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志真と反逆の徒 1

 気がつけば口をついで出ているため息。ため息をついた数だけ幸せが逃げるとか、そんな事を母親に言われていたと何となく思い出した。もしもそれが真実なら、今日だけでどれだけの幸せが逃げていったのか分からないくらいだ。

 うん、絶不調。

 保護施設に閉じ込められているであろうモクのことを思うと、胸の中がもやもやする。なんだか食欲もなくて、宿屋の人達に心配されてしまった。

 せめて誰かに相談できたら。

 これは、とても志真1人でどうこうできる問題ではない。

 同時に自分ひとりで何とかしなくちゃいけないとも思うのだった。誰かを巻き込むのは怖い。もっとも、志真が不味いことを仕出かせば、それだけでウィガーの迷惑になるのだが。


 どうしたもんだろう。


 ため息を吐き、顔を上げると窓際の柔らかな日差しの下で、すやすや眠るアルジャラーの姿が見えた。その向かいの席では、じいさんがうつらうつらと首を揺らしている。ふよふよとゆれる白髭に何となく癒された。

 午前の学校。自由時間、とはいえ一応勉強するはずの時間だが、潔いほど誰も勉強していない。まぁ、注意されたりすることもないし、ペナルティもないからこれで良いのだ。

 問題は。

 今日は、というか今日もニトロの姿は無い。ここ最近妙に休みがちなのだ。忙しいと言っていたが、何をしているのかは教えてくれなかった。

 話したかったのに。

 モクの事を話したかった。ニトロは物知りだし、今までも何だかんだ言って志真の相談相手になってくれていた。頼りになる友達だ。その上、モクとも友達である。

 馬鹿にするかもしれないが、それでもちゃんと聞いてくれそうな気がした。

 過去に行って、モクに会った。

 そんな突拍子もない話でも。これがもしも伊吹相手であれば、鼻で笑われたことだろう。頭大丈夫かとか言われそうだ。

(いっさんも、何だかんだ言って頼りになるところもあるけど)

 こればっかりは話せそうにない。きっと、信じてはもらえないだろうから。ラスカゥルのことを信じなかったように。

 そうして言うのだ。


(お前に出来ることはない。事態を悪くするだけだから、放っておけ)


 むかつくけど、きっと正しい。自分の無力さは、時々うんざりするほどだった。異世界でなくとも、志真は大人とはいえない。無力な子供、単なる女子高生だ。

 その事が死ぬほど悔しかった。

 志真は開いてあったノートにペンを走らせた。


 モクを助ける→何をすれば良い?→話し合い?それともどうにかして連れ出して、一緒に逃げる?→方法は?→考え中→どこへ逃げれば良い?→分からない


 地理にも詳しくないし、逃げた先でどうやって生活すれば良いのか。きっと、追手も来るだろうし、周りの人達にもたくさん迷惑をかけることになる。

(もう一回、リザレットさんに頼んでみよう)

 何度となく断られているモクへの面会。

 モクに会いたかった。会って聞きたい。モクが望んでいること、元気でいるのか、ちゃんとこの目で見て安心したかった。


 午後の授業をさぼり、一旦宿屋へと戻った。重い辞書等を鞄から出して、代わりにおやつとして買い置きしてあった日持ちのする菓子類をつめる。更に最近フィオーネとの買い物で買った黄色いノースリーブのワンピースに着替えた。結構ミニなので、黒のスパッツ的なものを履き、更にざっくり編みの白いストールを首元に巻き付ける。

 志真的には、かなり女の子らしい格好だ。

 会えるかどうかは分からないけど、万が一会えた時に変な格好はしていたくないという、乙女心だ。

 よし。

 姿見の前で確認して、気合を入れる。

 似合ってるかは分からないが、悪くはない、と思う。もう少し肩幅が華奢だったらとか、足が細かったらとか思わないではなかったが。

 乱れた髪をを整えて、荷物を持って部屋を出た。

「あれ、シマ。やっぱり帰ってたんだ」

 ところで、雑巾とバケツを手にしたフィオーネに見つかった。気分は、さぼっているところを身内に発見された女子高生……なんというかそのままだ。後ろめたく、居心地が悪い。

