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志真と異世界人学校 5


 朝の厨房は忙しい。

 泊まった客への食事の用意、それから宿の一階にある食堂で出す食事の用意。泊り客だけではなく、外からも客が入るのだが、ミーチェの腕が良い為に、食事時には結構混み合うのだ。

 一時、泊り客の足が遠のいた時も、ここの稼ぎで何とか凌いでいたらしい。


 そんなわけで猫の手もかりたいくらいに忙しい時間帯。志真も新米従業員の一人としてきりきり働かなければならない。

「シマ、洗い物がたまってきてるから、先にそっちを片付けてくれ」

「はい!」

 元気良く返事をして腕を捲くり、早速荒いものに取り掛かる。シマも大分慣れた、とカオロンは微笑む。元気が良く、良く働く良い娘だが、言葉が分からないために戸惑っったり、失敗も多かった。だが、今日の彼女は一味違う。

 こちらのいう事を完璧に理解して動いているようだ。


 そう、志真は彼らの言葉を理解していた。


『シマ、3番目のテーブルを片付けてきて欲しいって』

「はーい」

 ラスカゥルの通訳によって。

 彼女が志真に言ったメリットとは、この通訳の事だった。これにより、志真が言葉を話す事はできなくても、相手が何を言っているか理解する事はできる。

 誰が何を言っているのか、分かるだけでも世界が広がった気がする。その上、ラスカゥルは志真が読めない文字を読み上げ、その意味まで教えてくれるから、一人で勉強するよりも早く文字を覚える事ができそうだ。

 つくづく、ラスカゥルに感謝だ。


 学校に向う足取りも軽くなるというもので、いつもよりも早く学校に着いた。早速カウンターにて石を触る。その時少しだけ変化があったのだが、志真は気がつかなかった。

 石の色がいつもよりもほんの少し濃い、青を混ぜたような緑に変化していた。それを見たジャイルの鋭い瞳が、すっと細くなった事にもまるで気がつかなかったし、ジャイルの方もそれ以上の事はせず、いつものように無愛想に荷物を受け取った為、志真はついに何も気がつかないままだった。


 広々とした教室の中はがらんと静まり返っていた。誰もいない。今日はどうやら一番乗りのようだった。

 きょろきょろと辺りを見渡してから、いつものように中央の柱を囲む丸テーブルのところに座る。

 その時だった。

「見ない顔じゃのー、お二人とも」

「ひ!?」

 唐突に話しかけられて、志真は飛び上がった。

 先ほど確認した時には、確かに誰もいなかった筈だ。

 それなのに、いつの間にか二つ空いた椅子の向こうに、真っ白な髭のお爺さんが座っていた。目元は白く長い眉に覆われているが、顔はこちらを向いている。深緑のずるずるとしたローブを身につけた姿は、物語にでてくる魔法使いのようだった。

 誰、このおじいさん…あ!確かニトロが言っていた……、

「じいさん!?」

 うむうむ、とじいさんが頷く。っていうか、本当にそのままじゃないか。

「で、お前さん達は誰なんじゃ?」

「あー、あの、私はシマ。シマ・ハイタニです」

『志真……この人、達って言ったわ。それに最初の時も二人って』

 そっと、ラスカゥルが囁く。いつもよりも小さい、頼りない声を拾って、志真は目を丸くした。

「え、それって…」

『この人、私の事が見えるみたい』

 ごくりと志真は息を飲む。

 どこかのほほんとした空気を纏い、椅子に納まっている小柄なお爺さんが、急に偉大な人物に見えてくる。この人は、霊能者か何かなのだろうか。それとも見た目どおりに魔法使い、とかなのだろうか。


 どうしよう、何を言われるんだろう。


 志真は自分がこの幽霊を利用している事を、ラスカゥルは人にとり憑いている事で、それぞれ後ろめたい気持ちになっていた。

「あ、あの、あのですね、じいさん?」

「んん?おお、忘れておった」

 じいさんは驚いたように声を上げると、いそいそとローブの裾から何かを取り出した。出てきたのは丸いメガネだ。

「どうも視界がぶれる筈じゃのー」

「へ」

 垂れ下がる眉毛をかきわけ、眼鏡をかけて、じいさんは笑う。

『眼鏡をかけ忘れてて、視界がぶれるのはそのせいだって言ってるわ。もしかして…』

「年をとるといかんのー、シマさん、じゃったかな。あらためて、よろしく頼みます」

「は、はは…よ、よろしく」

 志真は引きつりながらも何とか笑う。

 朝からひやひやさせられた。別に、悪い事はしていないと思うのだが。ウィガーとかにばれると、どうなるかは想像できる為に、できれば内緒にしておきたい。

「おはよーですのー」

 ふらふらとアルジャラーがやってきた。その後ろにモクも続く。

「おはよう、アルジャラー、おはよう、モク」

 こくり、とモクが頷く。

「あ、じいさん、ひさしぶりですのー」

「おー、アルちゃん、今日も目に優しい緑じゃのー」

「照れますのー」

 ほのぼのしてるが、変な会話だ。照れるところなのか?

