。そこそこだ」
何も無い、というのが逆に怪しい。思わせぶりだ。
伊吹は改めて、斜め前に座り茶を飲むウィガーの姿を見た。
長身で、筋肉質だがすっきりとした体型。細マッチョとかいうやつだ。日に焼けた彫の深い顔は少しばかり厳しい感じだが、悪くない。寧ろ良い。
日頃気苦労が多いのか、やたらふけて見えるウィガーだが、伊吹からすれば羨ましい男前である事は間違いない。女子高生からしたら、かなりの優良物件では無いだろうか。
「惚れられたとか?」
「有り得ん」
驚くほど素早い回答だった。
「そういう勘繰りが多いから正直うんざりしているだけだ」
はぁ、とウィガーは溜息を吐いた。
うんざりしているように見えるが、そう周りから言われるという事は、それなりに良い感じに見えるという事ではないだろうか。
(しかし、その女子高生は異世界人だろう……良いのか?)
果たして恋愛対象になるのか。ウィガーが迷惑そうなのは、相手が異世界人だからだというなら納得できる。そういえば、結婚等の事情はどうなっているのだろう。そもそも禁止されているのか。疑問はつきない。
「どうした?」
考え込んでいた伊吹に気がつき、ウィガーが訊ねた。
「いや。ふと疑問に思ったんですが。……異世界人との結婚は禁止されたりしていないのか、とか」
一瞬、驚いたように目を見張られた。何故だ。
「ああ……いや、特にされていない。むしろ、そうだな。こちらの世界の者と結婚することで、早く国民権を得る者もいる。保障が打ち切られる代わりに、この世界の者として正式に認められるから定期審査、移動制限などが無くなるからな」
へぇ、何かそれ目当てで結婚するのもいそうだな、と伊吹は単純な感想を持つ。
「心配しなくても、結婚は自由だ。その事で悩む必要は無いからな」
「……は?」
一瞬、思わず素になってしまった。
質問した時のウィガーの驚いたような顔と、その励ましのような言葉を照らし合わせて理解する。どうやら、伊吹がこちらの世界の人間を好きになったと、そんな勘違いをされたようだ。
「ああ、えっと、はい」
あえて否定はせず、曖昧に笑っておいた。
もしかしたら、この勘違いを利用できる事もあるかもしれない。伊吹はどこまでも打算的だった。
「俺は兎も角、その女子高生の方はどうなんですか?町で暮らしていれば、それなりに出会いも多いだろうし」
「さぁな。俺はそういう事は分からん」
見るからに朴念仁という感じだしな、と伊吹は心の中で思う。
「……だが」
気になることでもあるのか、ウィガーが眉間に皺を寄せた。
「はい?」
「ああ……、どうも、何かが引っかかるんだが。あれの態度、何か隠し事をしているとしか思えない。偶に、こちらの言葉を全部分かっているようにしか思えない時があるかと思えば、全く話にならん時もある」
ぶつぶつと、ウィガーは独り言のように呟いている。内心、少しどきりとした。
「……わざと、分からないふりをしているという事ですか?」
「いや。そういう意味じゃない。基本的に馬鹿で単純な奴だ。そういう器用な事をやるタイプでは無いんだが」
「………」
だとしたら、何なんだ。ウィガーの話だけでは、良く分からない。
器用なタイプ、か。
外にそう見られているようならば、既に下手を打っているのだろう。自分は果たして、どう見られているのだろうか。流石にそれを直接聞く勇気は無い。
根暗、おたく、弱虫、卑怯者、狡賢い。
言われた事のある悪口を頭の中で並べる。他人が何を言おうと関係ない。彼らに、伊吹のことがどれだけ理解できるというのだろう。
確かに現在、伊吹は卑怯な真似をしている。言葉が分からないふりをして、ここの世界の人間を欺いている。
だがそれは、生きていく為の知恵だ。
誰だってそうする。しなければ、惨めな最期を迎えるかもしれない。吹雪のように。
俺は、生きてやる。絶対に。
「イブキ、また具合悪いの?」
出された食事を半分残しているのを見て、片付けに来たリチルが心配そうな顔になった。頻繁に寝込んでいるせいか、向こうも色々と気遣ってくれる。
「いや、平気」
「そう?うん、まぁ顔色はそんなに悪くないみたいだけど。最近、あんまり元気ないみたいね。何かあったの?」
曖昧に笑うと、リチルはふっくらした頬に手を当てて、不満そうに口を尖らせた。
「やっぱり言葉がちゃんと通じないのって不便ね。私もちょっとはイブキの言葉を覚えた方が良いのかな」
それは困る。
笑顔を崩さないまま、伊吹は焦っていた。実のところ、必死の勉強のかいがあってか、聞き取りは大分できるようになっていた。やはり、習うより慣れろ。柄にも無く、色々な人と交流をもった甲斐があったというものだ。
情報を得る為、外に出たくないからなどという理由から、未だ言葉が分からないふりを続けていたが、そろそろ潮時だろうか。
「リチル」
「なぁに?」
「外、出る。良い?」
絵に書いたような片言で告げると、リチルは笑顔で頷いた。
「そうね。今日は天気も良いし、気晴らしに散歩してくると良いわ。今日の午後は特に何も予定が無いし、ゆっくりしてきても大丈夫よ。いってらっしゃい」
恐らく同年代だと思われるリチルに、子どもを送り出すような笑顔で見送られ、少々複雑な気持ちになった。
その日、いつもよりも遠くへ足を伸ばした伊吹は、恐ろしいものを見ることになる。