「どうしたの?具合でも悪い……わけじゃないみたいだけど」

「え、えっと、うん」

「今からどこか出かけるの?」

 朝と違う志真の格好を眺めながら、フィオーネが不思議そうな顔をする。

「う、うん、ちょっと保護施設に、会いに」

 焦るあまり、素直に行き先を言ってしまった。大量な冷や汗がどっと吹き出る。(私のバカ!こういうときは適当に誤魔化せば良いのに……って、いや、別に行き先だけなら問題無い、よね)

 そう、それに別にモクに会いに行くことだって悪いことではない。

「私も一緒に行って良い?」

「へっ!?」

 何で。

 驚く志真にフィオーネは不思議そうな顔をした。

「イブキさんや、キクノちゃんに会いに行くんじゃないの?私もどうしているか、気になっていたから……」


 違う。


 違うけど、勘違いを正せない。よく考えれば、フィオーネはモクを知らないのだ。

「あの、でも何か特別な用があるのなら、遠慮するわね。また違う機会にでもすれば良いし」

 志真の複雑な顔を見たフィオーネが、申し訳なさそうに言う。

「あ、ち、違う!良いの。ちょっと考えごとしてた。ごめん。一緒に行こ」

 困ったような、寂しそうなフィオーネの顔を見ていたら、ついそんな事を言ってしまった。ダメすぎる。でも、まぁ途中でちょっと別行動にすれば良い。

 その時点では、そんな風に軽く考えていた。


 フィオーネは伊吹の事が好きらしい。

 少し残っていた仕事を片付け、支度を済ませてきたフィオーネを見て、志真はその事を再確認する。フィオーネは、シンプルな生成りのシャツに、動きやすそうな黒いズボンから、白いブラウスにウエストの辺りがきゅっとした深緑のフレアスカートに着替えていた。

 上品で清潔な感じが、フィオーネによく似合っている。

 髪はいつもの通りポニーテールだけど、白い花の髪飾りがついていた。わざわざ着替えたのは、出かけるからという理由だけではない。勿論。

 フィオーネのその気持ちは、志真にはよく分かる。

(いっさんの事、好きなんだなぁ)

 志真の視線に気がついたフィオーネは、はにかむように笑った。


 何か切ない。


 伊吹には婚約者がいる。信じ難いことだが現実だ。ミルラは分かりやすいほど伊吹に好意を寄せているし、伊吹もまんざらではない様子。

 上手くいかないものだ。

 フィオーネの恋も、モクのことも。

 お互いに何となく口数が少ないまま、保護施設に到着した。正面入り口で登録証を提示する、のはフィオーネだけだ。志真の場合は、顔パスである。異世界人として記録されているためなので、良いのか悪いのかは微妙だ。

 特に問題なく通されるが、伊吹や菊乃と面会できるかは分からない。特に伊吹はつい最近まで誘拐されていたのだし、ひょっとしたら体調が悪くて寝ているかもしれないし、リザレット辺りに「まだ面会の許可はできません」とか言われるかもしれない。

 ちなみにこれは、今まで散々志真が言われてきた台詞だ。

 相手は伊吹ではなくてモクの方だが。

 大きく息を吸ってはいて、覚悟だけしておく。今日も言われる可能性が高い台詞だ。


 今日はリザレットの無表情の迫力に負けないよう、何とか粘ってみよう。


 そんな決意を持ちながら中央にある施設の玄関に足を踏み入れた。ひんやりとした空気が耳元を通り抜ける。その異質な空気に気がついたのは、完全に中へと入ってしまってからだった。

 吹き抜けとなっている広い玄関ホール。

 受付にもなっていることから、数人の一般人と、それから施設職員達がいる。その誰もが気にしていない様子であるのが、余計におかしかった。

 ホール中央に立つ黒尽くめの三人組。

 それぞれ動物の骨のような仮面で顔を隠している。

(あれは流行のファッションとかいうレベルじゃないでしょ、コスプレ?なんかのイベント?っていうか、何かどっかで見たことあるような……)

 唖然として足を止めた志真に向かって、三人組の1人が手を差し伸べた。


「シマ。お前を待っていた」

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