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志真と反逆の徒 2

 まず唖然とした。

 この状況の意味が分からない。本気で混乱した。ただ何だか嫌な予感だけはずっとしていて、どきどきと音を立てる心臓が徐々に呼吸を苦しくさせている。

 何これ、っていうか、まずくない?

 他の2人よりも背の高い仮面の男は、硬直したままの志真に向かってまだ手を差し伸べている。シマ?と不思議そうに顔を覗き込んでくるフィオーネは、何故かその人物に気がついていない。いや、フィオーネだけじゃなく、周りの人間全員が彼らをスルーしている。

 こうなってくると、不安になってくるのは自分の目の方だ。

(何これ夢?どっきり?幻覚?)

 分からぬ。

 困惑の極みにある志真に再び声が掛かる。

「おいシマ。こっちも急いでんだから早くしろ」

 状況を整理する時間を、彼は与えてくれなかった。

「な、何で」

 ニトロ、とその名を飲み込む。

 声が同じだった。顔は隠れているけれど、背格好も同じくらい。ついでに両隣の背の低い2人組にも心当たりがあった。低身長かつ華奢な体型に加えて、仮面の下からはみ出している雪のように白い髪とか、特徴あり過ぎる為に仮面くらいじゃ正体を隠せていない。

 双子の吸血鬼を連想する、というかもうそうとしか考えられなかった。

 リキキとキリリでしょ!とか叫びたいのを堪える。代わりに。

「何やってんの」

 掠れた声が出た。


 緊張で喉が渇く。その格好にも仮面にも見覚えがあった。あれだ。シュターク教派の人達が、以前にここを襲撃した時。鉢合わせた彼らがしていたのと同じ格好。

「何で」

 シュターク教派。

 異世界人の事を神様みたいに思っている人達。保護施設を襲撃した輩。宿屋に難癖つけに来てカオロンさんに怪我させたり、営業妨害している奴ら。それから、教会で……。

 志真は顔を顰めた。

 教会での事は、未だに思い出すと苦しくなる。沢山の人が傷ついて、死んだのだ。シュターク教派を許せないと思う。たとえ、自分達を助けようとしてくれている人達だったとしても。あんなのは受け入れられない。

「シマ、モクを助けたいんだろ」

 聞き分けのない子供を宥めるような声音で囁かれた言葉に、志真は息を止めた。

 いつの間にか、目の前に動物の頭蓋骨の仮面がある。(本物だろうか)仮面の隙間から覗く二つの目が、金色に光っていた。

「助けたい、けど」

 どうして今更。

 ニトロはいつも志真を宥めている方だった。短気を起こしたり、無茶をしたりしないように。それなのに。

「もう分かっているだろ、シマ。ここで大人しくしている限り、モクは一生自由にはならない。自由も、生も掴み取るものだ。たとえ、他者を踏みにじることになっても。ここはお前がいた世界ほど優しくはない。選べるのはどちらか一方だ。選べ、シマ。モクを助けるか、見捨てるか」


 その言い方はずるい!


 志真は金の目を睨みつけた。

「助けるよ、勿論!」

 隠れていない口元が笑みの形をつくる。凄く、嫌な感じだ。本当にこの人はニトロなんだろうか。だんだん自信がなくなってきた。

「でも、一緒に行かない」

「……シマ」

 ため息混じりに名前を呼ばれ、肩を大きく竦められた。

「流石、古の種。もう、効かないか」

 その言葉の意味は分からない。だがニトロがそう言った時、ずっと後ろで黙っていたリキキが動いた。細い手が上がったと思った瞬間、背後で爆発音が響いた。

「なっ!?」

 風圧で転びそうになる。もうもうと上がる煙で視界が悪くなった。振り返れば穴が開いて向こう側が見える壁と半壊したドアが確認できた。そこから、黒フードに仮面をつけた人達が次々と突入してきている。一体、何人仲間がいるのか。