 ラスカゥルの翻訳に耳を傾けていた志真は、モクの視線に気がつき顔を上げた。最も、モクはいつものように目隠しをしている為、本当に見ているわけではないのだろうが。とにかく注意を向けられている、と感じる。


「モク?なに?」

 モクが小さく首を傾ける。それから一度、首を横に振って、手にしていたメモ帳を開くと何かを書き付けた。次にそれを志真に見せる。

『シマ、大丈夫?何か困った事は無いか、だって』

「モク……」

 文字が読めない、ふりをする気にはなれなかった。昨日までは殆ど読めなかったのだ。(今だってそうなのだが)ラスカゥルの事を隠したいなら、分からないふりをした方が良い事くらい志真にも分かる。でも、自分を心配してくれる人を欺きたくなかった。

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、モク」

 志真が笑うと、モクも穏やかに口元を緩める。それを見て志真は、読めないふりをしなくて良かったと思った。


 やっぱり、隠し事は良くないもんね…。


 ラスカゥルの事も話そうと決意した志真が口を開く前に、モクが再び何かを書き始めた。先程よりも長い文だ。

『文字や言葉を理解できる事は、秘密にした方が良い。僕も誰にも言わない』

「え…」

 驚いている志真を他所に、モクは更にペンを動かす。

『いつか、きっと、それが志真の切り札になる……どういう意味かしら』

「分かんない…けど、秘密にした方が私のためって事?」

 思わず日本語で呟いた言葉に、モクはこくりと頷いた。不思議だが、モクには志真の言葉が分かるのだ。

「秘密…それって、ニトロにも?」

 モクは頷く。

 どうしてそうした方が良いのか、志真には全く分からなかった。

 けれど、何故か、モクの言う通りにした方が良いような気がしたのだ。モクはきっと、本当の事を言っている。暫く考えてから、志真は頷いた。

「分かった。秘密にする」

 そう言うと、モクは微笑んだ。

 それから他の生徒が来るまでの間二人は話していたが、モクはメモを使わなかった。今までどおり、首を振ったり、傾けたり。大した会話はできないが、何となく昨日より打ち解ける事ができた気がした。


 しかし、そのほのぼのとした癒しの時間は長くは続かない。


「つくづく気に入らない虫けらです。鬱陶しい発情期の猫です。消し去りたい生ゴミリストの一位です」

 現れるなりどすの利いた声でそう言ったのは、リキキだった。昨日は何を言われたのか分からなかったが、今日はラスカゥルが訳してくれる。それが良いのか悪いのか、志真には分からなかった。

『結構酷い事言ってるわね、この子』

「結構どころかかなり酷いよ!誰が生ゴミよ!」

「かくなる上は、実力行使あるのみです。気に入りませんが下僕にします」

「うわ!ちょっと待ってよリキキ!常識を持って冷静に行動してくれないと困るって、いつも言ってるのにどうして分からないかな。一時の過ちが、後々までっていうか、僕にまでとばっちりが来るんだから」

 志真に向って飛びかかろうとしたリキキを、慌てた様子のキリリが後ろから飛びついて押さえ込む。同時にモクが隣から志真の正面に移動していた。

「煩いです、黙りなさい。モク様!そこをどいてください!」

「いた、ちょっと暴れないで、大人しくして。僕、体弱いんだから」

 両腕を押さえられたまま、リキキはじたばたと暴れている。その様子を、志真は呆気に取られて眺めていた。リキキは見た目に似合わず、中々凶暴な性格のようだ。

「危なかったですのー」

 アルジャラーがやってきて、うとうとと首を左右に傾けながら呟く。眠いのだろうか。

「血を吸われたら、下僕ですのー」


 え?


 それだけ言って、こてんともたれかかって来たアルジャラーを志真は凝視した。

 今、何て言った?

 翻訳したラスカゥルの間違いでなかったら。何やら物騒な事を言っていないか?問いただそうにもアルジャラーは既に眠っているようだ。

 血を吸って下僕って、それってまさか。

「…………」

 クラスメイトが吸血鬼って、どうなんだろう。志真は今後に大きな不安を感じるのだった。


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