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志真と反逆の徒 3

 シマ。


 誰かの声がする。


 シマ、シマ、シマ。


 呼んでいる。分かっていても答えられない。目すら開けることができない、いや、もしかしたら目は開いているのかもしれなかった。ただ、見えないだけで。全てがぼんやりとしか感じられなくて、自分の状態がどうなっているのかすら分からなかった。

 先程まであった恐ろしい程の痛みはもう感じられない。

 ただ寒かった。

 怖い。

 ゆっくりと、何かが終わっていくのが分かる。死ぬのかな。暗い、怖い。怖くて、寂しい。


 助けて。


 一瞬浮かんだモクの柔らかい笑顔が闇に溶ける。

(助けて、お母さん)



***


「地下施設は閉鎖されます。貴方方をこの先へ通すことはできません」

 冷たく聞こえる丁寧な口調で、リザレットが繰り返す。それに対して、フィオーネがそんな、と声を上げた。

「まだシマが中に」

「彼女は、自ら襲撃者と共に行ったのでしょう。どのような経緯があったにしろ、結果は同じ。シマ・ハイタニも襲撃者の仲間として、対処することになります。残念ですが」

 と、全く残念でない口調で述べる。

 地下へと向かう通路の途中には、分厚そうな金属の扉が下りていた。進入を防げなかったことにより、彼らを外へと出さないという作戦へと切り替えられている。もしかしたら、もとよりそのつもりだったのかもしれない。

 伊吹の証言により、襲撃されることは分かっていた。にも関わらず、ここまであっさりと進入を許してしまうなんて、あまりにもお粗末だ。態と襲わせて、彼らを捕らえようとしたのではないか。そう、伊吹は疑っていた。

 襲撃者を押し返せず苦戦していた割りに、彼らが地下へ入った後の対処は実にスムーズだった。各区間を閉鎖した上、先程までどこにいたんだという数のケラスの隊員や施設職員が、それぞれ配置についている。

 先程聞いた話では、医務室にいた病人や怪我人たちの避難も終わっているそうだ。

 危険な目にあった身としては腹が立つが、暢気に出し抜かれた間抜けだったというよりは、まぁ良い様な気もした。


「敵対者も地下なんですか?」

「……報告では」

「ナナミ達も来ているのですか?」

「姿を確認したという報告は今のところありません」

 では、と伊吹は迷った末聞いた。

「吹雪……俺の兄は」

 最後に見た彼は眠っていた。眠ったまま目覚めないと七海達は話していたため、今もその状態である可能性は高いとは思う。

 だが、聞かずにはいられなかった。

「同じく未確認です。地下へ進入した者たち以外は全て捕らえましたが、少なくともこの中にはいないようですね。これから取り調べで判明してくることもあるでしょうが、今の時点でお答えできることは何もありません」

 これ以上質問するな、とばかりに冷たい瞳で睨まれた。切迫した状態で、ただの一般人である伊吹達の存在は、邪魔以外の何者でもないだろう。

 にも拘らず、リザレットにしては丁寧に答えてくれた方だ。

「さぁ、そろそろ貴方方もケラスへ避難してください。いつまでもここにいたところで、仕方ありません」

「待て、最後に一つ」

 切り上げて去ろうとするリザレットを引き止める。

 硬質な視線を受け止めて、伊吹は目を細めた。

「坂巻さんは今どこに」


 坂巻菊乃。


 頼りない風情の少女ながら、この世界へ来たことで妙な力を得てしまった女子高生。運がいいのか悪いのか。もしも襲撃者がナナミ達だったとするならば、その狙いは彼女だ。

「その質問にはお答えできません」

 把握していないではなく。答えられないという答えで、伊吹は理解する。現在地下にいるのは志真だけではない。菊乃もそこにいるのだ。

 思わず扉へと視線を向けてしまった伊吹に何を思ったのか、リザレットは厳しい口調で念押しした。

「貴方まで面倒ごとを起こすのは止めてください。大人しくしていられないようなら、特別にケラスの隔離施設を利用する許可を今すぐに取りますが」

「遠慮しておきます」

 別に、助けに行こうなどとは思っていない。そんな力は伊吹にはないのだ。嫌っていうほど、分かっている。

 英雄でも勇者でもない。

 伊吹に与えられた役目は、単なる一般人、巻き込まれた不幸な異世界人Aというところ。大事件に巻き込まれて、右往左往するしかない。まさに、今のようにだ。(くそう)