「シマ!」

 悲鳴のような声で叫んだのはフィオーネだった。こちらを見る青い瞳が大きく見開かれている。いつの間にか志真の肩に乗せられた手が、ぐいっと後ろへと引き寄せる。耳元で、生温い息を感じた。

「モクは俺達が連れて行く」

 それだけ言うと、身を翻して去っていく。駆けつけた職員を、他の黒フードたちが阻む。離れていく黒い影を目で追って、気がつけばその後を追っていた。


 何だろう。


 凄く嫌な感じがしたのだ。(凄く冷たい声だった)モクを連れて行くって、そう言った時の声は。友達をただ助けてやりたいとか、そういう雰囲気ではなかった。

「ニトロ!待って、ニトロってば!」

 どんどん先へ進む彼らに、中々追いつけなかった。志真も足が速いほうであるが、前の3人はそれ以上に速い。途中で職員が駆けつけても、キリリが吹き矢っぽいものを使って倒している。閉まっている扉を謎の爆発によって破壊し、どんどん進む。

(うわぁ、もうこれ洒落になんない!)

 志真は青い顔で、倒れた職員を飛び越える。

 死んではいないと思いたい。気絶しているだけだと。しかし、これだけの騒ぎを起こしてしまっては、例え相手を気絶させただけであってもただでは済まないことくらい、志真にも分かる。

 捕まったら絶対保護施設監禁。いや、それで済めばまだ良いかもしれない。無期懲役とか、まさか死刑とかそいうのは……。(この世界って、死刑制度あるのかな)モクの事も心配だが、ニトロ達の事もやっぱり心配だ。

「ニトロ!」

「……第三の目が開いている時は、奴の出番はない」

 何度目かの呼びかけで、漸く返ってきたのはそんな意味不明すぎる言葉だった。

「俺はチフセだ」


 ニトロじゃ、無い?


「リキキ」

 足を止め、チフセが傍らの少女の名を呼ぶ。

「はい」

「仕上げを」

 いきなり三人が振り返って志真を見た。な、何事。良く分からないが不穏な空気を感じて、志真は一歩後ろへ下がった。

「な、何?」

「モク様は、自ら檻に入っているのです。大事なものを壊さない為、弱い小鳥を握りつぶしてしまわないように、ですわ」

 追うように、ゆっくりと歩を進めるリキキから、志真はじりじりと後ずさった。

「自由に不要なのは小鳥です。特別な何かなど持つから、人は不自由になるのです。だから」

 床に倒れていた男の手を取り、リキキは膝をついた。手首を口元に引き寄せると、白い牙を立てる。

「あなたはいらないのですわ」

 冷たい声に呼応するように、男の目が開いた。

 虚ろな瞳が志真を捉える。その濁った色に背筋が寒くなった。まさか。緊張に身を強張らせる志真の前で、ゆらりと覚束ない足取りで立ち上がった。

 危険を知らせるアラームが鳴り響いている事に、今更ながらに気がついた。


 逃げろ、逃げなきゃ。


 そう思う一方で、信じたくない気持ちが足を止める。

(いらないって)

 そういう意味じゃ無いと信じたい。いくらなんでも。嫌いでも、憎んでいても、殺したりはしない筈だと。知らない仲ではない、クラスメイトを。

 キリリの事は良く知らない。リキキとは確かに仲が悪いけど。でも。

「ニトロ」

 ニトロではない、そう言った男へ志真は泣きそうな顔を向けた。

「悪いな、シマ」

 言葉とは裏腹に、悪びれぬ調子で彼は言う。

「あいつは気が進まないようだが、仕方が無い。歯止めがある限り、竜は目を覚まさない。怒りと憎しみを知れば、自ら動く」

「な、に言ってるか分かんない!」

「わかる必要はない」

「そん……」


 信じなかった。

 信じられなかった。

 現実にこんなことが起こるなんて。これが、現実だなんて。志真は平和ボケな国で育った、一際平和な女子高生であった。

 しかし、その痛みは現実のもの。

「……あ」

 逃げる暇も身構える暇すらなく。鋭利な剣の刃が志真の胸の下辺りに突き刺さっていた。

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