伊吹、無謀で無駄なあがきを始める 6
何でこんな所にフィオーネが?
そんな疑問は兎も角、まずい状況だった。流石に世話になっている知人のピンチを見捨てていくわけにはいかない。だが、どうすれば。自分の能力の低さを知る伊吹はどう行動すればよいのか迷うが、その点クリスティアンには迷いがなかった。
「フィオーネ!今この私クリスティアンが助ける!暫しの辛抱だ、耐えてくれ!」
すっくと立ち上がったかと思うと、落下防止の壁を軽々と飛び越える。
「お、おい!」
ここから床まではおよそ2、5メートルの高さ(もっとあるかもしれない)だ。死にはしないだろうが、無茶すぎるだろう。肝を冷やす伊吹だったが、ずだんと大きな音を立てて地面へと着地したクリスティアンは、すぐさま屈めていた膝を立てると走り出す。
……大丈夫そうだ。
一瞬でも心配してしまった自分が虚しい。
鍛えているのか、それとも異世界人は体のつくりからして丈夫なのか。颯爽と走りだしたクリスティアンは、割れたガラスや皹の入った床タイルを踏み越えて、フィオーネの元へ駆けつけた。
「さぁ、フィオーネさん、もう大丈夫ですよ」
言いながらフィオーネの手足に巻きついているスライムの体に触れた。素手で。見ていて思わず突っ込みたくなった。確かに保護施設では一般人の武器携帯は禁止されているから、クリスティアンも丸腰なのは仕方が無い。
だが、だからと言って、素手で触るか?
案の定、腕に巻き付かれているし。
伊吹は舌打ちしながら階下へ続く階段へと向った。
あの可愛げの一欠けらもないグロテスクなスライムもどきは、身体だが顔だか分からない中心部分の穴から、謎の液体(きっと酸とかに違いない)を吐き出す。スライムもどきが、現在捕まえているクリスティアン達に、その酸攻撃の狙いを定めつつあるのを見て伊吹は叫んだ。
「クリスティアン!」
その声に刺激されたわけではないだろうが、スライムの身体が大きく膨らんだ。(酸攻撃の前動作らしい、どうも)
一気に顔を険しくしたクリスティアンが、捕まれている方の腕を大きく左右に振るのが見えた。しかし、スライムの拘束は外れない。微妙に伸びてはいるが、しつこくへばりついている。
ピンチだ。
しかし未だ階段を駆け下りている最中の伊吹には、どうすることもできない。
「は!!」
慌てる伊吹の耳に、クリスティアンの気迫に満ちた掛け声が届いた。掴んでいたフィオーネの腕を離すと、彼女を飛び越えて位置を変える。その非常識なジャンプ力には唖然とするばかりだ。
いくら多少フィオーネの手を引いて姿勢を低くさせたとはいえ、助走無しで飛び越えるとは。
そうした事で、彼らの腕を拘束していたスライムの身体が交差する。薄く引き延ばされ、なおかつ上手く穴を塞ぐ格好となった。すげぇ、と思わず感心してしまう。伊吹には絶対真似できない、身体技能を生かした対処法である。
スライムもどきから出された液体は、スライムの身体に害を及ぼすことはないらしい。その為それは、立派に盾の役割を果たしてくれる。
逃げ出すことはできなくても、さしあたってのピンチはなくなったといえるが、それは少しばかりの時間稼ぎにしかならない。
黒尽くめの男達の内、2名が職員によって取り押さえられていた。だが、残る1人が中々強いらしく、抵抗を続けている。
倒れたまま動かない職員も数名。
じりじりと移動を続けるスライムの餌食になるまでに、それほどの猶予はないだろう。何とかしなければ、と思う一方で、何で俺が?と腹立たしい気持ちもわいた。
一般人の、伊吹には荷が重過ぎる現実だ。
避難すればよかった。
心底後悔だ。
大体、何故こんな騒ぎにも関わらず、応援が来ないのか。