「イブキさん……」


 だから、そんな縋るような目で見られても困る。期待も信頼も、伊吹には重い。

「イブキ、ここは一つ、可憐な少女達を助けるために、敢えて権力に逆らうというのも乙なものだと思うのだが、……どうするべきだろう。ううむ、悩ましいね」

 ……お前は黙れ。

 それぞれに、聞き分けの悪そうな二人に囲まれて、伊吹は小さくため息を吐いた。


***


 閉鎖完了しました。

 全ての区域からの報告が完了して、ユーイ・ユーイはそこでようやく肩の力を抜いた。まだこれで終わったわけではないとはいえ、肝心の一段階目は成功したわけだ。

「これで命令通り、賊の閉じ込めに成功しましたが、殿下」

 緑色のソファーに浅く腰掛け、長い足を組んでいた男がその言葉に微笑を返す。部屋の白い壁一面に映し出される、地下内の映像記録。全ての場所が映し出されているわけではないが、監視には十分な数だった。

「彼らは何者だと思う」

 そう、ユリウスが指を向けると、その画像が大きく引き伸ばされる。そこには、黒いローブに獣の頭蓋骨を被った3人組の姿があった。場所はどうやら隔離区域の途中のようだ。

「背の低い2人組みは双子の異世界人で間違いないだろう。髪の色、背格好が一致する。大人しくしてはいたが、吸血種だ」

「だとすると、もう1人も異世界人かもしれないね」

「まぁ、その可能性は高い」

「報告では、彼らと共にシマ・ハイタニが一緒に行った筈だが?」

 その姿はそこには無い。

 途中で何かがあったのか。気に掛かるところだが、他の画面で探してみても、志真の姿は見つからなかった。

 代わりに、菊乃の姿が目に入り、ユーイ・ユーイは眉を顰めた。


「心配かい?」


 目敏くからかうような声を掛けるユリウスに、白い目を向ける。

「テメーが言うな。気に入ったとか、抜かしておいて」

「貴重な戦力を割くくらいには、気を使っているつもりだが」

 画面の中で、ユーイのバカ弟子であるジェレミーが、さりげなく菊乃の手を握っている。反対側には、嬉々とした様子のジャンナ。前をハルラック、後ろをハイネスが歩いている。

 ユーイはため息を吐いて、マイクのスイッチを入れた。

「このバカ!」

『いきなり大声でバカというのはひどいですね。耳に直結して響くんですから、もう少し声量を考えてください』

「知るか!こっちはお前を遊びにやったわけじゃねーんだよ。真面目にやれ」

『十分、真面目ですけど』

 ねぇ、と傍らの菊乃に向かってにこりと笑いかけるジェレミーに、頭が痛くなってくる。

「……完全に遊んでるじゃねぇか」

 ぼやいたところで、前を歩いていたハルラックが足を止めるのが見えた。

「どうした」

『………血の匂いが』

 ハルラックは獣と人、両方の性を併せ持つ。人型である時も、五感は常人よりもずっと優れている。

『こちらから』

 そう言って、閉ざした壁の一つへと手をついた。太い眉根を寄せ、困惑した表情を滲ませる。

『まさか』

 僅かに掠れたような声に、緊張した気配が感じ取れた。

「どうした」

『……ここに、シマが?』


 返された疑問に、ユーイも顔を強張らせた。

 3人組と共に地下へ入った筈の志真。3人組と一緒にいなかったのは、何故か。その理由が、そこにある。

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