ここよりも更に重要な場所を守っているのかもしれない。或いはここは本命の襲撃場所ではなく、ダミーで、他にも襲われているところがあるのかもしれない。何せ、先程報告されていた敵対者の姿が、ここには無かった。
間違いでは、ないのなら。
他の場所。
再びミルラの事が浮かんだ。
彼女がいる医療室が本命だとは考えにくい。冷静な部分でそう思うものの、気は焦る。
何で、俺が。
再びそんな苛立ちを感じながら、伊吹は階段の残りの2段を飛び降りた。
スライム。
ゲームの中では炎系の魔法に弱かった。果たして現実でそれが通用するのか。色が赤系であると、どうしても炎に強そうなイメージを抱いてしまう。一度試してみたいところだが、伊吹は魔法など使えないというしょっぱい現実があった。
(要は火なら良いわけだ)
魔法かどうかは、関係ない。多分。
遠目に見ても、スライムもどきのあのてらてらと薄い水気たっぷりな表皮は、いかにも火に弱そうである。塩とかでも効きそうだ……と、何となくナメクジを連想しつつ思った。
塩は無いが、火はあった。
激しく破壊された後の残る入り口付近、瓦礫の辺りが赤々と燃えている。手ごろな大きさの木の棒を手に、伊吹は火種を手に入れた。
スライムもどきは火に弱いか、否か。
その結論はすぐに出た。効果は覿面で、まぁ大して強くもないスライムもどきを大人しくさせる事に成功した。残念ながら、ゲームのようにレベルは上がったりしない。ただ、疲労感だけが残った。
「大丈夫ですか」
助かったよ、ありがとうと大きな声を上げるクリスティアンを無視して、伊吹は座り込んでいるフィオーネに声を掛けた。
ショックのためか、陰りのある青い瞳が伊吹を見上げる。そういえば、こうして顔を合わせるのは久しぶりだ。
「イブキ、さん」
彼女にしては珍しい、ぼうっとした表情にどきりとする。目の端に涙がせりあがってきていた。
「本当に大丈夫ですか?怪我とかは」
「大丈夫、してませんから」
「それなら、良いですけど。……えっと、じゃあ先を急ぎますので」
暴れていた最後の侵入者も捕まったことだし、他の職員に任せても大丈夫だろう。不安そうなフィオーネを残していくのは、悪い気もするが。
「イブキさん!」
離れかけた伊吹を、フィオーネが縋るように引き止めた。
「待って、待ってください!話……、私、話さなくちゃいけないことが!」
必死な様子に思わず足も止まる。
小さく震える手足を支えるようにして、フィオーネは立ち上がった。白い顔いっぱいに、不安を貼り付けて。
「シマが」
そして、出てきた名前に、伊吹は思わず眉根を寄せた。
またあいつか。そんな気持ちで。あいつのしでかした厄介話なら、また今度にしてもらいたいとすら思った。
だが。
「シマが行ってしまったんです。ここを、襲った人達と一緒に。私、そばにいたのに止められなかった。……止められなかったんです」
行ってしまった?
その言葉の内容は衝撃だった。単に連れられていったわけではないのだと、フィオーネの様子から読み取れる。
「どういうことですか?」
「分かりません。シマ…、最近少し元気が無くて。いつもぼうっとしていて。今日はキクノとイブキの様子を見に来るって、それだけの話だった筈なのに。突然、この人達がやって来て。助けたいなら、力を貸してやるとか、そんな事をシマに」
「それで、ついていったのか?」
フィオーネは頷いた。
自分から。
強制されたわけではなく、自分の意思で。
「もっと色々話していたけど、大騒ぎでシマに近づくことができなくて」
フィオーネの目から涙がこぼれる。
それは後悔の涙だ。
「私、一緒にいたのに」
「……フィオーネさんの責任じゃありませんよ」
選んだのは志真だ。
この後、どうなろうとも。
すみません。
パソコンの調子が悪いのと、多忙のため、不定期更新になりそうです。




